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しおりを挟むなんか、和多流くんが、おかしい。
ソワソワしたかと思ったら深いため息をついたり、声をかけてきたかと思ったら言い淀んでやっぱりいい、と項垂れたり。
怒っている感じもしないし、急用な感じでもない。
でも何か言いたそうにして、おれの様子をうかがっている。
喧嘩はしてないし、嫌がることもされてないし、おれもしてないはず。
でもこうやって見てくるってことは、おれはまだ気づいてないけど何かまずいことが起きてるのかな?
後ろめたいこと、とか?
「和多流くん」
「あ、はいっ。あ、いや、何?」
「早めに言ったほうがいいと思うよ。隠し事は期間が長くなるほど相手を傷付けるから」
「・・・ごめんなさい」
ぐだ、と項垂れて、つぶやいた。
うーん、なんだろう・・・。浮気?いや。違うな。
意外と不器用だからそういうの、苦手そうだし。
というか、この間久々に会った友達が浮気された話を聞いて激怒しながら帰ってきてたし、クマさんが言うには他の最低なことはひととおりしたかもしれないけど浮気だけはできない人らしいし。
お箸を置いて前のめりになって顔を見ようとするけど、中々見せてくれなかった。
怒られた子供みたい。
昔はこんなふうに怒られたこと、あったのかな。
小さい頃の和多流くんを想像して、少しだけキュンとした。
「どうしたの?」
「・・・無くしました」
「何を?」
「・・・キーホルダー」
「・・・キーホルダー?桃うさの?」
「そっちじゃない。桃うさぎは車の中にぶら下げてるし」
「じゃぁ、」
「遊園地のやつ」
「・・・あ、あー・・・。お揃いの」
「・・・初めて涼くんが、買ってって言ってくれたやつ・・・お揃いの・・・車の鍵につけてて、なくなってて、探したけど見つからなくて・・・。公園の駐車場も探したし、道も、歩いて探したのに、なくて、」
「え!?あの距離を歩いて探したの!?」
「だって、」
「いつ無くしたの?」
「・・・4日前に気づいた。雨の日の朝。どこ探してもなくって、・・・ごめん」
そんなことかって、思ってしまった。
もっと重たい内容だったらどうしようと思っていたところもあったので、若干拍子抜けしてしまった。
でも和多流くんにとっては重大な事だったんだよね。だから言い出せなくてソワソワしていたんだろうし。
「早く言ってくれたら一緒に探せたのに」
「・・・」
「おれ、怒らないよ。わざとじゃないんだし、運が悪かっただけなんだから」
「・・・初めて、買って欲しいって言われたやつだったから、思い入れがありすぎて諦めがつかない」
「うん・・・。じゃぁまた遊園地、」
「探してくる」
「え!?」
「ごめん、探してくる!もう一回だけ!これでなかったら諦めるから、いってきます!」
バーっとご飯を口に押し込んで、和多流くんは本当に探しに行ってしまった。
止める間もなく黙って見送って、とりあえず片付けをする。
うーん、車の鍵につけていたなら道で落とすとか、あんまり考えられないと思うんだけどなぁ。
家の中を探してみてもやっぱりなくて、靴を履いて外に出る。
走って道を辿っていると、携帯の明かりを頼りに下を向いて歩く和多流くんがいた。
「和多流くん」
「わ、びっくりした」
「帰ろう」
「やだ。まだ探してないところあるし、」
「また行こう。それで、今度は2人で選んだもの持とう」
「・・・いやだよ。まだ探したいんだよ。おれにとって本当に大事なものなんだよ」
「おねだりなら聞いてくれるの?」
「え?」
「キーホルダーが大事なのは分かるけど、おれは?おれとの時間は?」
「・・・うぅ、ずるい、」
「早く帰って一緒に寝ようよ」
「でも、まだ、諦めがつかない、」
「明るい時に一緒に探そう。夜は危ないよ。ね?手、繋いで帰ろう」
無理やり手を引いて家に帰る。
和多流くんは少し元気を無くしてしまって、一緒にお風呂に入ってもベッドに入っても静かに手を握ってくるだけだった。
うーん、どうしたら元気になるかな。
同じものを買って渡すのは違う気がするし、おれの持っているものを渡すのも違うよなぁ・・・。
考えてもいい案が思い浮かばず、目を開けたら朝になっていた。
