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和栗

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「あのー、和多流くん」
いざ行為に及ぼうとおれに覆い被さる和多流くんの胸を押す。拒否されたと勘違いしたのか、途端に眉を垂らした。
寂しげに隣に寝転ぶと、べた、とくっついてくる。
「うー・・・さっき嫌がってなかったのに、なんでよー・・・」
「嫌なんじゃなくて、少し話がしたいの」
「話し?どうかした?なんか変なことしちゃった?痛かった?」
「違うよ。だから、その・・・もっと普通の・・・」
ガバッと起き上がったので、おれも体を持ち上げる。
和多流くんは首を傾げた。
「普通?」
普通って何?という意味の、言い方だった。
「・・・え、何でわかんないの?」
「え?普通って・・・んと・・・今日あったことの話とか、そういうの?」
「うん」
「車の中で話したし、ご飯食べてる時も話してたのに?」
え。
えぇっ。
何、それ。なんだそれ。
話すの面倒くさいのかよ。
普通に、イチャイチャしたかっただけだし、最近したあと、おれは気絶したみたいに寝ちゃうからもう少し恋人らしいことをしたかっただけなのに。
ムカーっと怒りが湧いてきて、つい睨みつける。
なんか、最近、和多流くんて。
「雑」
「・・・え!?」
「おれの体だけが必要なんだ」
「なんで?なんでそうなるの?お風呂で触りっこしてさ、ベッドでって、・・・嫌だった?」
「うん」
心にもない返事をする。
セックスは嫌じゃない。むしろ好き。でも、もっと、それ以外のこともしたいんだもん。
和多流くんのことが好きだから。
しばらく沈黙が続いた。はー、と深いため息が聞こえる。ちらっと顔を見ると、ムッとした顔がおれを見ていた。
「雑って言うならさ」
「っ、な、何っ」
「涼くんもじゃん」
「・・・え?」
「セックスしてる時だけじゃん。好きって言ってくれるの。ていうかさ、おれのどこが好きなの?あんまり言ってくれたことないよね」
「・・・え?いや、つ、伝えてる、・・・」
あ、怒ってる。おれのこと攻撃して、傷つけようとしてる。
和多流くんは時々こうなる。おれのことねじ伏せようとして、おれに罪悪感を与えようとする。自分が有利になるために。普段はとても優しくて、穏やかなのに。きっとおれの性格や態度がそうさせるんだろうな。元カレたちもそうだったもん。
「ねぇ、どこが好きなの?」
「・・・」
「涼くん」
「・・・今は言いたくない」
「何それ。言えないんじゃないの?」
「・・・怖いし、何言っても揚げ足取られるから、言いたくない。喧嘩をしたくて拒んだんじゃないよ。そもそも拒んでないよ。おれは、和多流くんともっとゆっくりおしゃべりしたかったんだよ」
「それさ、シャワー浴びてる時に言ってくれれば良かったじゃん」
「あぁ言えばこう言うじゃ、話にならない。しばらく話したくない。しばらく頭、冷やそう。お互いに」
顔をしかめた。ダメだ、これ。話が通じない。
寝室から出て自分の部屋に入る。
ただ、和多流くんと話したかっただけなのに。甘えて、甘やかして、くっついていたかっただけなのに。
ため息をついて目を瞑る。しばらくこんな感じなんだろうな。


******************


朝、和多流くんは起きてこなかった。おれはいつも通り準備をして、仕事へ向かう。
夕方まで仕事をして、携帯を確認する。連絡はなし。少しホッとしてしまった。
きっとお迎えもないだろう。今狭い空間で2人になったら気まずいし、和多流くんもそう思ってるはずだ。
駅のスーパーで買い物をしてから改札を通ろうとして、少し戸惑う。
公園にいたら、どうしよう。
待っててくれたら、どうしよう。
悩みに悩んで、公園に足を向けた。
恐る恐る駐車場に入ると、和多流くんの車があった。
心臓が跳ねる。
き、来てくれるんだ・・・。
携帯に何も連絡はないけど、来てくれるんだ。
