Evergreen

和栗

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玄関を開けると、呆然とした和多流くんが立っていた。
飛び跳ねて慌てて口を押さえる。びっくりしすぎて心臓が大きな音を立てているが、必死に平静を取り繕う。
「ただいま・・・。ど、どうかしたの?」
「・・・耐えられない」
「え?何?」
ボソボソと喋るのでそっと近づいて耳を寄せると、強く抱きしめられた。
「ふげっ!ぐるじ、」
「お願い涼くん、京都まで着いて来て」
「はぁ!?京都!?どうしたの?」
腕を解いて尋ねると、ポツポツ話し始めた。
独立したての頃から本社が京都にある会社の下請けをしていること、京都の本社に一緒に行こうと部長に定期的に声をかけられていたこと、のらりくらりと断っていたこと、とうとう本社の部長が出て来て是非来てくれと言われて断りきれなかったこと。
聞いてると、かなりいい人たちじゃないか、と思う。
だって和多流くんのことかなり気に入ってくれてるし、旅費は出してくれるっていうし、仕事の打ち合わせもしてくれるわけで・・・。
何がそんなに嫌なんだろ?
京都なんて行ったことないから羨ましいよ。でもそれをいうと引きずってでも連れて行こうとするだろうから、黙っておく。
「もうそれは腹を括って行くしかないんじゃない?苦手な人なの?」
「・・・女好きなの」
あ、それは、ちょっときついかも・・・?
絶対に連れ回されるよなぁ・・・。
「それもキツイし、何より涼くんと一緒にいられないのがしんどい!」
「いや、おれが出張の時は、」
「だって車で行ける距離だったし!!休みの日帰って来てくれたし、電話だって毎日できてたし!」
「じゃぁ、電話するよ」
「無理だよ・・・遅くまで連れ回されるし・・・夜中に電話したら涼くんの睡眠を妨げちゃう・・・それはしたくない・・・」
「おれ、一緒には行けないよ」
「うわ、先手打たれた・・・。・・・動画送って」
「は?」
「毎日動画送って。寝る前でいいから。そしたら頑張れるから」
「・・・3泊4日なのに?」
「うん」
そんなに嫌なんだ・・・。
動画って、何を撮ればいいんだろ。まぁ、いいか。とりあえず了承して、和多流くんをなだめながら夕飯の支度をする。
京都に行くのは2週間後。それまでになんとか気分を上げてもらわないと、新幹線に乗せるのが大変になってしまう。
さて、どうしようかな。

******************

まぁ、一筋縄じゃいかないよね。
旅行のガイドブックを見せたらおれも連れて行きたいと駄々をこね、観光地に行くのか聞けばそんなとこに行くなら早く帰りたいと会話が続かず、こっちが疲れてしまった。
「行くなら涼くんと行きたかったなぁ・・・」
「今度行こうね。ほら、手を動かして」
前日になっても荷造りをしないでうだうだしていたので、無理やりキャリーバッグに着替えを詰め込む。
「こっちの小さい方のでいいよ。持っていくもの少ないし」
「え?お土産とか入れないの?」
「お土産?」
あれ?
和多流くんのことだから、てっきりいろいろ買ってくるんだと思っていた。
少し恥ずかしくなって慌てて荷物を出す。
「ごめん、そうだよね。仕事で行くんだもんね」
「何か欲しいものある?」
和多流くんの目に輝きが生まれた。
なるほど、こっちだったか。
この輝きを潰してはいけない。
慣れないことではあったけど、必死に頭を働かせる。
「おれ、八ツ橋って食べたことないんだよね」
「そうなの?」
「和多流くんのことだから、買って来てくれるんだろうなぁって思って・・・あと、ガイドブックで見た七味唐辛子が気になってて」
「どれ?」
「これこれ。それから落雁とか、金平糖とか、お茶も気になるし、あとは・・・」
「待ってね、メモするから」
さっとタブレットを出して、メモを取っていく。そりゃもう真剣に。
ガイドブックをめくりながら写真に収め、住所を確認しているようだった。
あともう一押しだ。そう確信する。
「仕事で行くんだし、やっぱりいいよ。申し訳ないもん」
「いや、買ってくるよ」
「・・・本当に?いいの?」
チラッと上目遣いで確認する。和多流くんは何度も頷いて、チュッと音を立ててキスをした。そのままゴロンと押し倒される。
「全部買ってくるよ。今度一緒に行こうね」
「うん。え、ちょ、準備は?」
ゴソゴソと服の中に手が入ってくる。阻止しようとするとそれを阻止された。
「あと、パンツ入れるだけだから。ね」
ね、じゃないのに・・・。
でもこの甘えた声と顔に弱いので、ついついその気になってしまう。
キャリーバッグの横で、和多流くんに思う存分抱かれた。


*******************


「へぇー。出張とかあるんだね」
「うん。気に入られてるみたい。いいことだよね」
お肉を焼きながら軍司くんを見る。あまり興味がなさそうだった。
付き合いで馬券を買ったら大当たりだったから奢ってやると言われた時は驚いた。やっぱり運がある人ってすごいや。
「山田くんは呼ばなかったの?」
「呼んだよ。あいつ、金勘定苦手だから締めるのに時間かかるんだ」
