Evergreen

和栗

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『涼くんごめん、今日、お迎えできないかも・・・』
仕事が終わってすぐに電話がかかってきた。
どうしたの、と聞こうとしてやめた。
なんだか元気がない。暗いっていうか、覇気がないというか、どうしたんだろう。
「分かった。いつもありがとう。食材だけ買って帰るね」
『・・・ごめん、夕飯も別でいいかな』
え?
初めて言われてので驚いてしまった。
「わ、分かった・・・」
『おれ、外出るから・・・。ごめんね。急に』
「ううん。・・・あの、1人?」
『うん・・・。ごめんね』
大丈夫かな。
通話を終えて帰路に着く。アパートの駐車場に、和多流くんの車がなかった。
どこに行ったのかな。わざわざ車でなんて・・・。
部屋の中は寒かった。和多流くんの部屋も。
もしかしたらおれに電話してきた時点で外にいたのかも。
棚からカップ焼きそばを出して、お湯を入れてから着替える。
自分の部屋で、携帯で動画を観ながら食べた。味気ないな。前に食べた時は美味しかったのに。和多流くんと一緒だったからかな。
レトルトカレーにすればよかったと思いながら片付ける。
お風呂に入っても、ベッドに入っても、和多流くんは帰ってこなかった。
日付が変わった頃にウトウトしていると、玄関を開ける音がした。
連絡もなかったし、1人になりたかったのかな。声をかけたら困るかもしれない。寝たふりをしていると、寝室のドアが開いてそっとおれの横に立った。見下ろしてる?様子伺いでもしてるのかな?
ひた、と指先が触れた。冷たくて、つい声が漏れる。
「んんっ、」
驚いたように指先が離れた。目は開けず、もぞりと動いて布団にくるまる。和多流くんはそっと寝室から出ていった。
何かあったのかな・・・。