どうしよう。もしかしたらなんとなくドライブできただけかも。お客さんと待ち合わせとか、かも。
ていうか違う人の車かもしれない。
大回りしてコソコソとナンバーを確認する。和多流くんだった。エンジンがかかっている。
運転席が開いた。和多流くんが降りてきて、ドアを閉めて寄りかかりタバコに火をつけた。深く吸い込んで吐き出す。ポケットから携帯を出して耳に当てた。おれの携帯が震えた。
隠れて耳に当てる。
「はい・・・」
『・・・一応、来てますけど』
う、敬語。怒ってるんだろうなぁ。
「・・・ありがとう、ございます・・・」
敬語で返してしまう。無言が続く。チラッと和多流くんを見ると、貧乏ゆすりをしていた。目を凝らして顔を見る。よく、見えないな。
『あのさ』
「え!?は、はい」
『・・・いや、車、乗りますか?』
「・・・乗って、いいなら、お願いします・・・」
『・・・じゃあ、いつものところにいるんで』
「・・・すぐ行きます」
通話を終える。
和多流くんは少し俯くと、消臭スプレーを体に吹きかけてから車に乗り込んだ。
来てくれたんだなぁ・・・。喧嘩したのに・・・。
車に近づくと、運転席の窓が開いた。後部座席のドアが開く。
お礼を言って乗り込むと、また沈黙。
運転はゆっくりだった。前に、急発進を指摘したからだ。
買い物袋を抱えて車に揺られ、家に帰る。
部屋に入ってキッチンに立つと、和多流くんがダイニングチェアに座った。いつもだったら買い物の荷物を冷蔵庫に入れてくれるけど、今日は黙って見てるだけみたいだ。そりゃそうか。喧嘩したもん。お迎えに来てくれて、電話をくれただけでもすごいことだよ。電車に乗らなくてよかった。乗ってたらもっと怒ってただろうなぁ。
腕を捲って包丁を持つ。簡単に、ポークステーキ。キャベツは多めに。
無言で作っていると、椅子が動く音がした。
そっとおれの手元を覗くと、カチャカチャとお皿を出して、お箸を並べた。
なんか、静か。いつもならすぐお尻に触るし、後ろから抱きついてくる。おれが包丁から手を離すとキスもしてくる。うん、イチャイチャ、しすぎ、だよね。でもこういうやり取り、好きなんだよね。・・・うん、好き。和多流くんに構ってもらえるのも、触れてもらえるのも、好きだよ。だから今、少し寂しい。
仕事で疲れちゃって、人恋しくて、もっと和多流くんを感じたくて、もっと話を聞いて欲しかったな。優しく頭を撫でて欲しかった。ちゃんと言えばよかったのに、気づいて欲しかったんだよな・・・面倒くさいな、おれ。
「おれのも、作ってくれるんだね」
「え!?」
いきなり声をかけられて驚くと、おれの驚いた声に驚いた和多流くんは目を丸くした。
「え、作るよ?なんで?」
「や、だって、」
「和多流くんだってお迎え来てくれたじゃん・・・。今日お肉安かったし、豚肉食べたいって言ってたから・・・」
もしかしてどこかで食べてきたのかな。
余計なことしたのかな。
ボコボコ、と鍋の蓋が暴れる。
あ、やばい、味噌汁が。
慌てて火を止めて中身を見る。豆腐、無事だ。
恐る恐る2人分のお椀を取り出すと、そっと和多流くんが受け取った。
味噌汁をよそってくれる。あ、ご飯食べるんだ。よかった。
「いただきます」
「いただきます」
無言の食事。
チラッと和多流くんを見ると、何故か少し微笑んでご飯を食べていた。
美味しかったのかな。
いつも褒めてくれるんだよね。
簡単な料理でも、お惣菜を買ってきたって、センスいいとか、これちょうど食べたかった!とか、喜んでくれるし。凝った料理を作るとジロジロ見て、錬金術?と聞いてくる。思い出したら少しおかしくなった。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした。おれが片付けるから、着替えてきたら」
素直に甘えて、部屋に入る。ワイシャツを脱いで、カバンの中身を確認するために椅子に置くと、机に折り畳まれた紙が置いてあることに気づいた。いつも和多流くんが使っているメモ用紙だった。
