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しおりを挟むあー、どうしよう。
どうしよう。
喧嘩しちゃった。
どうしたらいいものかとソワソワして落ち着かない。
いつも迎えにきてくれる公園の駐車場でポツンと立っていると、大きな車がゆっくりとやってきた。
小走りで駆け寄ってそっとドアを開けると、和多流くんがムスッとしてこちらを見ていた。
うぅ・・・。
この顔、見るの辛いなぁ・・・。
俯いたまま助手席に座ると、車が動き出した。
あー、もう、どうしよう。
「・・・お疲れ様」
「あっ、ありが、とう。和多流くんもお疲れ様・・・」
また静かになる。
チラッと口元を見ると、薄い唇が少し開いていた。
ぎゅーっと胸が苦しくなる。
最近、キスをしてくれなくて、どうしてしてくれないのと尋ねると顔をしかめられた。
嫌だって言ったのは涼くんでしょ、と言われて驚いて、そんなこと言ってないよと答えると、言ったよ、と強く言われた。
和多流くんは嘘をつかない。
でも、おれもつかない。
だから、何か勘違いしているんだろうと思って色々聞こうとしたけど、口をつぐんでしまった。
怒らせたのが分かって必死に思い出そうとしたけれど、思い当たる節がなくて落ち込んだ。
キスがしたかった。
抱きしめたいし、抱きしめてほしかった。
ちゃんと話をしてごめんねと言いたい。
でも、和多流くんがそれを拒むから、どうしたらいいのか分からない。
家について黙って玄関を抜け、キッチンに立つ。
迎えが来る前に買った食材を冷蔵庫に詰め込んで、部屋に入って服を着替える。
やっぱりお帰りのキスも、なかったな・・・。
朝もなかったし・・・。
ため息をついてキッチンに戻る。
和多流くんがいなかった。
仕事部屋を覗くと、パソコンと向き合っていた。
忙しいのに来てくれたんだ。
「・・・和多流くん、」
「ん・・・ごめん、ここだけちょっと、」
「できたら、呼ぶから・・・」
「うん」
ドアを閉めて食事を作る。
なんか、もう、どうしたらいいんだ。
拒まれると何もできない。
仲直り、もう嫌なのかも。
嫌いなのかも。
あ、いやいや、そんなこと思ったらダメだ。
和多流くんの感情を勝手に決めちゃダメだ。
お皿を並べて仕事部屋のドアをノックする。
すぐにドアが開いて和多流くんが顔を覗かせた。
目の前に唇が見えて、つい顔を寄せそうになった。
「あの、できたよ、」
「ありがとう」
「・・・た、食べたら話を、」
「余裕ない」
はっきり言われて体が重くなった。
だめだ、どうしよう、泣きそうだ。
ご飯、喉に通らないかも。
これ以上嫌われたくなくて小走りで部屋に入る。
やばい。やばいかも。
すごく怒ってる。
おれ、どうして嫌なんて言ったんだろう。
思い出せ、思い出せ!
頭をぐしゃぐしゃにしていると、勢いよくドアが開いた。
振り返ると和多流くんがいて、怒った顔をして部屋に入ってきた。
あ、こわい。
「涼くんっ」
「は、はいっ、」
「おれとのキスが嫌なの?それとも、キス自体が嫌なの?どっち?」
「え、そんな、」
「どっち?」
「嫌じゃないもん・・・キス、したい、」
「おれとじゃなくてもいいってこと?」
「な、何でそうなるの!?馬鹿じゃないの!?」
「馬鹿じゃないよ!真面目に聞いてる!」
「和多流くんとしたいんだよ!馬鹿!」
「嫌って言ったじゃん!」
「言ってないよ!いつ言ったのさ!」
「言った!前に!」
「いつどこでどんなふうに言ったの!」
和多流くんの目の奥に、悲しみが見えた。
本当におれが言ったんだって、思った。
口ごもり、俯いた。和多流くんにとって思い出したくないことなんだって分かった。
「・・・あの、和多流くん、」
「ご飯食べる」
「・・・う、うん・・・」
「食べたらまた少し、仕事する」
かわされた。
本当に話したくないんだ。
どうしよう、心がすれ違っていく。
2人で黙ってご飯を食べて、別々にお風呂に入って、おれはベッドに、和多流くんは仕事部屋に入った。
静かな部屋で天井を見つめる。
キーボードを叩く音が微かに聞こえた。
なんだか寂しげに聞こえた。
キスをしてくれないと文句を言った時、本当に悲しそうな顔をしていた。
おれがさせたんだ。
こんなに大好きなのに。
もう笑ってくれなくなったらどうしよう。
やっぱり、だめだ。
今日仲直りしないと、もっともっと気まずくなる。
深呼吸してドアを叩く。返事はなかった。
勝手に開けると、顔がこちらに向いていた。
「やっぱり、話がしたい」
