Evergreen

和栗

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ここ何日か、おれは涼くんにとある言葉をかけるのをやめている。
本当はとっても言いたい。声を大にして言いたい。けど、我慢。
理由は、涼くんの反応が見たいから。
怒るのか、悲しむのか、寂しがるのか。
というかそもそも気づいてくれるんだろうか。
そこが一番問題ではあるけど、試しに実行している。
「自転車で出かけるの、楽しいね」
サイクリングロードをのんびり走りながら言った。
涼くんはニコッと笑うと、うん!と頷いた。
はぁ、可愛い。
「こっち曲がると、カフェがあるって」
「行ってみようか」
右に曲がり、ひたすら漕いだ。カフェにつくと涼くんはカフェラテを2つ頼み、おれに渡してくれる。ありがたく受け取ってベンチに座って飲んでいると、きゅっと小指を握られた。
う、ぐ・・・!今日は、今日はデレが強い!可愛い!
「暖かいね」
「うん」
「いい気候になってきたよね。タンポポ咲いてる」
「ねぇ、咲いてるね」
「菜の花ってまだかな」
「何それ」
「え?黄色の花。花が咲く前だと、茎と葉を茹でて食べられるんだよ」
「へぇー」
「去年出したけど・・・」
「・・・覚えてないや」
「お浸しだよ」
「あれってほうれんそうじゃないんだ」
「もー。違うよー」
呆れたように、でも、楽しそうに笑ってくれる。
涼くんは食材にも詳しいしそれをどう調理するかもよく調べて食卓に出してくれる。こんなにいい子、出会ったことがない。
菜の花のお浸しが食べたいなーなんて思っていたら、涼くんはあっちの畑道に入ろう、と言った。
何か面白いものでもあるんだろうかとついていくと、無人販売の小屋の前で自転車を停めた。
「うわ、懐かしいなこういうの」
「前に一人でサイクリングしたときにみつけたんだー。あの時は遠回りしてきちゃったから向こう側から来たけど」
「ふーん・・・」
おれが仕事で忙しかった時かな。一人で来たのか。おれも一緒に散策したかったな。
まぁ、今してるからいいけど!!
「和多流くんのカゴに入れていい?」
「うん」
「あ、これが菜の花だよ」
緑色の束を手に取り、見せてくれる。これが食べられるのか。どう考えたってそこらへんに生えているであろう葉っぱなのに。不思議だ。
「買おうよ」
「うん。あ、大根がある」
「食べる?ブリ大根にしようか?好きだよね」
「おれは何でも好き。涼くんのごはんが世界で一番好き」
「・・・し、素面なのによくまぁそんな・・・」
「変だった?」
「恥ずかしい。あ、これって水菜かなぁ。買おうかな」
「それは何にするの?」
「炒めたり、茹でたり・・・クセがないからなんにでも使えるよ。洗ってサラダに入れてもいいし」
「じゃぁ食べる」
「和多流くんって好き嫌いがないから助かるなぁ。何作ってもいいって、すごく楽」
「昔は好き嫌いの多い彼氏が多かったんだ?」
チクッと言葉を投げかけてしまう。慌てるかな。落ち込むかな。黙るかな。でも涼くんは困ったように笑うと、頷いた。
「超面倒くさかった。おれが作ってんのに文句ばっかりでさ。和多流くんはいつもおいしいって言ってくれるでしょ?当り前じゃないって分かってるけど、好き嫌いが多くて文句ばっかりもおかしいよね。なんで受け入れてたんだろう」
「そうだね。じゃぁ自分で作れよって話だね」
「そういう人に限って作れないんだよね。あははっ」
「まぁ、おれも作れないけどねぇ。文明に頼りっきり」
「作ってくれるのが嬉しいのに。家に帰ってごはんがあるの、幸せ」
ニコッと笑ってくれる。屈託のない笑顔が可愛かった。可愛いって言いたいな。
そうです。
おれは今、可愛い、を封印中です。
どんな反応をするのかなって、気になってしまったからです。性格が悪いのは重々承知です。でも止められなかったんです。
「今日は何食べたい?」
「んー・・・麻婆豆腐にチーズ入れたやつ。あと・・名前のない煮物」
「名前のない煮物??煮物が食べたいの?」
「好きだから」
「そうだね。好きだよね。あ、サトイモも売ってるからこれで作るよ」
「えー。すげぇ。何でもできる」
「大した事じゃないけどね。剥くの手伝ってほしい」
「うん。・・・エプロン姿の涼くん・・・」