「あぁ、売り上げの・・・?」
「そう。電卓3つくらい使って頑張ってる」
どうやって電卓を3つ使ってるんだろう。そっちの方が大変な気がする。
「あと蓮二もくる」
「え?そうなの?」
「ん。就職祝い」
「結構可愛がってるんだね」
「・・・まぁ、うん」
あ、照れてる。
からかおうと思ったら、勢いよくお店のドアが開いた。ポロシャツを着た蓮二くんだった。
商店街の子なので店長とも顔見知りのようだ。声をかけて気さくに話しながらこちらに歩いてくる。おれを見て驚いた顔をした。
「あれ?春日部さんだ」
「こんばんは」
「あ、久敬経由の友達なんすね。あのバカと普通に知り合って友達になろうって思わないっすよね」
「いや、そんなことは、」
「藤一と普通に出会うのが難しいだろ」
「あははは!そりゃそうだ!そもそも普通じゃねぇもんな、あいつ!」
自分のお兄さんに対してすごい言いようだな。
和多流くんも結構言うタイプだし、兄弟ってそういうものなのかな。
「佑は?くんの?」
「いや、これねぇって。おばちゃんの迎え行くって」
「あれ?車の免許とれたの?」
「とっくにとれてるよ。おれ筆記で一回落ちたけど、佑は全部一発で受かってるもん」
「一回なら可愛いもんだよ」
「なー。母ちゃんにも言われた」
「・・・山田くん、あ、お兄さん、そんなに落ちたの?」
「そっす。回数は忘れたけど、免許センターの受付の人に「また来たの?」って聞かれるくらい行ってました」
「おれも何度か付き添いで行ったしね」
「道迷うからなー、あいつ。初めて行くところなんて1人で行けないし」
「え?そうなんだ?」
初めて会った時、すぐにバーに来てたような。
おれの考えていることが分かったのか、軍司くんは少し顔を赤くした。
「あ、でも久敬がいるところと久敬と行くところは道迷わないで行けんだよな。あいつ犬だよ。駄犬だけど」
へぇ。へぇえー。
ついニヤニヤすると、テーブルの下で足を蹴られた。いったいな。
「久敬は昔から面倒見いいんですよ。藤一が高校に行けたのも久敬のおかげだし、おれが中学の頃からカテキョやってくれてたし」
「うん、そうだね。おれもたくさんお世話になったよ」
高校の頃はうなされてたら起こしてくれたし、勉強も見てもらったし、大学の頃は着る服がないとボヤいたら、わざわざ大きな袋を持って新聞屋の寮にきてくれたんだよな。
高校の頃は少しクラスメイトに嫌われていたし、おれ以外の友達っていなかったけど、おれは軍司くんのこと好きだったんだよな。少し誤解されやすい人なだけで、いい人なんだ。
「母ちゃんがまた来てほしいって言ってました」
「え?おれ!?」
「はい。今度、飯食いたいって。久敬も来いよ。春日部さん1人じゃ藤一と母ちゃんの相手すんの大変だから」
「ん。行く。すみれさんのご飯、美味しいんだよなー」
「すみれさんとか言ってんじゃねぇよ。気持ち悪りぃ。あのババアのことそうやって呼ぶの、久敬と橋本くらいだぜ」
「お母さんのことをババアなんて言っちゃダメでしょ!」
いきなり大きな声がして店の入り口を見ると、相変わらず繫着姿の山田くんがいた。
早足で近づいてくると、蓮二くんの頭を小突く。
「前も言ったけど、蓮二は言葉が乱暴すぎる!本当は優しい良い子なのに、いつもババアって言って」
「いてぇな。良い子とか言ってんじゃね、」
「良い子でしょ。否定しないの。もうババアって言ったらダメ。お母さんが悲しむから」
真面目に言うから、蓮二くんも唇を突き出して黙った。
ちゃんとお兄ちゃんなんだな。
「で、締め作業できたわけ?」
軍司くんが問う。山田くんはニコッと笑うと、はっきりと答えた。
「ひさくんを待たせるのが悪いって、お父さんがやってくれたんだ」
即座に蓮二くんの手が山田くんに飛ぶ。
叩かれた衝撃で眼鏡が飛び、タレの中に落ちた。


******************


『違う!!』
朝一番、電話がかかってきたので出てみると、叫ばれた。
「え、違うの?」
『なんで焼肉の動画で頑張れると思ったの』
「じゃぁ、」
『涼くんの動画をください!』
「ビデオ通話にする?」
『ダメ。ムラムラするしエッチなことさせたくなる』
それは困る。
動画は昨日の焼肉の動画を送ってみたけど、おれの動画がいいなんて思わなかった。
慌ただしく通話を終えて少し考え、恥ずかしかったけどとりあえず動画を撮ってみた。
おはよー、いってらっしゃい。って言ってるだけなんだけど。
しばらくすると万歳のスタンプが送られてきた。
よく分からないけど、あれでいいみたいだ。
それにしても昨日はかなり忙しかったんだろうな。全然連絡が来なかったし、朝ももう少し雑談するのかと思いきやすぐ切れちゃったし。
戸締りをして家を出る。さてさて、今日の晩御飯は何を食べようかな。


******************


1人の時って、何を食べていたっけ。
帰りの電車内でふと思った。
前に住んでいたところは周りにスーパーもコンビニもファミレスもあった。大通り沿いに面したうるさいアパート。家賃はそこそこだったけど部屋が使いやすかった。
あんなにたくさんお店があったのに、何を食べていたのか思い出せなかった。
