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和栗

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「お昼食べなかったの?」
仕事が終わり家に帰って冷蔵庫を開けると、朝作っておいたおかずが入ったままだった。
和多流くんは不思議そうにおれを見てから、はっと我に帰って両手を合わせた。
「ごめん、忘れてた」
「別のもの食べた?」
「いや、食べてない、かも?」
「かも?覚えてないの?」
「・・・うん」
「仕事、集中しすぎだよ。なんでもいいから食べなきゃ」
うん、と小さな返事。
元気ないのかな。
椅子に腰掛けると、ため息をついたので、顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「膝が痛くて」
「座ってて。湿布貼った?」
「うん・・・。歳かなぁ・・・」
「他に痛いところある?」
「背中」
「・・・寝違えたの?それとも、」
「床でしたからかなぁ・・・」
持っていたニラを握りつぶす。
カーッと顔が熱くなった。
「和多流くんが悪いんじゃん!おれはベッドがいいって、」
「うん、自業自得だなぁと思った。でもいい。プライスレスだもん。騎乗位最高」
心配して損した。
乱暴にニラを切って卵と混ぜる。
いつもなら機嫌を伺うようにちょっかいをかけてくるのに、静かだった。
振り返ると、先ほどと同じ姿勢のままぼんやりとしていた。
疲れたのかな。
ニラ玉と麻婆豆腐を出すと、ゆっくりとレンゲを持ち上げた。
和多流くんはいつも麻婆豆腐をご飯にかけて食べるので、今日は丼にご飯をよそってある。
だけど、今日は取り皿に載せてお箸を持った。
豆腐を一つ箸で摘んで、口に運ぶ。
おかしい。いつもレンゲでガブっといくのに。
「和多流くん、どうしたの?」
「・・・味が、」
「え?変だった?」
「おれがおかしいのかも・・・。文句言ってごめん」
「ううん。文句じゃないよ」
一口食べてみる。うーん、いつもと同じだと思うんだけどな。
んん??
「和多流くん、熱でも出るんじゃない?」
「え?」
「膝というか、関節が熱を持ってる感じとかじゃない?背中も」
「・・・うん、熱いかも。え、熱出るの?」
「多分。おれも昔そうだったんだけど、背中が、」
「絶対嫌だ。健康だけが取り柄だし、熱で寝込むなんてもう嫌だ」
「え?うん、分かるけど、とりあえず着替えて寝ようよ。もしかしたらもう熱が出てるかもしれないよ」
額に触ろうと手を伸ばした時、思い切り叩かれた。
バチンと激しい音を立てて手が弾かれ、初めてみる顔で睨みつけられた。
慌てて手を引っ込めて謝ると、黙って立ち上がって仕事部屋に入った。乱暴にドアを閉める。
しんと静まり返り、ノロノロとお箸を持つ。
あんな顔、初めて見た。
怖かった、かも。
馴れ馴れしかったかな・・・。
でも、他にどうしたらよかったんだろう。
あまり食欲も湧かず、ラップをして冷蔵庫にしまう。
おかゆ、食べるかな。
一応作っておくか。
・・・でも怒ってるから、食べないかも。
一通りの家事をこなしてふと、スポーツドリンクがなかったことに気づいた。
コンビニ、行ってこようかな。
仕事部屋の音を確認すると、パソコンをいじっている音はしなかった。
寝てるのかな。
冷却シートもなかったかも。
財布を持って家を出る。
大きめのスポーツドリンクとゼリーを買って家に帰り玄関を開けると、和多流くんが立っていた。
驚いてつい声を上げると、ぎっと睨まれた。
「なんで勝手にいなくなるの」
「え?あ、ごめん。寝てるかと思って、」
「声くらいかけてくれてもいいでしょ?最悪」
「・・・怒ってるかと思って」
「怒ってるよ。黙って行くんだもん」
「・・・」
「何しに行ったの。黙って行くんだからやましいことでも、」
「それ以上言うならおれも怒るよ。いい?おれも、怒るよ?」
ふつふつと怒りが湧いて言い返すと、和多流くんは少しだけ狼狽えた。
目を逸らして俯いて、フラフラと部屋に戻ろうとする。
肩を掴んで振り返させると、バランスを崩して壁にもたれてずるずると腰を下ろした。
「熱、測らせて?」
「・・・やだ」
「嫌なのは分かるよ。でも自分の体調を把握しないと。あと、ほら、スポーツドリンク買って来たよ」
「・・・」
「おれの力でよろけちゃうんだから、体調悪いんだと思うよ。着替え出すから、寝よう。ベッドまで歩ける?」
「・・・怒ってないの?」
「怒ってほしいなら怒るよ。最悪って言われてムカついたし、やましいことがあるのかって聞かれてもっとムカついたし、睨まれてびっくりした」
「・・・」
「ほら、ベッド行こう」
ゆっくり立ち上がり、和多流くんはいつも2人で眠っているベッドに腰掛けた。
着替えを渡すと、無言で着替えてパタリと倒れる。
額に触ろうと思ったけど、また叩かれたら流石に心が折れそうなので引っ込める。
ペットボトルにストローを挿して口元に持っていくと、パクッと咥えて飲み始めた。
