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しおりを挟む意外なことに、涼くんは割り切れないタイプらしい。
さっきからムスッとしてご飯を作っている。
さらっと受け入れてくれると思ったけど、全然違うみたいだ。
それがどうしようもなく嬉しい。喜んだら怒られそうだけど。
「涼くん、あの、」
「・・・」
ムスーッと唇を突き出した。あからさま過ぎる。
前の涼くんだったら絶対に我慢していただろう。押し殺して無理に笑っていただろう。でもそれをしない。する必要がないってちゃんとわかっているから。それがもう、本当に嬉しくて。
おればっかりじゃないんだなって、満たされていく。
「ごめんね。無神経だったね」
「・・・」
「中身、見てなかったんだ」
「・・・」
「・・・ごめん。だめ。我慢ならん」
「ぅわっ!?」
勢いよく背中に飛びついて抱え込むように抱きしめる。
首筋に鼻先を押し付けると、肩が跳ねた。
「可愛い!!本当に可愛い!!!」
「バ、バカ!!和多流くんのバカ!!」
「可愛過ぎる!!ヤキモチ嬉しい!!うわー!天使がいるーーー!!」
首まで真っ赤に染めて、ジタバタともがく。
離さない。絶対に離さない。
肩を掴んで正面を向かせると、怒ったような困ったような、複雑な顔をしていた。
か、わ、い、い・・・!
テーブルにはお菓子のギフトボックス。蓋が開いて、ハート型の焼き菓子が見えているのだろう。
それが視界に入ったのか、眉を寄せて俯いた。
「涼くん、涼くんしか見てないよ。可愛過ぎるよ。お願いだからおかえりのチューをさせてください」
「・・・」
「ほんと、あの、お土産ってもらっただけなんだよ。一回断ったけど渡されて、ほら、お客さんだったし・・・。有名なお店って聞いて、涼くん喜ぶかなって思って、だからもらって来て、車の中で食べながら帰るかなって」
「・・・」
「涼くん、信じてくれない?やだ?」
信じるけど、と呟いたあと、小さく小さくこくんと頷いた。
それは、やだ?に対する返事かな?嫌だったんだ?おれ、重たいししつこいし執着心も嫉妬心も独占欲も強くて涼くんのこと束縛して緊縛してべちゃべちゃに甘やかすフリして甘やかしてもらって自分のことを満たしてる中々に最低な男だけど、そんなおれが、お菓子をもらって来ただけでここまでご機嫌斜めになってくれるのがたまらなく嬉しい。
吸い寄せられるようにつむじにキスをすると、ドンっと胸を押された。
「やだ!」
「涼くん」
「・・・無神経」
た、たまにグサっとくる言葉、使うよね・・・。よし。
「・・・じゃあいいよ。おれが食べるから」
「・・・」
必殺、拗ねたふり作戦。たまに逆効果だけど。
多分、多分、ハート型なのが気に入らなかったんだろうな。
可愛いな。
パッケージをあけて口に入れようとしたところで視線に気づいた。チラッと見ると、ぼんやりとしておれを見ていた。
え、なに、その顔。どうしたの?
「涼くん?」
「・・・どーせおれなんて、可愛くないし、気も利かないし、そんな焼き菓子作れないし、不恰好なものしか、地味なものしか、作れないし、・・・食べてもらえないし、もう知らない」
「ちょっと待った。何の話?全部否定するからこっち来なさい」
無理やり引っ張ろうとすると、どかどかとおれの仕事部屋に入って行った。
ベッドに座らせようとすると枕を投げられ、いきなり机の引き出しを開けて大事な大事な、本当に大事な、涼くんの手作りチョコを引っ張り出した。
え、え、ちょっと待って!?
「おれのチョコ!!」
「返して!」
「嫌だ!!おれが貰ったんだ!!」
「全然食べてないじゃん!!なのにあのお菓子は食べるんだ!あれ、有名なお菓子じゃないもん!食べたことあるけど焼き菓子はクッキーとビスケットだけだったし、バレンタインでもハート型のマドレーヌなんて出してない!箱だけ使ってて、あとは手作りだ!ラッピング、どう見てもお店がやったやつじゃないもん!!」
「え、」
「バカヤロー!!あれ、本命だよ!!なんで分かんないの!?バカバカバカ!!もう、バレンタインなんてしないから!食べてくれないなら、もう、しない!したくないもん!あの焼き菓子、食べてればいいよ!!」
「・・・え、もう、しないの?」
「しないよ!!バカ!」
え、え、うそ。うそ。
これから何年経っても、涼くんからのバレンタインって、ないの?