朝食を作りながら、今日は休みなので探すの手伝おうかなと思っていたら、和多流くんが起きてきてあいさつをし、玄関へ向かった。
慌てて追いかける。
「ちょ、ちょ、もう行くの?朝ごはんは?」
「後で食べるから、ごめん、探しにいくね。涼くんはのんびりしててね」
言うや否や、勢いよく飛び出して行った。
なんだか追いかける気力も湧かず、1人で朝ごはんを食べて自室に入ったところで携帯が震えた。
珍しく、軍司くんからだった。
「うけるんですけど。たかだかキーホルダーのために5日間も探し回る?」
ニヤニヤしながら本当におかしそうに言うので、ついムッとする。たかだかって、酷い言い方するなぁ。
あんみつを食べながら足を踏んでやる。痛そうにしたけど、踏み返された。
商店街にある和菓子屋さんの奥の席で男2人で足を踏み合いあんみつを食べる姿は滑稽だろうな。
「愛ってすごいね」
「馬鹿にしてるでしょ」
「うん」
「山田くんに言ってやろ」
「ちょ、やめてよ。あいつ泣いちゃうから」
「軍司くんが愛を馬鹿にしてましたー」
「やーめろって!」
「おまたせー!あ、おばあちゃん僕はぜんざいをお願いします!」
タイミングよく山田くんが入ってきて慌て出す。
ちょっとだけ愉快だった。
レジを打つおばあさんがニコニコ笑いかける。
「藤一のお友達?」
「そうです。えへへ」
「じゃぁおまけ。お団子食べなさい」
「わ。ありがとうございます!あの、また何か壊れたらすぐ声かけてね。すぐ来るからね」
昔からの知り合いなのか、気に入られているようだった。
お団子を持ってやって来ると、どうぞ、と渡された。
受け取って口に入れる。
「相変わらず優しいのね、お前」
「優しい?何が?」
「どーせお金もらってないんだろ」
「うん?だって、大した作業じゃないもん。あ、春日部くん、僕はこの商店街で生まれてずーっとここで過ごしてるんですよ」
「へぇー。仕事はご実家だっけ」
「そうです。で、今日はどうしたんですか?」
「軍司くんに呼ばれたんだ」
「藤堂さんはいないんですね」
「あ、うん」
「聞け、藤一。藤堂さんはなぁ」
そこから大袈裟に、おれが話した内容を話し始めた。
なぜか山田くんは真剣に聞きながらそれは大変だ、と真面目な返答。
いや別に、そこまで大変じゃないんだけどさ。
ぐるっとおれに向き直ると、顎に手を当てて言った。
「僕思うんですけどね」
「は?うん・・・」
「もともと持ってなかったんじゃないですか?」
「・・・はぁ?」
「僕もよくやるんですけど、家の前で鍵を探して見当たらなくて、焦って焦ってあわあわしながらひさくんのところに走って助けてもらうんですけど」
「・・・はい、」
「もともと持ってないんですよ、鍵」
「・・・」
「家に忘れてることが多いしあまり外出もしないので、もともとそんなに持ち歩かないんです!それを忘れちゃうんですよ!」
背中がゾクゾクした。
これが本物のホラーなのかもしれない。
天然という言葉では片づけられなかった。
今までに出会ったことのないタイプの人間だから、どう対処したらいいかも分からない。とにかく恐ろしかった。おれだったらこんな人と恋人にはなりたくないし、一緒に過ごせない。
知らないところで変な借金背負わされてそう。
「だから、藤堂さんももしかしたら持ち歩いていなかったのかも。別のところに付け替えて忘れてるとか、そもそもキーホルダーを持ってなかったとか」
「藤一、真面目に話してるのは分かるけど、ねぇわそれ」
「え?そうかな」
「お前だけだよ、そんな馬鹿な子」
「え!?でも蓮二もよく鍵を探して慌てるって言ってたよ!?」
「でもちゃんと持ってるだろ、蓮二は」
「うん。持ってる」
う、わぁあ・・・。澄んだ瞳で普通に返事した・・・。
何で軍司くん、この人のこと好きなんだろう。
頭が良すぎて逸脱していた人ではあるけど、同じように逸脱した人を求めるのかな。方向が全く違うけど。
「藤一さ、弟がいるんだけど、こいつもなかなか馬鹿で面白いんだよ」
「へぇー・・・」
「8個下かな?歳離れてんの」
「結構離れてるね」
「僕を育てるのが大変だったから期間が空いたって、両親は言ってました」
そりゃそうだろう。
幼い頃からこんな感じじゃ、そりゃ大変だったろうに。