ペラ、と広げてみる。
小さく小さく、ごめんなさい。と書いてあった。
う、わ。これは、ずるいよ。
初めて手紙をもらって、胸が苦しくなる。手紙って嬉しいんだな・・・。これを書くのにどれくらい時間を使ったんだろう。何度も書いて、消した跡があるよ。
お揃いのスウェットに着替えて部屋から飛び出す。和多流くんの背中に飛びつくと、わあ!と叫んだ。
「び、びっくりした、」
「疲れた!」
「え?」
「仕事!疲れた!和多流くんに甘やかして欲しくて、いっぱいわがまま言いたくて、イチャイチャしたかった!」
「・・・涼くん・・・」
「和多流くんは十分話したと思ったかも、しれないけど・・・おれは、もっと・・・和多流くん・・・」
胸が詰まる。呆れたかな・・・嫌かな・・・。
何か、言ってほしい。
腕をそっと解かれて、和多流くんがおれと向き合った。優しく抱きしめてくれる。
「・・・ごめんね。おれも、疲れてて・・・早く涼くんを抱きたくて・・・涼くんとセックスすると、安心するから・・・あと、その、・・・包み込まれてると、癒されるから・・・でも、ごめん。自分の気持ちだけ押し付けようとした・・・」
「う、ううん・・・」
「攻撃して、ごめん。傷つけて、ごめん。・・・でも、その、たまには、好きって、言われたいです・・・」
弱々しい声だった。
顔を合わせると、目を逸らした。恥ずかしそうに口籠もると、情けなくてごめんね、と小さく言った。
「・・・ご飯作ってる時とか、洗濯物干してる時、触られるの、好き」
「え!?」
「あ、甘えてるんだなって・・・イチャイチャしてくれてるんだなって、嬉しい・・・。和多流くん、優しく触ってくれるし・・・。他にもいっぱいあるけど、また追々・・・」
「やめてって言うのに?」
「そりゃ、言うときは言うけど・・・嫌じゃないときは言わないし・・・」
「・・・あ、確かに、そうかも・・・」
「さすがにお尻の、あ、あ、穴、まで、触られると、ちょっと、」
「あ、ごめんなさい・・・」
「・・・ていうか、ね?結構、おれ、好き好きオーラ出してると、思うんですけど・・・」
口籠もると、ガシッと顔を掴まれた。ムニムニと頬を揉まれる。
「む、」
「うん、そうかも。ご飯作ってくれて嬉しかった。喧嘩してたから、ないかなって・・・」
「和多流くんもお迎え来てくれたじゃん。というか、何も考えないで2人分買ってて・・・家に帰ってきてから、いらないかなーって思い始めて」
「あ、いや、あの、おれも・・・アラームが鳴ったから車乗って公園行っちゃって、中々来ないなーって思ってたんだけど、喧嘩したし来てないと思ってるんだろうなって、気づいて・・・電話した」
「へ?あ、そうなの?」
「習慣っていうか・・・」
「・・・ありがとう。嬉しかった」
「おれもご飯、嬉しかった。美味しかったよ」
「昨日は、中途半端にしてごめんね」
「ううん。おれも、ちゃんと話を聞かなくてごめん。今日、ちゃんと話をしたいよ。聞きたいし、おれの話も聞いてほしい」
「うん。ありがとう」
「・・・話し、したら、その、」
もぞ、と腰が押し付けられた。
そ、そうだよね。昨日中途半端だったし、おれだって、したくないから遮ったわけじゃないし、うん・・・。
「お、おしゃべりして、からでいい?」
「うん。・・・涼くん、その、キス、いい?」
くんっと顎を持ち上げられる。そっと目を閉じると、ちゅ、と音を立てて唇が重なった。そしてすぐ離れていく。
「え?そ、それだけでいいの?」
「・・・あんま調子乗ると我慢できなくなりそうなので・・・」
顔を赤くして言うから、クスクスと笑う。
しばらくそのまま抱き合った。これだけで充分癒される。このまま眠りにつきたくなる。和多流くんの匂いも、鼓動も、落ち着く。
おれからもう一度キスをして、また抱きつく。和多流くんは我慢ができん!と叫ぶと、おれの顔を掴んで無茶苦茶にキスをした。
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