なんか、可愛いかも。
「お粥作ってあるから、食べたかったら言ってね」
「・・・ん」
「ソファ動かしていい?」
「・・・ん」
「ここにいるからね。寝転がれるソファにしといてよかった」
「いてくれるの?」
「え?」
予想外の問いかけに驚いて、まじまじと顔を見つめる。
和多流くんはじっとおれを見て、様子を伺っていた。
「な、何言ってるの。当たり前でしょ?」
「・・・本当?」
「だって、何かあった時すぐにしてあげたいもん。嫌だって言われても、いるよ」
「・・・そ、か。・・・ありがとう・・・」
安心したのだろうか、スッと目を閉じた。
熱はもう嫌だって言ってたけど、何か嫌な思い出でもあるのかな。
確かに、体は痛いし熱いし動かないけど、あんなに、なというか、嫌悪する、って言葉が正しいか分からないけど、嫌がり方が激しかった。
恐る恐る非接触の体温計で熱を測ると、39度も熱があった。
もっと水分摂らせればよかった。
額に冷却シートを貼ってからシャワーを浴びて、ソファに参考書を持ち込む。寝転がりながら読んでいると、もぞ、と和多流くんが動いた。
「大丈夫?まだ1時間も経ってないよ」
「・・・あつい、」
「あのね、解熱剤があるんだけど、座薬と錠剤、どっちがいい?」
「錠剤」
間髪入れずに答えた。
よし、うまくいった。
薬を飲もう、なんて言ったら絶対に嫌だって言うだろうし、無理に飲ませようとしたら頑なに拒むだろうし。
究極の選択を突きつけてよかった。まぁ、座薬なんかないんだけどね。
「はい、これ。明日も熱があったら病院行こう。朝、仕事ないから」
「・・・うん」
あれ?素直だ。
水で薬を飲み干すと、じっとストローのささったペットボトルを見つめた。飲みたいのかな。
差し出すと、パクッと口に咥える。
あ、飲ませて欲しかったんだ?
か、わいい・・・。
きゅんってした。
「ほ、他にほしいものある?」
「・・・おかゆあるの?」
「あるよ。持ってくるね」
温め直して持ってくると、寝転がって待っていた。
これは、もう、食べさせてってことだよね?
甘えてるんだよね?
可愛いなぁ、もう。
「はい、あーん」
「ん、」
「無理しなくていいからね。ゼリーとかもあるよ」
「・・・ありがとう」
「体拭く?」
「・・・あの、」
「ん?」
「・・・さっき、ごめん」
「えーっと、どれのこと?」
あ、やばっ・・・。
つい、嫌味を・・・。
和多流くんはまるでしぼむように顔を曇らせて、もぞもぞと布団に隠れた。
落ち込んだかな。
「・・・熱があるから、普段と違う態度をとってしまうのは仕方ないよ。気にしてないよ。・・・ちょっと、手を弾かれた時は怖かったけどね」
「・・・」
「おかゆもういらない?」
「・・・たべる」
顔が出てきた。
わぁ、見たことないくらいくしゃくしゃの顔。
「あははっ。もう、そんな顔するなら最初から熱を測っていればよかったのに」
「・・・だって、」
「なんか、嫌なことでもあったの?まぁ、熱を出すこと自体が嫌なことだけどさ」
「・・・1人だから」
「え?」
「・・・前の仕事してる時に、インフルエンザになって、元カレも別に、看病とかしてくれる人じゃなかったし・・・あと、専門学校に通ってた時にもインフルエンザで倒れて・・・誰もいなかったから・・・」
「・・・え、今はおれがいるじゃん。1人じゃないじゃん」
「・・・だって、うつるの嫌でしょ。倒れて仕事休まなきゃならないかもしれないし」
「いや、うつったら考えればいいことだよね」
「え?」
「だってうつらないかもしれないじゃん。おれ、結構強いしさ。インフルとか、予防接種もしたことないのにかかったこと、ないんだよ」
「・・・た、確かにかかったって話を聞いたことがないかも、」
「それにさー、うつしていいよ。和多流くんが辛いの、嫌だもん」
「それは嫌だっ」
「じゃぁ早めに薬飲んで早く寝て治したほうがいいじゃん。変に意地張るよりずっといいよ。うつる可能性も下がるよ」
「・・・すいません」
「うん」
「・・・あははっ、正論すぎて反論できねぇ」
「そりゃそうだよ。誰が聞いてもおれが正しいよ。あとさ、看病するに決まってるじゃん。おれ、和多流くんに世話焼くの好きだもん」
「ええっ、」
「和多流くんはわがまま言って甘えてればいいんだよ」
剥がれかけた冷却シートを貼り直して、口元にお粥を持っていく。
少し恥ずかしそうにレンゲを口に入れ、お粥を飲み込んだ。
「いい子いい子」
「ちょ、それはやめてよ・・・恥ずかしいな・・・」
「何かあったらすぐ起こしてね」
「・・・うん。ありがとう」
「でも、熱だけっぽいね。喉は平気?」
「うん。大丈夫。明日には下がるかな」
「お迎えはいらないからね。ちゃんと体休めて」
「・・・」
「あ、こら。無視しないの」
「・・・はーい」
すごく不満そうな返事に笑ってしまう。
もう一度頭を撫でると、ゆっくりと目を閉じた。
おやすみ、和多流くん。


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