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初期の頃に書いてデータが消えてしまったと思っていた物が出てきたので、せっかくなので載せました。
綺麗なグラスが売っていた。
普段全然気にもならず、素通りしていた雑貨屋さん。
吸い寄せられるようにお店に入り、つい衝動買いしてしまった。
どうしよう・・・。
ペアのグラスを持ったまま電車に乗る。
和多流くんと付き合うことになった時、心に決めていたことがあった。
何でもない日にプレゼントをしない。
物で繋ぎ止めることはしたくなかった。絶対に。
純粋におれだけを見てほしい。そう思ったから。
でも、プレゼントをした方が気にかけてもらえるかもしれない。気が利くな、優しいなって、思ってくれるかもしれない。
そう思ってしまう時もある。
だけど今日のこのペアのグラスは少し違った。和多流くんと使ったらお酒が美味しく飲めるかなって思った。
衝動が止められなかった。
家に帰って静かにドアを開ける。
優しい生活音がした。心の奥底で求めていた心地のいい音。柔らかな空気。
仕事部屋からひょこっと顔を出した和多流くんはニコッと笑った。
「おかえり。お迎え行けなくてごめんね」
「た、ただいま・・・。お迎えなんて、ほんと、大丈夫だよ」
仕事の後にお迎えに来てもらうのは気が引ける。和多流くんも疲れてるし、車の運転までしてもらって申し訳ない。
隠すように紙袋を部屋に置き、スーツを脱ぐ。
どうしよう。どうやって渡そう。
そもそも、喜んでくれるのかな・・・。
「涼くん」
コンコンとノックをされた。
慌ててドアを開けるとお風呂に入ろう、と言われた。ぎこちなく頷くと、腰を抱かれた。
「わっ、」
「なんか元気ないね。どうかした?」
「え?どうもしてないよ・・・?」
じーっと見つめてくる瞳にいつも緊張する。
心の奥底まで見つめようとしてくるし、おれの中にある燻った感情ややり場のない気持ちを簡単に見つけてしまう。
ずっと好きだったと言われた時はそこまで信用していなかったけど、この目を見ると本当かもしれないと思ってしまう。
「嫌なことあった?」
「ううん」
「・・・緊張してる?」
「え、と・・・」
緊張するに決まってるじゃん。和多流くん、かっこいいし・・・。
思わず目を逸らすと、ピリッとした空気になった。
驚いてもう一度視線を移すと、今度は和多流くんがおれから目を逸らしてじっと紙袋を見つめていた。
「あ、あれはその、」
「誰から?」
「え?」
「玄関にあったの?それとも職場?」
「え?あ、違う、」
「無理やり渡された?中身、確認するから待って」
はっとして慌てて和多流くんの体を抑える。
そういえばストーキングされてた時にドアノブに紙袋がかけられていたことがあった。
中身は忘れたけどろくなものじゃなくて、和多流くんが捨ててくれたんだ。
「ちが、違うっ!」
「じゃあ何?買って来たもの?」
「そう・・・」
「何で嬉しくなさそうなの?」
「え?」
「だって、自分で買ったものなら嬉しいはずなのに・・・暗いから・・・てっきりまたストーカーでも出て来たのかと思った」
何でわかるんだろう。
和多流くんは、こんなおれのことをよく見てくれている。嬉しいのに自信が持てない。
おれなんかのどこがよかったんだろう。
「ごめんね。勘違いして」
「・・・あの、」
「ん?」
「・・・か、勝手に、買っちゃって・・・ごめん、」
「・・・え?何の話?」
「・・・お、重いかも、おれ。だから、いらなかったら、返品してくるから・・・」
「・・・重いって、何の話?分からないよ」
「ごめんっ、ごめんなさい、」
あ、やばい、呆れてるかも。わけわかんないこと言って、怒ってるかも。
謝ると、肩に手を置かれた。恐る恐る顔を上げる。和多流くんが困ったように笑っていた。
「ね、おれ怒ってないよ?」
「ほ、ほんと?」
「うん。勝手に買ってごめんって言うけど、好きに買ったらいいじゃん。置くところいっぱいあるんだし」
「・・・でも、」
「欲しかったんでしょ?涼くんが頑張って稼いだお金で買ったんだよね?おれが文句言う筋合い、ないでしょ?」
「・・・ん」
恐る恐る紙袋を差し出すと、和多流くんはきょとんとした。受け取って中を見て、箱を取り出す。蓋を開けてグラスを取り出すと、目を大きくした。
「わ、綺麗だね」
「うん・・・」
「しかも、ペアグラスだ。・・・え!?おれと使うために買ってくれたの?!」
「・・・か、勝手に選んでごめん・・・。下心とか、ない、から・・・」
「え?ないの?もったいない」
「は??」
「グラス買ったから夜の方をたっぷり頑張ってねって言ってくれていいのに」