自分で何を作っていたかも記憶が曖昧。
こんなに記憶力なかったっけってくらい。
改札を通って家に向かっていると携帯が震え出した。和多流くんかな。
見てみると成瀬さんだった。慌てて耳に当てる。
「はい、春日部です!」
『あ、春日部くん?だーれだ!』
「・・・あ、シロさん・・・?」
『せいかーい!わたくんいないんでしょ?ご飯食べよ!』
やっぱり知ってるんだ。仲良いな。
一瞬悩んだけど、行くことにした。
クマさんのお店がある商店街とは別の、大通りを挟んだ向こうにある商店街にいると言われた。
そういえば成瀬さんは今日、休みだった。
出かけたついでに来たのかな。
あの2人がデートをする時ってどこに行くんだろう。
2人が身につけているものは高価なものが多いし、シロさんはおしゃれなお店をたくさん知ってるし、昼間からお酒とか飲んでるのかな。ほろ酔いのまま街を散歩したりするのかな。
おしゃれなところやお金がたくさん必要なところに行ったことがないので、想像力が乏しい。
おれはどこに行ったって楽しいから、近所のスーパーとかドラッグストアとか行くだけで楽しいんだよな。
和多流くんは時々遠出したがるけど、ショッピングモールが多い。
おれに合わせてくれてるのかなと思ったけど、どうやら一箇所でまとめて揃うところが好きらしく、空調が効いて丸一日気兼ねなく過ごせるのに利用しないなんてもったいない、と言っていた。
そう言った時の顔、可愛かったな。熱弁しながらコーヒーを飲んでいたっけ。
思い出し笑いを噛み殺しながら向かったお店は、ステーキハウスだった。
あれ?このお店って職場のそばにもなかったっけ?辺りを見渡すとほかにも居酒屋さんやバーがある。なぜここ?
「あ、ここよ」
お店に入ると一番入り口側の席にいた。
成瀬さんは奥のサラダバーをてんこ盛りに盛っていた。
「せっかく出かけたのに結局ここなのよ。やんなっちゃう」
「あはは。駅前のところに何度か一緒に行ったことあります」
「春日部くんは何にする?」
昨日は焼肉だったし、軽いものがいいな。確かドリアとかあったはず。
頼もうとした時突然タブレットを奪われた。
成瀬さんがサラダとパスタとカレーを盛ったお皿を持ってタブレットを見ていた。
「美喜ちゃん、まだお肉来てないのにそんなに食べるの?」
「腹減った。春日部、お前は肉を食え」
「え!?いや、おれ昨日焼肉食べて、」
「遠慮するな。ほら」
遠慮してない!!
注文されたのはそこそこ大きなステーキだった。
諦めてサラダバーに向かい、ご飯を盛る。なるべく少なめに、と思ったのになぜかシロさんが横から手を伸ばして大盛りにした。
「ちょ、」
「いけるいける」
「無理ですって」
「ジム行ってるんでしょ?しっかり食べなくちゃ」
シロさんはお皿に野菜をたくさん盛っていた。
2人ともよく食べるんだよなぁ。
おれはそこまで大食いじゃないんだけど。
席に戻ると、成瀬さんのお皿は半分くらいに減っていた。早っ!
お昼の時はここまで食べていなかったから驚きしかない。
「美喜ちゃん、パスタ、新しいの出てきたけど」
「ん」
「食べるでしょ?はい」
「ん」
「よく食べられますね」
「これでも落ち着いた方よ。高校の頃なんてお皿3つくらい並べてたし」
「え!?」
「すごいでしょ。淡々と食べるから分かりづらいんだけどね」
いや、こんだけお皿が並んでたら分かるよ。
いつも行く焼肉屋でもそうだけど、ほんっとたくさん食べるもんな。
勝手におひつでご飯が出てきた時は驚いた。それを残さず綺麗に食べることも。
和多流くんは沢山食べそうに見えて一人前で満足するタイプなんだよね。学生の頃はそこそこ食べていたらしいけど、ここまでではないと笑って成瀬さんを見ていた。
ステーキが運ばれてきて大盛りのご飯を息を切らしながら食べていると、成瀬さんが少し食べてくれた。これは和多流くんに言えないな。怒るだろうし。
「わたくん、駄々こねなかった?行きたくないって」
「前日までこねてました」
「やっぱり!だってさぁ、僕にまで連絡きたもん。行きたくないーって。タダで京都に行けるんだから気楽に行けばいいのにさ」
「え?タダなんですか?」
「そうそう。社長さんはもともと僕の絵を買ってくれたお客さんなんだけどね、僕の絵を使ってホームページを作りたいって言われて、知らない人と組むのが嫌だったからわたくんを紹介して作ってもらったの。そしたら気に入ってくれたんだよね」
「そうなんですね。女好きの人だからしんどいって、それしか聞いてなかったから・・・」
「そーそー!キャバクラに連れて行かれたんだけど、僕は喋るのが好きだから普通に楽しめるんだけど、わたくんはさー、顔が死んじゃうのよね!あっははははは!思い出したら笑えてきた!」
あ、なんか想像できるな。
行ったことはないけど、そういうお店ってボディタッチもたくさんされるだろうし、至近距離で接してくるし、楽しいことなんてなかっただろうな。
お酒だって高かったんだろうし、遠慮もしただろう。うーん、今頃キャバクラにいたりして。
芸者遊びとはまた違うんだろうし・・・。
大丈夫かな・・・。女の子、特にギャルが苦手って言ってたな。