一息ついた時、ふと、自分の鍵はどこだっけ、と思った。
車のスペアキーを預かっているけど、普段あまり使うことがないので少し気になった。
確か、仕事のカバンに入れっぱなしなはず。
・・・多分。
鍵の話をしていたから急に不安になってきた。
家の鍵もちゃんと入れたよな。落としてないよな。
「山田くんのせいで変な不安が出てきちゃったよ」
「え?!僕のせいですか!?」
「分かる分かる。不安なら探しておいた方がいいよ」
「あ、あったあった。底に沈んでた。あ!?」
「え、なに。どした」
ザーッと血の気が引く。
慌てて立ち上がり、帰ると伝えてお店を飛び出す。
汗だくになって家に帰ると、まだ和多流くんは帰っていなかった。
もう一度部屋を出て駅のほうに走ると、前からとぼとぼと歩く姿が見えた。
「和多流くん!!」
「あ、涼くん。ごめん、ご飯まだ・・・てか、汗だくだけどどーしたの」
「あの、あの、」
「うん?・・・え、どうしたの?」
「ぐぅうっ・・・!ごめんなさい、」
「え?」
もう、走って苦しいやら、申し訳ないやら食べたものが口から出そうだわ、内心大騒ぎだった。
ぜーぜーと息を切らしていると、タオルで顔を拭かれた。
「家帰ろ」
「あ、あの、」
「家でゆっくり話そう。ね」
息を整えながら家に帰る。
ぎゅっと手を握ると、強く握り返されてすぐに離れた。
ドアを開けて寝室に入り正座をすると、おれが作ったサンドイッチを持って入ってきた和多流くんはギョッとしていた。
「どうしたの?何かあったの?」
「・・・ごめん」
「え?見ていいの?」
鞄を差し出すと、ゆっくりと中を探った。
すぐに、あ!と叫んで引っ張り出した。
出てきたのは、キーホルダーのついた車の鍵。
顔が見られなくて深く俯く。
「あの、雨の日、・・・朝に職場まで送ってくれた時、スペアキーでエンジンかけちゃって、あの、キーホルダーのやつは、前の日に2人で乗った時におれの鞄に入れちゃってて、忘れてて、」
「・・・そっかぁ・・・!よかったぁ・・・!涼くんの鞄にあったんだぁ・・・」
安心したように、嬉しそうに、和多流くんは鍵とキーホルダーをギュッと握りこんだ。
そんなこと、なんて思ってしまって、ごめんなさい。
悲しくさせてごめんなさい。
何度も言おうと思ったのに声が出なかった。
ごめんねは、何かが違う気がした。
「和多流くん・・・」
「あってよかった、本当に・・・。これね、本当に本当に、おれの中ですごく特別で・・・。初めて買って欲しいって言ってくれて、お揃いにしようよって言ってくれたんだよ」
「・・・うん、」
「これからもいっぱいおねだりしてほしくてね、願掛けの意味で持ち歩いてて・・・あはは、ちょっとキモイかな」
「キモくない、けど・・・」
「けど?」
「・・・それを見るたびに、色々おねだりしたくなるよ・・・きっと」
ようやく少しだけ顔を上げられた。和多流くんは嬉しそうに口の端を上げてニヤニヤしていた。
ぐぅっ・・・!
怒っていいのに、何で嬉しそうなんだよ!
「お、怒ってよ・・・。おれ、ちゃんと一緒に探せなかったし、運が悪かったんだよとか、言ったし、」
「怒らないよ。心配してくれたのも、気を逸らそうとしてくれたのも分かってる。諦め悪くてごめんね。でも、諦めなくてよかった」
「・・・大事にしてくれてありがとう・・・」
「涼くんもありがとう。机の上に、クッション敷いて置いてあるよね」
「たまたまガチャガチャであって・・・サイズも合うかなって・・・」
「あぁ、よかった。見つかって。あ、スペアキー返すね。・・・あれ?どこやったかな」
「・・・え、マジ?」
「いやいや、あるある。んーっと、・・・」
「・・・あははっ。一緒に探そう」
「やべー、どこに入れたんだろ・・・」
立ち上がって鍵を探す。なかなか出てこなくて、和多流くんは自分自身に呆れていた。
でもキーホルダーが無くなった時より焦りがなくて、普通は鍵を無くしたほうが焦るよねって笑った。
結局和多流くんの鞄のポケットに入っていたので安心したけど、キーホルダーを見つけた時よりも感情が薄くて、また笑ってしまった。
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