「言わなくてもいっぱいするじゃん!」
和多流くんがニヤニヤと笑った。顔が熱い。
「嬉しいなぁ。おれと使おうって思ってくれたのが、一番嬉しい。綺麗だし、いい形だね。丸くて持ちやすいよ」
「・・・和多流くん、手が大きいから・・・」
「ん。・・・あのさ、勝手に選んでって言うけど、買い物ってそういうものじゃない?相手が欲しいものを買うのもいいけど、やっぱ気持ちが一番大事だと思うよ。おれだって今日、勝手に買って来たよ」
「え?」
手を引かれ、冷蔵庫まで連れて来られた。開けてみると見たことのない綺麗な瓶が入っていた。お酒だった。
「美味しそうだったから買ってみたんだ。涼くんも気にいるかなって思って」
「・・・ゆずの味だ」
「柑橘系好きだよね。おれも好きだからさ、飲んでみようよ」
「・・・いいの?」
「おれの気持ち、重いかな。嫌だったら返品してくるよ」
「え?!違うよ、嬉しい。飲みたいけど・・・」
「うん。おれも同じだよ。だからさ、複雑に考えなくていいよ。おれ、グラス嬉しかったよ。使いたいなーって思った。で、飲みたいけど、のあとは?」
「え・・・」
じっと見つめられる。
複雑に考えなくて、いいんだ。
渡したくて、買った。喜んで欲しくて、プレゼントした。それだけでよかったんだ。
和多流くんもそうなんだ。
「・・・飲みすぎちゃうかも・・・ゆず、好きだから・・・」
「じゃ、また買ってくるよ」
「今度はおれが、」
「ダメでーす。売ってるお店は教えません」
「・・・ずるい」
「涼くんは、おつまみ作ってください」
「え?」
「とんぺい焼きっていうんだっけ?ほら、薄焼き卵でキャベツ巻くやつ。あれ好きなんだー。作って」
「いいけど・・・あれ、和多流くんでも作れるよ?」
「おれ焦がすもん。あとね、チーズ巻き。餃子の皮でやるんだっけ?」
「うん。皮がないよ」
「あるんだなー」
ほら、と冷蔵庫から引っ張り出したのはいつも使っている餃子の皮だった。
いつも行くスーパーのもの。
「あ、あのスーパーにお酒も売ってたんだ?」
「げ、バレた」
「次はおれが買ってこよっと」
「ダメです。一緒に行こう」
一緒に・・・。
ぎゅって胸が苦しくなる。
頷くと、このグラスで飲もうよと言われた。
お酒を注ぐとより一層綺麗で、2人でグラスを見つめた。
買ってよかった。渡してよかった。喜んでくれてよかった。
綺麗なグラスが売っていた。
普段全然気にもならず、素通りしていた雑貨屋さん。
吸い寄せられるようにお店に入り、つい衝動買いしてしまった。
どうしよう・・・。
ペアのグラスを持ったまま電車に乗る。
和多流くんと付き合うことになった時、心に決めていたことがあった。
何でもない日にプレゼントをしない。
物で繋ぎ止めることはしたくなかった。絶対に。
純粋におれだけを見てほしい。そう思ったから。
でも、プレゼントをした方が気にかけてもらえるかもしれない。気が利くな、優しいなって、思ってくれるかもしれない。
そう思ってしまう時もある。
だけど今日のこのペアのグラスは少し違った。和多流くんと使ったらお酒が美味しく飲めるかなって思った。
衝動が止められなかった。
家に帰って静かにドアを開ける。
優しい生活音がした。心の奥底で求めていた心地のいい音。柔らかな空気。
仕事部屋からひょこっと顔を出した和多流くんはニコッと笑った。
「おかえり。お迎え行けなくてごめんね」
「た、ただいま・・・。お迎えなんて、ほんと、大丈夫だよ」
仕事の後にお迎えに来てもらうのは気が引ける。和多流くんも疲れてるし、車の運転までしてもらって申し訳ない。
隠すように紙袋を部屋に置き、スーツを脱ぐ。
どうしよう。どうやって渡そう。
そもそも、喜んでくれるのかな・・・。
「涼くん」
コンコンとノックをされた。
慌ててドアを開けるとお風呂に入ろう、と言われた。ぎこちなく頷くと、腰を抱かれた。
「わっ、」
「なんか元気ないね。どうかした?」
「え?どうもしてないよ・・・?」
じーっと見つめてくる瞳にいつも緊張する。
心の奥底まで見つめようとしてくるし、おれの中にある燻った感情ややり場のない気持ちを簡単に見つけてしまう。
ずっと好きだったと言われた時はそこまで信用していなかったけど、この目を見ると本当かもしれないと思ってしまう。
「嫌なことあった?」
「ううん」
「・・・緊張してる?」
「え、と・・・」
緊張するに決まってるじゃん。和多流くん、かっこいいし・・・。
思わず目を逸らすと、ピリッとした空気になった。
驚いてもう一度視線を移すと、今度は和多流くんがおれから目を逸らしてじっと紙袋を見つめていた。
「あ、あれはその、」