「・・・」
「・・・おれ、ちゃんと、ちゃんと和多流くんに謝りたい。おれが何をしてしまったのか教えてほしい」
じーっと、静かにおれの顔を見ている和多流くんを見つめ返す。
ふいっと顔を逸らして、早口で言った。
「エッチしてる時にキスはヤダって言った」
「えっ」
「だからもうしない」
またキーボードを叩き始める。
1番最近のセックスを思い出す。
いつものように何度も何度もいかされた。
あの時は中々挿れてくれなくて、指でしつこく擦られて、寸止めされたり焦らされたりと濃い内容だった。
思い出すだけでも恥ずかしい。
あの時はまだキス、してたよね・・・。
ぼんやりしたまま見上げて、顔が近づいてきて、そう、キス、しようとして、それで。
急に色々なこと思い出して、ぐわっと体が熱くなった。
「わぁあ!」
「えっ!?あ、な、何?!」
「ごめん!違う!キスが嫌なんじゃない!違う違う!」
「・・・な、何?意味が分からないんだけど」
違う。あれは、そう。
キスが嫌なんじゃなくて、あの時していたら、きっと。
「い、いくのが、嫌だったんだ・・・!」
「・・・は?どういうこと?」
「キ、キスで・・・いくのが、恥ずかしくて、・・・!さ、最近和多流くん、口の中、指でいじったりするから、キスしたら、またいきそうで、それが嫌だった・・・!」
少し間を空けてから、じわじわと顔が赤くなり、とうとう和多流くんは項垂れた。
やばい、恥ずかしい。思い出したら泣きたくなってきた。
自分の部屋着を掴んで唇を噛む。
確かに、嫌って言った。
しかも、手で払い除けた気がする。
せっかくセックスしているのにキスを拒まれたら怒るのも当たり前だ。
でもあの時は、本当にだめだった。
キスだけでいくのがクセになったらおれ、1人で生きていく自信がない。
キスの虜になって、四六時中していたくなる。
ただでさえ、和多流くんとのキスが好きなのに。
「何、それ、」
「和多流くんとのキスが嫌なんじゃなくて、あの時してたら、おれ、ダメになるって思って」
「言葉が足りないよ。おれすげーショックだった」
「・・・ごめんなさい」
「・・・あ、いや、おれも足りなかったね。ごめんね」
「ううん」
「・・・えっと、つまり、また、してもいいってこと・・・?」
「おれはしたい」
言ってから恥ずかしくなった。
でもちゃんと言わないとまたすれ違いそうだった。
立ちすくんだまま時間が過ぎる。和多流くんは考えるように指を動かしたり、メガネを上げたり、俯いたり忙しなかった。
そうだ、今仕事中なんだ。
「ごめん、仕事中に。おやすみなさい」
「えっ」
「忙しいのに邪魔してごめん。また明日ね」
「仕事なんかしてないよ」
「え?どういうこと?」
「あ、えーっと・・・いや、き、気まずくてこっちにいただけっていうか・・・」
「・・・気まずい」
「だって、意地張っちゃって話し合い拒んだし・・・嫌われてたらと思ったら怖かったし・・・」
「・・・嫌いになんてなれないよ」
「・・・ほんと?」
「好きだからキスしたかったんじゃん。馬鹿。だから、ちゃんと話がしたかったんだよ」
「・・・そっか。そうだよね、ごめん」
「おれの感情、勝手に決めないでよ。好きだよ。馬鹿。馬鹿」
はっとした顔になって、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり近づいてきた。
身構えると抱きしめられて、頬にキスをされた。
久しぶりの柔らかい唇だった。少しだけタバコの匂いがした。
「タバコ、」
「ごめん、口が寂しくて・・・ごめん」
「・・・いーよ。おれも吸っちゃったし」
「え、そうなの?」
「だって怒ってたから。・・・またしてもいい?キス」
「・・・んんっ、今、しても?」
「ダメ」
「えっ!?」
「おれがするから」
顔をしっかり両手で掴んで、ぶつかるようにキスをする。
しばらく柔らかさを楽しんで、そっと舌を差し込む。
熱い口内をまさぐって、味を確かめた。
すりすりと腰を撫で、大きな手がシャツの中にするりと滑り込んできた。
「んはっ、あは、くすぐったい、」
「ずっとしたかった」
「おれも」
「今夜はずっとくっついてて」
「うん」
「キス、もっと」
優しく重なった唇に安心する。
和多流くんの仮眠ようの布団に倒されて、気持ちのいい匂いに包まれた。
こんなに近づいたのは久しぶりで、それだけで胸がいっぱいになった。
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