「美喜ちゃんも付き合いでキャバクラ行ったりしたことある?」
「一度だけ」
「誰に?」
「塾長」
「あ、あー・・・好きですもんね、塾長も・・・」
「システムが分からなくて飲み過ぎたら声がかからなくなった」
つい吹き出すと、シロさんも手を叩いてゲラゲラ笑った。
「高いの飲んだんだ?」
「高いかどうかは知らん。だが店の人たちは拍手していたな」
「あーおかしい。それ高いやつよ絶対。春日部くんは誘われたことないの?」
「おれはないですね」
「お前を誘うのは抵抗があるらしいぞ」
「え?何でですか?」
「塾長にはお前がピュアに見えているみたいだな。彼女がいると思っているから、誘ったら罪悪感で押しつぶされるんじゃないかと言っておいた。行きたくないだろ」
「あ、ありがとうございます」
「あー、春日部くんのこと誘えないの分かるー。無理しちゃいそうで心配になるんだよね。キャバクラなんて行ったらわたくんが心配して禿げちゃうから行かない方がいいわよ」
「嫉妬じゃないのか」
「嫉妬より心配の方が勝つわよ。春日部くん、女の人苦手でしょ?」
「うーん・・・そうかもしれないです。過剰に好意を示されたり、触られるのはちょっと・・・」
「美喜ちゃんはそういうの平気なタイプなんだけど、」
「いや、普通に嫌だけどな」
「え!?そうなんだ!?」
「?・・・嫌だろう、普通。キャバクラでも触るなと断ったぞ。嫌だから」
「キャバクラで断るとか、勇者ね」
「お前が嫌がるだろうと思ったしな」
さらっと言うから一瞬流しそうになったけど、すっごいこと、言ったよね。
普段そんなことを言わなさそうな人だから、なぜかおれまで恥ずかしくなってしまった。
シロさんを見ると顔が真っ赤だった。色白だから余計に目立つ。
「だっからさぁ!やめてよ!死ぬかと思った!」
「はぁ?またか・・・」
「ちょっとぉ!何で春日部くんまで赤くなってんの!?」
「いや、あの、だって、すごい現場に居合わせたなと・・・」
「お前なぁ・・・藤堂さんだってこれくらい普通に話すだろ」
「いや、なんか、重みが違うって言いますか、破壊力が・・・」
「わたくんとは全然違うわよ。あの人は言いそうだなって想像できるけど、美喜ちゃんは普段堅物だから想像ができないのよ!」
「悪口じゃねぇか」
「しかもおれの前で言うってのがまた・・・」
「そうなのよー!人前で言ってくれるんだ!?みたいな」
うー、体が熱い。
10年近く付き合ってるらしいのに、シロさんがこんなに照れるだもん。
成瀬さんが普段どれだけシロさんのことを考えているか分かる。
そりゃ、おれと2人の時は愚痴だって言うし悪口も言うけど、でもちゃんと想ってるんだなーって分かるし、こんなにガードの固い人が心を開いちゃうんだから、シロさんはかなり愛されてるんだろうなって思う。
そう思うと同時に、おれってチョロいし惚れっぽいんだなーって実感する。
和多流くんのことは完全に友達としか思ってなかったくせに、告白されたらすぐに好きになっちゃったし。元カレのこととか相談しまくってたのに今じゃその元カレのことも思い出せないし。おれって尻軽なのかも・・・。
なんか、いいな。お互いに、お互いのことしか知らなくて、本気で10年も想えるって。
おれもそうなれるのかな。和多流くん、10年も一緒にいてくれるかな。
飽きないでいて、くれるかな。
「あんなに短気ですぐに足が出る美喜ちゃんがこんなに熱くて甘い言葉をくれるなんて思わなかったなぁ」
「え?足が出る??」
「うん。僕の一目惚れで始まった恋なんだけど、そんなこと知らない美喜ちゃんに一度だけ本気でボコボコにされたんだー」
「ボコボコ・・・」
「あ、外見じゃなくて精神をね、ボコボコにされたの。だから体はほぼ無傷だったんだけどー」
「・・・あの、何をしたら精神をボコボコにされるんでしょうか・・・」
普通に生きてたらそんなことないと思うんだけどな。
恐る恐る聞くと、あっけらかんと言われた。
「どうしても美喜ちゃんと仲良くなりたくて、当時小学生だった妹ちゃんと弟くんを待ち伏せして一緒に帰ってたら見つかってお腹に一発くらってそのまま放置されたの」
「・・・へぇ」
「美喜ちゃんはね、その辺の雑魚とは違って顔とか狙わないの。僕小綺麗な顔してるから真っ先に顔を狙われるんだけど、美喜ちゃんは的確に急所を狙って一発で仕留めようとするの。鳩尾を蹴られたあの時、完全に落ちたのよ」
「い、色んな意味で落ちたんですね・・・」
「そうね。あははははは!確かに!」
何も面白くはないけど・・・。
成瀬さんは顔色も変えずに淡々と食べ続けているし、シロさんは懐かしいわねーって思い出に浸ってるし、2人を羨ましいと思うのは間違っていたかもしれない。
最後にデザートを食べてから2人と別れ、家に向かう。
いい時間だし、もしかしたらキャバクラとかに連れて行かれてげんなりしているかもしれない。
そう思って電話をかけてみた。出ないかなと思ったら、5コール目くらいで和多流くんの声がした。
「あ、もしもし」
『もしもし。えへへ、嬉しい』
「今平気?」
『うん。家?』
「帰ってる途中。もしかしたらキャバクラに、」
『あー!藤堂さんこんなとこにいたのー?』
へ???