*******************


朝起きると、寝室のエアコンがついていた。
体を起こすと、ソファに和多流くんが座っていた。
気を使わせないように、いつものように声をかける。
「おはよ。昨日いつの間にか寝ちゃった。ごめん」
「おはよー。大丈夫。おれも遅かったし」
にこりと笑うけど、元気がなかった。すぐに手元に視線を落とす。携帯を見つめていた。
元気がないっていうか・・・。
「涼くーん・・・」
「ん?うん、何?」
「・・・今日、家でのんびりでもいいかなぁ」
今日は、前から出かける約束をしていた。
元気がなくても約束をしたことだし、外に出れば元気になるというタイプなのに、どうしたんだろう。
元気がないっていうか、もしかして、落ち込んでる?仕事で何かあった?
「も、もちろん。あの、何かあった?」
「・・・うん、まぁちょっとねぇ」
「おれがいるからね。話くらいなら聞けるからね。和多流くんだって、そばにいてくれたじゃん」
隣に腰掛けて顔を覗き込む。
和多流くんは少しおれを見つめると、微笑んだ。
「そうだね。涼くんがいるね」
「うん」
「・・・なんかさー、おれのデザインがイメージと違うって、ネチネチ言われてさ・・・疲れちゃった」
「え、そんなこと言われたの?」
「紹介された新規の人だったんだけど、重箱の隅を突くっていうかさ、まともに受け答えしちゃいけないタイプだなって、後々になって気づいて・・・。結構時間かけて作ったけどキャンセルくらった。キャンセル料をもらう時もぐちぐち言われてさ。まぁそうだよね、クライアントさんからしたら何も手に入れてないのにお金だけ発生してさ。紹介してくれた人にも悪いから、一応連絡入れて、返事待ちしてるんだ。はー・・・疲れた」
「・・・もっと愚痴っちゃいなよ。もっともっと、言いたいこと言った方がいいよ」
聞いてたら腹が立ってきた。
すごくムカムカする。
和多流くんの仕事に文句を言ってくるなんて・・・。和多流くんのことだから絶対に打ち合わせはしてるし、自分が今まで作ってきたものを見せているだろうし、契約書だって書かせているはず。
なのに、文句とか、ふざけんな!
「おれが腹立ってきた!!」
「まぁまぁ。落ち着いて。おれも至らない点が多かったんだよ」
「至らないならクライアントの方だよ!プロに文句ばっかり言うなら自分でやればいいんだよ!できないから頼んできたんでしょ?やってもらっといて文句言うな!馬鹿!!」
「・・・あはは!!あはははは!!りょ、涼くん、めっちゃ怒るじゃん!」
「怒るよ!どんなの作ったの?見せて」
仕事部屋に入ってパソコンを覗き込む。
アクセスすると真っ白な木製の扉が開いて会社のロゴが現れた。社員さんたちの写真が散りばめられて、各ページに飛べるようにリンクが現れた。
「・・・相変わらずすごいね・・・。こんなの、おれは作れない・・・」
「キャンセルくらったから、お蔵入りだけどね。・・・あんなにネチネチ言われたの、久しぶりでさ。らしくないけどちょっと落ち込んじゃったよ」
「ムカムカして収まらない。ねぇ、お昼ご飯は焼肉にしようよ」
「え!?焼肉!?な、なんかすごく怒ってる?」
「怒るよ!和多流くんが怒らないから、おれが怒るしかないの!クライアントの靴底が外れてしまえって思ってる!」
「ぶふっ!そ、それ、結構なダメージ、だね・・・!ふふふっ、」
「靴紐が踏まれて転べばいいんだよ」
「涼くん、ちょっとブラックになってる?」
「ブラックだよ。バチが当たれって思ってる」
「そこまで怒ってくれたら、なんかもう気にしなくていいやって思えてきたよ。縁がなかったってことで。やけ食いでもしに行こうか」
「おれがご馳走します」
「・・・じゃあ、甘えちゃおうかなぁ」
いつもなら絶対におれが!って言って譲らないのに。今回、本当に本当にキツいんだろうな。
おれなんかが元気にできるか分からないけど、和多流くんが元気になれること、したいな。
おれが車を運転して、お店に向かう。
少しお高めの食べ放題を注文して、和多流くんにはビールを持ってくる。アルコールバーって便利だよね。
「え、いいの?」
「もちろん。おれ、ノンアルのワイン飲んでみたかったんだー。へへへ。いつもお疲れ様」
グラスをぶつける。
和多流くんはそっと口をつけると、すぐに手を離した。テーブルに置かれたグラスは寂しげだった。
「おれが焼くね」
「ん?いいよ、自分でやるよ」
「ダメ。トングはおれのもの。カリカリにする?好きだったよね」
「うん、お願い」
静かにお肉を焼く。無駄に明るくしても疲れちゃうだろうし、普通に、普通に。
「焼けたー。はい」
「ありがとう」
「わっ。見て。すっごい分厚いのあった」
「ははっ。カットミスかな。それとも端っこかな。食べ応えありそう」
「焼けるの時間かかりそうだね。あ、野菜野菜。和多流くんナス食べる?玉ねぎはさ、よく焼くからね」
「ん。あ、ねぇ。かぼちゃって好き?」
「・・・あー、んー、あんまり食べないかも」
「ね。あんまり家でも出てきたことないもんね。男って苦手な人が多いらしいよ」
「え?そうなの?考えたこともなかったな・・・。でも今も持って来てないし、そうなんだろうな」
「おれも苦手かも」
「出されれば食べるんだけどね」
「そーそー。あれば食べる」
「持ってくる?」
「えー?それはちょっと意地悪じゃない?」
クスクスと笑う。
笑顔が見られてホッとした。
野菜とお肉をお皿に置くと、トングを取られた。あ、と声を出して手を伸ばすと、首を横に振る。
「次はおれ。はい、たくさん食べなさい」
「もー。でも、ありがと」
「タン塩食べる?」
「うん」
「・・・ねぇ、あれレモネードかな。あの子が持ってるの」
「え?あるの?飲みたい」
「・・・いいな。おれも欲しい。行こう」
2人で立ち上がり、ドリンクバーへ向かう。
あったのはレモンスカッシュ。少しテンションが上がる。柑橘系、好きなんだよね。
いっぱい注いで和多流くんを見ると、おれはこっち、とグラスを見せてきた。
「ゆずはちみつがあった」
「えぇ!次それにする!」
「一口飲んでごらん」
席に戻って一口飲む。甘い。美味しい。
「変わり種があって面白いね」
「ね。そっちもちょうだい」
「うん。あ!肉が焦げた!」
「あ、やばっ。ごめんなさいだな、これは」
「タン塩は無事だった」
「食べよ食べよ」
「おいひい」
熱いけど。
お肉って幸せになるなぁ。
昔はこんなにガツガツ食べなかったな・・・。収入は今よりほんの少し低くて、家賃も光熱費もかなり抑えていたけど、不安で仕方なかった。貯金があっても安心できなかった。
今は家賃も光熱費も折半だけど、あの頃と変わらない出費。なのにあまり不安にはならない。一緒に暮らしている人がいるから、かな。
「涼くん、チャーハンがあったよ」
「え?焼肉に?」
「持って来ちゃった。食べよう」
「あ、しいたけ焼けた」
「食べる食べる」
和多流くんが柔らかく笑った。あ、いつもの、和多流くんだ。
嬉しい。
「んー、うっま」
「玉ねぎもこんがりだよ」
「ちょっと調子出て来た。ごめん、ビール飲むね」
「うん。悪酔いしないようにね」
「・・・正直、水みたいにうっすいよ、ここの」
「え?そうなの?」
「うん。ワイン飲もうかな」
「じゃんじゃん飲もう。そして食べよう」
「改めてかんぱーい」
「かんぱーい」
よかった。笑ってくれた!
嬉しくなって、たくさん飲んでたくさん食べた。
お腹がまんまるに膨らんだ頃に家に帰ると、和多流くんは膝枕して、と甘えて来た。
もちろん、と返事をしてベッドに座ると、うつ伏せで膝に寝転んだ。
「涼くんー・・・」
「ん?」
「・・・好きだよ」
「おれも、大好き」
「ありがとね」
「え?」
「昔から涼くんは、おれのしてほしいこと、分かってるんだね・・・」
「・・・なんのこと?」
「んー・・・?おれ、大袈裟に慰められるの苦手なんだ・・・。いつも通りにしてくれて、ありがとう・・・」
「・・・そんな、おれ、大したことしてないよ」
「大したことだよ。そばにいるだけで安心する。昔から、そう・・・」
「・・・昔から?」
「・・・そりゃーさ、おれだって人間ですからね。悲しいこととかあったら好きな人の顔が見たいって思うし・・・。おれが元気なくても、涼くんはいつもどおりに笑ってくれて、いつも、安心してたよ・・・。今もそう。すごーく怒ってくれてびっくりしたけど、心強かったよ。ありがとう」
「・・・おれの顔なんかで良ければ、たくさん見て」
「・・・照れちゃう」
2人で肩を震わせて笑う。
髪を撫でると、そっと目を閉じた。
静かに眠りについて、夕方に起きるとスッキリした顔をしていた。
うどんが食べたい、と言うので少し豪華に野菜たっぷりうどんにすると、嬉しそうに食べてくれた。
よかった。笑ってくれて。
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