あのトリュフも、ザクザクのチョコも、もう貰えないの?
なんで?なんで??
「和多流くんが悪いんだ!無神経におれに、あんなもの渡してくるから!」
「・・・」
「・・・もう作らないもん。どーせ不格好で地味だもん。・・・ハート型なんて、恥ずかしくて、出来なかったもん・・・」
「・・・ハート型なんていらないよ。形なんてどうでもいいよ。あの、あの、それは、返して。おれのなんだから」
「食べてないくせに!」
「食べたらなくなっちゃうじゃん!!」
「は?!」
「食べたらなくなっちゃうでしょ!?食べられる訳ないじゃん!!」
「・・・何を言ってるのか分からない」
「もう半分も無くなっちゃったんだよ!?あと半分食べたら無くなっちゃうんだよ!?」
「・・・うん、いいんだよ?それが正解」
「嫌だーー!!だってもう作ってくれないんでしょ!?冷凍保存する!!返して!!」
無理やり奪い取る。箱が少しへこんで、慌てて中身を確認する。よかった。中身は無事だ。
ザクザクの方も、一本折れちゃったけど、あとは大丈夫。よかった・・・。
「・・・和多流くんのバカ」
「ごめん。まさか手作りなんて思わなかったんだ。だって、有名なお店のって言うし、調べたら涼くんも好きそうなお菓子だったし・・・喜ぶかなって・・・。よく、手作りって分かったね」
「すぐ分かるよ」
「なんで?」
「・・・おれが和多流くんの恋人だから、かなぁ・・・?」
小首を傾げて言うから、一気に顔も体も熱くなった。
こ、恋人、だからって・・・言い方、可愛過ぎる・・・!!
「多分本命だと思うよ」
「そうだったとしてもどうでもいい。涼くんのチョコだけあればいい」
「・・・」
「・・・もう作ってくれない?もう、バレンタインはしない?」
「・・・それ、ちゃんと食べるならしてあげる」
「食べる。食べます」
「・・・ちゃ、ちゃんとご機嫌取りするなら、仲直り、してあげても、いいけど・・・」
顔、真っ赤っか。
言ってから不安になっておれのことチラチラ見て、様子を確認している。
あー、可愛い。なんでこんなに可愛いの、この子は。
「ん?!んむ、」
気づいたらキスをしていた。
細い腰を抱いて引き寄せて、むさぼっていた。
「ちょ、」
「可愛い。可愛過ぎる。ほんっとうに、可愛い」
「わ、もぉ、やめて、」
「やだ。可愛いもん。おれのだもん。はー、可愛い。大好き。大好きだよ。チョコ、ちゃんと食べるから。無くなっちゃうのはものすごく嫌だけど、食べるよ。世界で1番おいしいよ」
「・・・うん」
「ホワイトデー、何がいい?」
「は!?いらないよ!?」
「なんで?」
「おれもバレンタインに貰ったし・・・」
「えー!やだ!ホワイトデーも楽しみにしてたんだから!目星はつけてあるんだよ!?お菓子と、文房具と、キッチン雑貨と、あと、」
「いらないってば!!・・・い、今、甘やかしてくれたら、それでいいよ・・・」
「うわぁ・・・!可愛いの最上級ってなに?ってくらい可愛い・・・!」
抱きしめて顔、首、肩、手、至る所に唇を押し付ける。
くっついたままご飯を食べて、お風呂に入って、べたべた触って甘やかした。というか、結局おれが甘やかされたのかな?
貰ったお菓子は申し訳ないけどお蔵入り。
涼くんのチョコを2人で食べて、チョコ味のキスをひたすら繰り返す。
ヤキモチって可愛いな。涼くんを傷つけるのは嫌だけど、ごめんね。すごく嬉しかったよ。
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