男の、人の、声??
和多流くんの慌てたような声が聞こえる。
『ちょ、電話中なんでやめてくださいよ・・・』
『早く戻ってきてねー。ママも社長さんも待ってるからねー』
『あ、ごめんね涼くん。あの、キャバクラって、どうしたの?行くの?大丈夫?』
「今どこにいるの?」
『・・・あの、その、連れ回されてて、ゲイバーに・・・でも何もしてないよ。今のはボーイの子』
「ふーん・・・」
なんか、なんか、言い淀むってことは、そこそこ楽しんでるって事なんじゃないの?
キャバクラにいるならと思って電話をかけてみたけど、ゲイバーなら全然平気そうじゃん。
『あの、キャバクラ、誰と行くの?本当に大丈夫?』
「職場の人。じゃあね」
『え!?ちょっと待って!ほんとに待って!怒ってる?ごめんなさい、帰ったら言おうと思ってて、だって、』
「楽しんできてね。おれからはもう連絡しないから」
『ちょっと待ってって!切らないで!ねぇ、やっと声が聞けたんだから、ちゃんと話聞いて。本当に連れ回されてるだけだし、』
「絶対ボーイの人にはゲイってバレてるし、和多流くんモテるしチヤホヤされてるんじゃないの?」
『されてないよ・・・。怒らないでよ。結構参ってんだから・・・』
「とりあえず、動画とか撮る気分じゃないから送れない。帰ってきてから話そう。じゃあ、気をつけて楽しんでね」
『・・・涼くん』
か細い声だったけど、指の動きが止められなかった。通話を終えてカバンにしまう。
心配して損した。
きっと仕事もしてるんだろうと思って連絡も控えたし、連絡が来なくても何とも思わなかった。・・・うそ。少し、寂しかった。だから電話をかけたのに。
なーにが、藤堂さーんだ。名前まで教えちゃって。ていうかお客の電話中に声をかけるなんてボーイとして失格なんじゃないの?
ムカムカしてモヤモヤして早足になる。
家に帰って携帯を見てみるとメッセージが来ていたけど、無視をしてお風呂に向かった。


********************


「それはボーイとしては、ダメね。やっすいとこにでも行ったんでしょ」
収まりがつかなくて、仕事の後ママのところに来た。
朝起きたら電話が来て無視をした。昼間に電話に出てほしい、返事が欲しい、せめて既読をつけて欲しいと立て続けに連絡が来たけど、全部無視。
それくらいムカついた。
なんか、珍しいな。ここまで怒るの。自分でもびっくりしている。
「あのバカのことだから、終電で帰ってきたりして」
「それはしないと思う。だって先方に全額出してもらってるみたいだし、ホテルもいいところみたいだし」
「そうなの?羨ましいわねー。京都、行きたいわー」
「おれも行ってみたかったけど、もういいや」
「本当に全部無視してるの?」
「してる。こんなに送ってこれるなら1日目も2日目も普通に連絡くらいすればよかったんだよ」
「あら。可愛いこと言って」
「え?」
「寂しかったのね」
カーッと体が熱くなる。
図星。
言い返せなくて黙りこくると、ママはケラケラ笑った。
「いいじゃない?素直になるっていいことよ。春日部くんは我慢しすぎるタイプだからそれくらい感情を出していかなくちゃ」
「いや、その、あの、」
「あ、ダメよ?あのバカに聞かせたら。調子に乗るから」
「一生言わないよ」
「んもー、春日部くん、ちゃんと心開いて生活できてるのね。安心したわ」
「うん・・・。結構、のびのびできてるかも・・・」
「昔は危なっかしくてさ。心配だったもん」
「あはは・・・結構言われる・・・」
「でしょー?みんな心配してたのよ。ちゃんと喧嘩して不満をぶつけて笑って泣いて生きてるなら、あたし達は安心するのよ。何が食べたい?作るわよ」
「・・・やっぱ、焼きそばかなぁ。おいしいから」
「んもぅ。大盛りにしてあげる」
ママが厨房に入っていく。
チラッと携帯を見ると着信があった。和多流くんだ。うーん、そろそろ出た方がいいかな。
うーん・・・。
「ここ、いいかな」
突然声がして驚いて右側を見ると、中年の男の人がいた。
背は和多流くんくらい。目が大きくてにっこり微笑むと、目尻に皺がよった。老けている印象はなくて、髪も髭も整えられていて清潔感もあるし、女の人にモテそうな人だった。
右手にゴツい時計をつけている。左利きの人かな?まぁ、どうだっていいんだけど。
「あ、ママは今奥に、」
「キミとお話がしたいんだよ。かっこいい子がいるなって思ってたんだ。何歳?」
「・・・んと、秘密で・・・」
「ははっ。警戒してる?あんまり慣れてないのかな?お酒は飲めるよね?何がいい?」
「いえ、直ぐ帰るので」
「予定でもある?それまでお話ししようよ」
うぅっ・・・逃げられない、かも・・・。
返事をしないでいると、隣に腰掛けた。
あ、和多流くんの席が・・・と咄嗟に思った。
また携帯が震える。出ようとすると、携帯ごと手を包み込まれた。ビクリと体が跳ねる。
「さっきからずっと無視してるんだから、これもしちゃいなよ。あとね、怖がらなくていいよ。ほんと、ただ喋りたいだけだから」
「あの、」
「歳は25から27くらいかな?サラリーマン?」
「・・・そうです」
「彼氏がいるんだ?」
「はい」
「喧嘩中?」
「喧嘩、というか、」
「ふふっ。喧嘩は沢山した方がいいよ。ちゃんと言い合える関係って、他人とではそうそう築けないからね」
「・・・そうですか?」
「うん。おじさんもよく喧嘩するんだ」
「・・・彼氏さん、いるんですか?」
「いるよ。でも最近冷たくってね。どうしたら仲直りできるかな」
「・・・え、いや、分からないですけど・・・」
「もし今彼氏と会って、仲直りするとしたら、どうやって仲直りする?」
どうって・・・。
じっと観察すると、微笑まれた。
うーん、よく分からない人だな。でもこの人があまりおれに興味がないことは分かる。
手は握られたけどやらしい感じはなかったし、下心は見えない。
誰かと話がしたいだけに見える。
初めて和多流くんに声をかけられたことを思い出した。あの時の和多流くんも誰かと話したくて声をかけてきたように見えた。
だから少し警戒を解いてしまう。
「・・・んー、闇雲に謝るのは、相手が失望するだろうから、ちゃんと話し合って、します」
「うん、うん。許してくれなかったらどうする?」
許してくれなかったら?