「毎日見てるのに何がそんなに興奮するの?」
本当に不思議そうに尋ねてくる。こっちが恥ずかしくなっちゃうよ。
そりゃ、興奮するよ。腰の紐がエロイんだもん。細さが際立っちゃうし、おれのためにご飯を作ってくれてるんだっていうのが目に見えて分かるもん。
「和多流くんもエプロン買いなよ」
「えー?おれ?別に汚れてもいい服だし」
「似合うと思うんだけどなぁ。お揃いにする?」
「する。つける」
おれ、チョッロ。
涼くんは後で買いに行こうねと笑い、自転車にまたがった。
またのんびり自転車を楽しんで、帰りにホームセンターでお揃いのエプロンを買った。
おれはベージュで、涼くんは青。相手に似合う色を選んでみたけど、こういうのも楽しい。
家に帰るとさっそくサトイモを剥く準備を始めたので、後ろにくっついてうろうろしてみる。
ラップにくるんでレンジで温めた後に取り出し、キッチンペーパーにくるんでそっと皮を剥いた。
「あちち、」
「おれやろうか」
「うん・・・。あちちち!気を付けてね」
「うん」
つるんっと剥ける時もあれば、全然剥けない時もあって少しムッとする。
涼くんは剥いたサトイモを鍋に入れて調味料を入れた。
そしてそのまま放置。
大きな鍋にお湯を作ってあったのでそこに菜の花を入れて茹でていく。と思ったら大根を切り始めた。さーっと皮を剥いていく早業を披露してくれた。
「ブリ無いよ?」
「冷凍しておくんだ。ブリは明日買いに行こう」
「なんで冷凍?」
「味が染みやすくなるんだって。冷凍庫、余裕があるから入れておこうかなって。全部切って冷凍しておけば好きな時に使えるでしょ」
えー。なんだその家事スキルは。ちらちらと菜の花の入った鍋を見て、時計を見る。よくもまぁ、何個も何個も一度に処理できるな。
おれは絶対に無理。
だからおれが一から料理を作るととんでもなく時間がかかるんだよね。
「菜の花ザルにあけて。お水出しながらね」
「はーい」
「いい匂い」
葉っぱのにおいしかしないけど、いい匂いなんだ?これ。
水を切ると、持ちやすい束にして水気を絞ってと言われたのでとりあえずやってみる。
「そうそう。そうやって・・・わ、すごい出るね」
「まだ出るけど」
「水っぽくならない方が好きだから助かるなー。全部やってね」
「はーい」
「白だしと醤油、どっちがいい?」
「んー?・・・前、鰹節のってなかった?」
「のせるよ。味はどっちがいいとかある?」
「おいしいからどっちでもいいな」
「じゃぁ醤油ね。あ、水菜は卵とじにしようか」
「・・・本当にすごいね。よく思いつくね」
「えー?どこかで見たやつを思い出したりとか、調べたりとか・・おれが考えてるわけじゃないよ」
「でもすごいもん。おれはできないし。卵は3つ?」
「うん」
バカっと冷蔵庫を開けて卵を取り出す。
ボウルに割り入れて菜箸で溶くと、大根を切り終わり保存袋に入れて冷凍庫に保管した涼くんが水菜を引っ張り出した。丁寧に泥を取り、食べやすい長さに切っていく。
「涼くんー」
「ん?」
「一緒にキッチンに立つの、楽しいね」
「ね。楽しいね」
「お揃いのエプロン、テンション上がるわ」
「よかった。それ、似合ってるよ」
「ありがとう。涼くんも似合ってるよ」
可愛いよ、と言いかけて慌てて口を閉じる。
言いたいけど我慢我慢。
「あとはご飯が炊けるのとサトイモが煮えるまで待って・・・。塩コショウを卵に入れまーす」
可愛い。
動画回しておけばよかった。悔やまれる。慌てて携帯をセットすると、呆れたように笑った。
「別に撮らなくてよくない?」
「撮りたいの」
「もー。キッチン散らかってるのに」
「誰にも見せないもん」
「はいはい。水菜を先に炒めます」
「はい、先生」
「よいしょ。うははっ!すごい音だ」
パチパチと油が跳ねる。
菜箸で手早く炒めると、溶き卵を流し込んだ。
「水菜、火が通ってなかったけどいいんだ?」
「うん。卵と炒めてたら火が通るからいいの。へへ、いい匂いだね」
「おいしそう。早く食べたいな」
「少しお弁当用にとっておこうかな」
「え!?」
「え?」
「た、卵焼きは・・・飽きたの・・・?」
おれの作る卵焼きがおいしいって、楽しみって、言ってたよね!?
飽きたのかな・・・!いつも同じ味だからたまには変化球が欲しいとか、そういうこと!?