「誰から?」
「え?」
「玄関にあったの?それとも職場?」
「え?あ、違う、」
「無理やり渡された?中身、確認するから待って」
はっとして慌てて和多流くんの体を抑える。
そういえばストーキングされてた時にドアノブに紙袋がかけられていたことがあった。
中身は忘れたけどろくなものじゃなくて、和多流くんが捨ててくれたんだ。
「ちが、違うっ!」
「じゃあ何?買って来たもの?」
「そう・・・」
「何で嬉しくなさそうなの?」
「え?」
「だって、自分で買ったものなら嬉しいはずなのに・・・暗いから・・・てっきりまたストーカーでも出て来たのかと思った」
何でわかるんだろう。
和多流くんは、こんなおれのことをよく見てくれている。嬉しいのに自信が持てない。
おれなんかのどこがよかったんだろう。
「ごめんね。勘違いして」
「・・・あの、」
「ん?」
「・・・か、勝手に、買っちゃって・・・ごめん、」
「・・・え?何の話?」
「・・・お、重いかも、おれ。だから、いらなかったら、返品してくるから・・・」
「・・・重いって、何の話?分からないよ」
「ごめんっ、ごめんなさい、」
あ、やばい、呆れてるかも。わけわかんないこと言って、怒ってるかも。
謝ると、肩に手を置かれた。恐る恐る顔を上げる。和多流くんが困ったように笑っていた。
「ね、おれ怒ってないよ?」
「ほ、ほんと?」
「うん。勝手に買ってごめんって言うけど、好きに買ったらいいじゃん。置くところいっぱいあるんだし」
「・・・でも、」
「欲しかったんでしょ?涼くんが頑張って稼いだお金で買ったんだよね?おれが文句言う筋合い、ないでしょ?」
「・・・ん」
恐る恐る紙袋を差し出すと、和多流くんはきょとんとした。受け取って中を見て、箱を取り出す。蓋を開けてグラスを取り出すと、目を大きくした。
「わ、綺麗だね」
「うん・・・」
「しかも、ペアグラスだ。・・・え!?おれと使うために買ってくれたの?!」
「・・・か、勝手に選んでごめん・・・。下心とか、ない、から・・・」
「え?ないの?もったいない」
「は??」
「グラス買ったから夜の方をたっぷり頑張ってねって言ってくれていいのに」
「言わなくてもいっぱいするじゃん!」
和多流くんがニヤニヤと笑った。顔が熱い。
「嬉しいなぁ。おれと使おうって思ってくれたのが、一番嬉しい。綺麗だし、いい形だね。丸くて持ちやすいよ」
「・・・和多流くん、手が大きいから・・・」
「ん。・・・あのさ、勝手に選んでって言うけど、買い物ってそういうものじゃない?相手が欲しいものを買うのもいいけど、やっぱ気持ちが一番大事だと思うよ。おれだって今日、勝手に買って来たよ」
「え?」
手を引かれ、冷蔵庫まで連れて来られた。開けてみると見たことのない綺麗な瓶が入っていた。お酒だった。
「美味しそうだったから買ってみたんだ。涼くんも気にいるかなって思って」
「・・・ゆずの味だ」
「柑橘系好きだよね。おれも好きだからさ、飲んでみようよ」
「・・・いいの?」
「おれの気持ち、重いかな。嫌だったら返品してくるよ」
「え?!違うよ、嬉しい。飲みたいけど・・・」
「うん。おれも同じだよ。だからさ、複雑に考えなくていいよ。おれ、グラス嬉しかったよ。使いたいなーって思った。で、飲みたいけど、のあとは?」
「え・・・」
じっと見つめられる。
複雑に考えなくて、いいんだ。
渡したくて、買った。喜んで欲しくて、プレゼントした。それだけでよかったんだ。
和多流くんもそうなんだ。
「・・・飲みすぎちゃうかも・・・ゆず、好きだから・・・」
「じゃ、また買ってくるよ」
「今度はおれが、」
「ダメでーす。売ってるお店は教えません」
「・・・ずるい」
「涼くんは、おつまみ作ってください」
「え?」
「とんぺい焼きっていうんだっけ?ほら、薄焼き卵でキャベツ巻くやつ。あれ好きなんだー。作って」
「いいけど・・・あれ、和多流くんでも作れるよ?」
「おれ焦がすもん。あとね、チーズ巻き。餃子の皮でやるんだっけ?」
「うん。皮がないよ」
「あるんだなー」
ほら、と冷蔵庫から引っ張り出したのはいつも使っている餃子の皮だった。
いつも行くスーパーのもの。
「あ、あのスーパーにお酒も売ってたんだ?」
「げ、バレた」
「次はおれが買ってこよっと」
「ダメです。一緒に行こう」
一緒に・・・。
ぎゅって胸が苦しくなる。
頷くと、このグラスで飲もうよと言われた。
お酒を注ぐとより一層綺麗で、2人でグラスを見つめた。
買ってよかった。渡してよかった。喜んでくれてよかった。
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