・・・どうしよう。考えてなかったな。
というか、なんでそんなこと聞くんだろう。
本当に彼氏と喧嘩をして八方塞がりなのかな。
「許してくれなかったら・・・うーん、諦めるしかないかなーって」
「結構切り替えが早いんだ?」
「いや、早くはないですけど・・・でもそれくらいのこと、したんだろうから」
前に泣いて縋ったおれが言うことじゃないけど・・・。
男の人は一瞬悲しそうな顔をすると、そっかー、そうだよねー、と言いながら天井を見た。
「早く謝った方がいいと思いますよ」
「うーん、花束とか買った方がいいかな?」
「それ、おれは嫌です」
「ふふっ。はっきりしてていいね。フラれたら慰めてくれる?」
「それは、」
しません、と言おうとした時肩を掴まれた。
ゼーゼーと荒い呼吸がしている。振り返ると汗だくの和多流くんだった。
「え!?」
「はぁ、はぁ、電話、メール、も、」
「な、なんでいるの!?」
「お待たせぇー。できたわよん。はぁ!?あんた何でここにいんのよ!?」
「シュウ~!!全然連絡取れないからここまできたんだよぉ~!」
え!?え!?
状況が読み込めずにあたふたしていると、視界の端で何かが飛んだ。バチンッと鈍い音がする。
「い゛!?」
「どのツラ下げてきたのよ。さっさと帰って」
「いてて・・・!シュウ、許して。もうしないから・・・!」
「許すかボケェ!!出禁よ!帰れ!はい、春日部くん。焼きそばー。ってほら、やっぱ来たじゃない」
「ママ、水、」
「はいどーぞ」
「シュウ・・・お願い、何でもするから許して。いや、許さなくていいから奴隷でもいいからそばにいさせてください」
「いりません」
カ、カオス・・・!
和多流くんはグラスの水を一気に飲み干すと、鍵、とママに手を出す。ママは男の人の謝罪を無視しながら鍵を差し出した。
ていうか、この人、ママの彼氏なの!?
混乱していると腕を引かれ個室に連れ込まれた。ソファに押し倒される。
必死な顔がおれを見下ろすのを見て、キュンってした。
2日ぶりの和多流くんだった。汗の匂いとタバコの匂いが混じっている。
「誤解だってば。おれ、行きたくなかったもん。涼くんから連絡が来てめちゃくちゃ嬉しかったのに、全然話聞いてくれないし」
「・・・あ、はい」
「信じてないでしょ。メールも電話も全部無視して、おれの気持ちとか考えた?」
「ごめん・・・じゃなくて、何でおれが怒られてるの?和多流くんが悪いんじゃん!チヤホヤされて、本当は楽しかったんでしょ?」
「楽しくないって言ってるじゃん!」
「藤堂さーんとか、言われちゃってさ!ちっとも連絡くれなかったくせに、今日はずーっと連絡してきて、最初の2日間はおれのことなんて忘れて楽しんでたんだろ?!」
「ちっがうって!仕事してたんだよ!そこも疑うわけ!?」
「仕事してるなんて知らないし!連絡がないんだから!!」
「それは申し訳ないと思うけど、楽しんでないから!涼くんからの連絡だけがおれの、」
「心配して電話をかけたの!おれは!キャバクラに連れて行かれてたら辛いだろうと思って!なのにゲイバーなんか行くから、ムカついてんの!!」
力を込めて起き上がり、和多流くんを突き飛ばす。バサバサっと紙袋が落ちた。
「あ、荷物、」
「・・・ごめん」
「ごめんね・・・壊れてない?中身大丈夫?」
「・・・ごめん。気持ちが抑えられなかった。こんなふうに感情的になるつもりじゃなかった。・・・連絡がつかなくて、怖くなって、ようやく帰ってこれたと思ったら、知らない人といたから、もう、なんか、抑えられなくなって・・・」
その言葉が、どうしようもなく嬉しかった。
出張で疲れているのに、おれと連絡が取れなくて必死になってくれたんだ。性格が悪いと思いながらも、顔がにやけそうになった。おれ、今まで、ここまで想われたこと、あったかな。ないな。だから、すごく嬉しい。だから、和多流くんがいなくて寂しかった。
「・・・これ、お土産?」
和多流くんは力無く頷いた。
拾い上げて中を見る。八ツ橋と七味唐辛子が入っていた。
「・・・ありがとう。嬉しい」
「・・・言ってよ」
「え?」
「・・・おかえりって、言ってよ・・・。マジで、しんどい。無視しないで・・・」
ガーッと体温が上がる。
和多流くんはおれの肩に顔を押し付けてため息をついた。
短い髪の毛を撫でると、顔が上がった。
「・・・おかえりなさい」
「・・・ただいま」
「・・・嫌だった」
「え?」
「ちょっと、嫌だった」
「・・・連絡しなくてごめん。ちょっと、バタついてて・・・」
「うん・・・」
「お土産、これ。改めて・・・。落雁がどうしても、距離的に厳しくて違うお店のになっちゃったんだけど・・・」
「え!?落雁も買ってきてくれたの!?」
「え?うん。あと、涼くんに似合いそうな甚兵衛もついでに買っちゃった」
「え、えぇ・・・そんな、いいのに・・・」
「あのね、ゲイバー、ちっとも楽しくなかった。トイレにいたら涼くんから連絡がきてスッゲー嬉しくてさ。なのに、あのボーイが邪魔してくれやがって・・・」
「・・・そっか」
「涼くんはキャバクラ、大丈夫だった?」