「飽きてないよ!?いつも作ってもらってて大変だし・・・たまにはいいかなって」
「作るよ!?」
「・・・じゃぁ、うん。・・・おれ、甘い卵焼きの方が好きだから、そっちがよかった」
「よかった・・・!おれ卵焼きしか作れないから・・・」
「えー?この前厚揚げ焼いて、しょうが醤油かけてくれたやつ、おいしかったよ?」
「あんなもんオーブントースターで焼いただけだし、しょうがだってすったわけじゃないし」
「でもさー、用意してくれるのが嬉しいんだよ。おれ、自分のためにお弁当とか作りたくないし」
「なんで?」
「つまんないもん」
「そっかー。じゃぁおれの担当だね」
「うん。毎日ありがとう」
ニッコニコ。可愛い・・可愛い・・・!
お弁当喜んでくれてよかった・・・。
人に手料理なんて振る舞ったことがなかったけど、食べてもらえるって嬉しいな。
涼くんもそうなのかな。いつもおれが食べてるところをじっと見てくるし。
・・・・昔、母さんもそうやっておれのこと、見てたのかな。
涼くんと過ごすようになってから、よく母親のことを思い出す。
「サトイモ、一つ食べてみる?」
竹串にさして差し出された。受け取って口に入れる。ほくほくだ。おいしい。
「米食べたくなる」
「分かる。日本の料理ってお米に合うようにできてるんだね」
「うまいなぁ」
「もう少し煮ようね。あ、洗濯物って全部乾いてたかな」
「うん。取り込んだよ。ワイシャツはハンガーのまま」
「ありがとう。あ、ねぇ、アイロンかけてくれたよね」
「え?あぁ、前にかけたね」
「あれすごく助かったよ。溜めちゃってたから」
「形状記憶のワイシャツにしたら?あれ、楽だよ」
「そうかなー。徐々に買い替えようかな」
「おれが買ってくるワイシャツは基本形状記憶にしてあるけど」
「・・あのね、いいのがあったからって買ってこなくていいから!ていうかお店、遠いじゃん。わざわざ車で行ってるよね?いいから、もう」
「えー!だってワイシャツなら受け取ってくれるから・・・!」
「消耗品だからつい受け取っちゃってたけど・・!自分で買うから!」
「嫌だ!!涼くんは無頓着だから安くて体のラインにあってなくてアイロンがけが必要なワイシャツばっかり買ってくるじゃん!体のラインにあったワイシャツじゃないとダメ!!」
「誰も見てないよ」
「おれは見てますから!!今日もおれの涼くんは可愛いなーって、おれの選んだシャツを着て仕事してるなーって、毎日思ってるんだから!!」
あ、しまった・・・!!
可愛いって、つい、言って、しまった・・・!!
「え、」
「え!?」
「・・・可愛い?」
「・・・・可愛い!!世界で一番可愛い!!」
「わ!?」
あー、もう、言っちゃった!!
可愛い!可愛いよ!大好きだ!!
ずーっと抑え込んでいた気持ちが爆発して、ぎゅーぎゅーに抱きしめてひたすら可愛いを連発し、噛みつくようにキスをして、顔中にもマーキングするかの如く唇を押し付けた。
「ちょ、ま、」
「涼くん・・!」
「待って待って。何、最近言わなかったのに」
「あ、うん、あの、」
「やっと目が覚めたのかと思ったんだけど」
え??
目が覚めた?
「どういうこと?」
「だって、何をしてても可愛い可愛いって・・・なんか、頭のネジが飛んでるのかなって思ってて・・・。最近言わなくなってたから、やっと落ち着いてきたのかと思ってた」
「・・・・違うーーー!!涼くんに!!可愛いって言わないのって聞かれたかったの!!寂しくなかったの?悲しくなかったの?怒ったりとか、なんか、ないの!?」
「・・・え、何、おれで遊んでたの?」
「違います!!反応が見たかったの!!お、おれの可愛いって・・・そんなにしつこいの?嫌だったの?」
涼くんは少し考えると、ぽわっと顔を赤くして照れ臭そうに笑った。
う、可愛い。その顔可愛い。
「んー・・・別におれ、可愛くないのにすごくたくさん言ってくれるから、目が悪いんじゃないかなって思ってたけど・・・」
「え、酷い」
「でも久しぶりに言われると嬉しいね。照れる」
「・・・可愛い」
「もういいって」
「可愛い!!大好き!!さっきもずーっと可愛かった・・・」
はいはい、とあしらわれる。
想像していたものと全然違う反応だったけど、これはこれで・・・とっても可愛かった・・・。
我慢していた分ついついしつこく可愛いを連呼してしまったけど、涼くんは嫌がることなくはいはいとおれをあしらった。でも、笑ってた。
嬉しいのかな。あーもう、可愛いな!




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