「キャバクラに行ってしんどいならしばらく電話してようよ」
「は?」
「って、言おうと思ったの。おれは行ってないよ」
「・・・な、なんだぁ・・・よかったぁ・・・。あー、もう、ほんっと、心配したんだよ・・・よかった・・・」
くしゃくしゃと頭を撫でられた。
その手が気持ちよかった。もっと触って欲しい。
「心配で走ってきたの?」
「心配と不安と、いてもたってもいられない感じで走っちゃった。超疲れた」
「よく帰ってこれたねぇ」
「そりゃ、帰ってくるでしょ。連絡付かないし怒らせちゃったし、変な女に絡まれてないか心配だったし。・・・で、さっきの男、何?」
「・・・あぁ!」
慌てて個室を出てママの元へ行くと、すでに男の人はいなくなっていた。ママは苛立った様子でタバコを吸っている。
「ママ!大丈夫?」
「あら、もう。ごめんなさいね。変なおじんに絡まれてびっくりしたでしょ?」
「うん。ママの彼氏だったんだね」
「元、ね」
「・・・え!そうなの!?」
「長く付き合ってたけど別れたんだ?」
和多流くんが後ろからやってきて鍵を差し出した。ママは盛大に煙を吐き出すと、グリグリと力一杯灰皿に押し付ける。
「つい1週間前ね」
「すごい縋りつきようだったけど」
「無職になったり転々としたり、あたしありきで生活している割には散々浮気しまくってた男だもの。プライドなんかないのよ」
「あー、そら愛想つかすね。あ、焼きそばだ」
「おバカ!これは可愛いあたしの推しに作ったのよ!推し活に生きるのよあたしは!」
「おれのことも推してよ」
「推すわけないでしょうが。ほら。あたしにお土産は?」
「え?ないよ」
「あ、落雁、綺麗なの沢山あるから分けよう、ママ」
「ほら、この子は推す理由がたーっくさんあるけど、あんたにはこれっぽっちもないのよ。分かった?」
と言いつつ、ママは小皿にのった焼きそばを出した。
落雁を出してママに渡すと、目をきらりと輝かせて落雁を見つめた。可愛いものや綺麗なものが大好きなのだ。
気丈に振る舞っていても、長く付き合っていた人と別れたんだから、きっと寂しいだろうしぽっかりと胸に穴が空いているだろう。
少しでも埋まればいいな。
「さーてと、次はどんな人と付き合おうかしら」
「候補、いるの?」
「愚問よ。あたし、モテるんだから」
あれ?結構早々に、埋まりそう・・・?


********************


「あー、あそこのステーキ屋ね。おれも1人の時たまに行ってたよ」
「そうなの?職場の近くはランチの時もバイキングがあるんだけど、あっちのランチも結構ボリュームある?」
「涼くんと付き合う前に行ったっきりだから、変わってるかもしれないけど、ボリュームはあったと思うよ。店によって違うみたいだね」
のんびりしながら出張の話を聞いてみると、昼間は本社ビルで独立したい人向けの前で講演をお願いされ、仕事をお願いされ、夜は高級料理やお座敷遊び、そしてキャバクラに付き合わされていたらしい。
その合間を縫ってお土産を求め奔走していたところにおれの不機嫌爆弾が投下され、散々だったと言われた。
申し訳なかったので気晴らしに自分の話をしていると、じーっと見つめられた。う、短期間とはいえ離れていたからちょっと、緊張する。やっぱ、かっこいいなーって、思う。
「おれがいない間、ずっと外でご飯だったんだ?」
「うん、そうだね」
「寂しかった?」
「え!?いや、そういうわけじゃ、」
「えー?違うの?」
「ちが、うよ!違います!」
図星。
連日外食をするなんて昔じゃ考えられない。寂しさなんて1人でどうとでもできてたのに、今はもうどうやって紛らわせていたのか忘れてしまった。
呼ばれたから外食をしていただけだし、と思いながらも、断らない時点でここで1人で食べるのが寂しかったのだと肯定しているようなものだった。
「おれは寂しかったよ。今日はハンバーグが食べたいなぁ。それか肉じゃが」
「お好み焼きの気分だったけど、いいよ」
「じゃあお好み焼き」
「え?いいの?」
「うん。涼くんのご飯なら何でも美味しいし、一緒に食べられるだけで幸せ。ね、ね。キスして」
返事をする前に顔が近づいてきた。
ぐっと両手で顔を固定され、離さないと言わんばかりにキスをされた。
食べられてしまいそうだった。それくらいがっついている。
「ふむっ、ん、」
「涼くん、無防備すぎ」
「へぁ?う、ん、」
「すぐ力抜けちゃったね。可愛いな」
「い、今はしないよ?せっかく早く帰ってきたんだし、もう少し・・・」
「うん。じゃあ、少し触るだけ」
するっと手が伸びて足を触る。あ、これはなし崩しにことに及ぶパターンだ。ぐっと胸を押して距離を取ると、唇を突き出した。
「あ、そう言えばステーキの割引券貰ったから持ってくるね」
「今そういう流れだったのに」
「だからだよ」
部屋にあるリュックのサイドポケットを漁る。引っ張り出すとメモ用紙が一緒に出てきた。
なんだろこれ。広げてみると電話番号だった。
話聞いてくれてありがとう。また相談させてね。って・・・誰?あ、ママの元カレ?いつの間に入れたんだろ?
浮気三昧で仕事しないでフラフラしていた人って印象しかない。ママが言ってただけなんだけど。
話している感じは乱暴でも威圧的でもなくて、話を引き出すのが上手だった。ついつい自分のことを話してしまったくらいだし。
・・・ナンパの上手な和多流くんって感じの人だったな。
あわよくば、を狙っているというか。
でもママに縋り付いてたあの姿は本当に切羽詰まっているようだった。世話をしてくれる人がいなくなってしまったからだろうけど、それ以外にも、やっぱりママが好きなんだろうなって感じもした。
どういう神経で浮気したんだろうとは思うけど。
「涼くんー。遅いー」
「あ、ごめん」
「なにそれ?」
部屋に入ってきた和多流くんは目ざとくおれの手元を見た。電話番号を見るとずっと目が細くなる。
「いつの間にか入ってた」
「ふぅん。相談に乗ったんだ?」
「誰かさんがゲイバーで楽しんでたから腹いせに」
「ちょ、っと!もぉ!」
「嘘だよ。捨てる。必要ないし」
「いや、貸して」
ぱっと紙を奪い、和多流くんは携帯で電話をかけ始めた。びっくりして目を見開く。
「あぁ、もしもし。昨日バーにいたかたですよね。・・・はははっ。そうですか。うちの子がおせわになりました」
うわ、よそ行きの笑い方だ。怖いな。
電話の向こうで何かを言われたのか、和多流くんの表情がだんだんとおかしくなっていく。渋い顔をしたかと思ったら呆けた顔になり、相槌を打ちながら深いため息をついたり。
「あの、ママとの仲を取り持つくらいならママに新しい男30人くらい紹介します」
どうしてそんな話に。
ハラハラしていると、苦笑いした。
「あなたの話だけ聞いてどうこうしようとは思わないです。・・・うちの子は貸しません。ものじゃありません。いや、おれも嫌ですけど。・・・まぁ、じゃあ、はい、気が向いたら。では」
容赦なく通話を切る。
和多流くんは紙をくしゃくしゃに丸めると、ゴミ箱に捨てた。
「何話してたの?」
「えー?うーん、つい魔が刺したって話し?まぁ、おれが言うのもなんだけど、クズって言葉が似合う人だね」
「・・・そうなんだ」
「ていうかさ、昨日、何もされなかった?大丈夫?」
「うん。・・・あ、和多流くんの席に座ったのは嫌だったかな」
「え?」
「あの人が座ったイス、いつも和多流くんが座るイスだから・・・隣に座られて落ち着かなかった。それくらいかな」
「・・・キュンってした」
「は??」
「か、可愛い・・・。抱きしめよう。そうしよう」
「わぁ!」
「あー、可愛い可愛い」
ぎゅーっと抱きしめられ、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。和多流くんの体温は少し高い。それが気持ちいい。
もう少しこのままでいようと思ったけど、お尻に手が伸びてきたのでそっと離れる。不服そうな顔が視界に入って少し笑った。
「とりあえずしばらく、ママのところには行かない方がいいね。またあの人がいたら迷惑だし。静かに飲みたいしさ」
「うん。ママには会いたいんだけどね。貸切にするわけにいかないし。あ、一応着歴消しておけば?」
「ん?いい。消しちゃうと誰だっけ?って思って出ちゃうから。登録しといて無視しておく」
電話帳を見せられた。登録名が「ゲス」になっていたので冷めた笑いが出てしまう。
くんっと肩を抱かれて顔を上げると、和多流くんが真剣な顔をして射抜くように見つめてきた。ピクッと体が反応する。
「あのね、真剣に、涼くんに触りたい」
「え、は、はいっ、」
ストレートに言われ、つい頷いてしまう。和多流くんはシャワー浴びてくるね、と小さく言って部屋から出ていった。1人でシャワーに行く時、和多流くんはおれを無茶苦茶に抱く。足腰が立たなくなるくらい。晩御飯、作れるかな・・・。
考えているだけで体が熱くなって、少し、苦しくなる。
深呼吸をして、そっと寝室に向かう。ベッドだけ整えて、和多流くんがお風呂から出てくるのを待った。
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