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花火が上がる
しおりを挟むこっちに越してきて初めて見たのは授業が終わった時だった。
久々に見たそれはとても綺麗で、でも少し寂しくなった。
次に覚えているのはベッドの上で窓から見えるそれをぼんやり見つめていた。
顔を殴られてどうでも良くなって、このまま2度と起き上がれなくてもいいやって思った。
目が覚めなきゃいいのにって。
後はもう記憶にない。
生きていくのに必死だったのかもしれないし、見たいとも思わなかったのかもしれない。
思い入れもないし、見ても寂しいだけだし。
「涼くん、これ行かない?」
でも今年は違うかもしれない。
今までの嫌な記憶は、寂しい記憶は、上書きできるかもしれない。
パソコンの画面を覗き込んで頷くと、和多流くんはニコニコ笑った。
******************
「そんなに上手くいかないなぁ・・・」
ぼんやりしながら立ち尽くす。
酷い人混みだった。
身動きが取れないくらい人がいる。
携帯を見ても先ほど送ったはずのメールはまだ送信中だし、電話は電波が悪くて繋がらないし。
ラムネ買ってくるねって言われて待っていたのに、人混みに押されてはぐれてしまった。
出店の方に戻ったけど和多流くんはいないし、汗で濡れたシャツが張り付いて気持ち悪い。
河川敷に集まって腰を下ろす人たちは楽しそうに喋り、歩いている人もスキップするようにはしゃいでいた。
ぽつんと取り残されたように立ち止まるおれを誰も見ない。
和多流くんに花火大会に行こうって言われて、嬉しくてたまらなくてずっと楽しみにしていたのに。
そりゃ、一緒に暮らしているし毎日2人で過ごしているし今だって家に帰って待っていれば和多流くんも帰ってくるのは分かっているけど、違うんだ。そうじゃ、なくて。
別のことで納得しようとしちゃダメだ。
感情に蓋をしたらダメだ。
自分が辛くなる。
大学生の頃一人で見た花火の時も、殴られて動けないまま見上げた花火も、もう思い出したくないから。
かき消して欲しかった。和多流くんに。
ドン、と大きな音がした。
パッと夜空に咲いた火の華はあまりにも大きくて目を逸らせなかった。
周りの人もみんな、空を見上げる。
小さな花火が何発も上がり、歓声が響く。
こんな感じなんだ、花火大会って。
子供の頃はずっと勉強をしていたし、大人になってからは何となく避けていた。
だって、見るたびに一人だって思い知らされるから。
見ていると、苦しくなる。
こんなに綺麗なのに。
「涼!」
叫ばれ、反射的に首を動かす。息を切らせて顔をこわばらせた和多流くんがいた。
動けないでいると人混みを掻き分けてきてくれた。
手を握られて乱暴に会場から引き離され、無言で歩いた。
人がまばらになってきた住宅地に来ると、がしっと肩を掴まれて顔を覗き込まれた。
「ごめん、大丈夫だった?何かされた?」
「え?」
「泣きそうな顔して空、見てたから・・・痴漢?それとも、」
「は!?いや、違うよ!?」
「本当?大丈夫なの?はぐれてごめんね。一緒にラムネ、買いに行けばよかった・・・」
あ、そうか。
一緒に行けばよかったんだ。
ここで待ってて、と言われたから素直に言うこと聞いちゃった。
「・・・ごめん。おれも、ついていけばよかった」
「ううん。待っててって言ったのはおれだから。ごめん、買ったんだけど邪魔になっちゃって、そこら辺にいた子にあげちゃった。よかった、見つかって。携帯鳴らしても電波が悪いのか繋がらないね。すぐ切れちゃうし」
「おれも・・・」
「着歴はたくさん表示されるのにね。おれ涼くんだけになっちゃったよ。かけまくった」
「・・・本当だ。50件もある」
「うわ、おれキモい」
「探してくれてありがとう・・・」
「・・・元気ない?疲れた?」
「ううん。・・・手、繋いでてもいい?」
「え!?いいの?うわ、緊張する。待って、拭くから」
ポケットからハンカチを出して、しっかりと手を拭いておれに差し出した。
そっと手を載せるときゅっと握られる。
安心した。よかった。一人じゃない。
「こんなに混むとはね。来年はさ、別のところから見ようね」
「・・・来年?」
「・・・え、うそ、もうやだ?え、え?ちょ、」
「え?!あ、ごめんごめん違うよ!?違う違う!おれあんまり花火にいい思い出なくて!今日だってはぐれちゃったし、だから来年も一緒に見てくれるんだって思ったら嬉しくて、」
「や、やだよもう、やめてよ・・・。心臓冷えた・・・。見てよこの首筋の汗。冷や汗だからね」
「ごめん・・・。んは、あははっ!汗、凄いね」
「走り回って探したし今蒸し暑いのに冷や汗かいてんだよ。嫌だなぁ。じっとりする」
「和多流くん、早とちりだなぁ」
「あーあ、びっくりした。お詫びでラムネ奢ってね」
パッと顔を見る。
初めて、奢ってって言われた。
いつも奢りたいってそれしか言わなかったのに。
あ、なんか、すごく嬉しいかも。
元カレとかはおれが払うのが当たり前だと思ってたから言われたことがないし、友達も少ないからこんなやりとりはしたことがなかった。
和多流くんと友達の頃は対等でいたくてずっと割り勘だったし。
前に、もっと色々買ってあげたいって言われた時は意味がよく分からなかったけど、今なら分かる。これも一種の甘やかしだし、甘え方だって。
それに、仲直りの一つの方法でもあるんだ。
気持ちが立て直しやすくなる。
「・・・うぅ、ラムネ以外も買ってあげる・・・!」
「じゃぁ焼きそば。お腹すいちゃったよ」
「おれはたこ焼きとか、食べたいかも」
「じゃーそれはおれが買います」
「へ?なにそれ、変なの」
「はぐれたお詫びです」
「・・・じゃぁ、さ、・・・チョコバナナも、ほしい。好きなんだ」
「・・・んふっ。エッチ」
「もう帰る」
「わー!それは勘弁!ごめんなさい!」
ぎゅーっと手を握られて、大きな声で笑う。
花火が上がり、空を見る。すごく綺麗だ。
和多流くんと見られてよかった。
嬉しい。
「チョコバナナと、たい焼きも買うから許して」
「うーん、イカ焼きも食べたいなぁ」
「あとは?」
「え?・・・じゃぁ、かき氷。これはおれが買うよ」
「じゃぁ練乳かけてほしいな」
「いいよ。あとは?」
「んー、あ、たこ焼き屋もいたな。これはおれが買おうかな」
「2パックほしい」
「たこ焼き好き?」
「うん」
「今度家でやろうよ、たこ焼きパーティー」
「たこ焼き器あるの?」
「あるよ。あれ?見せたことなかった?」
「知らないよ」
「ホットプレートと一緒になってるやつがあるから今度出すよ」
「ホットプレートあるの!?今度お好み焼きやろうよ!」
「え、家でできるんだ。何かの景品でもらったんだけど使ったことないんだよね。明日やろうよ」
「結構臭い残るか、休みの日の昼にやろうよ。焼肉も家でできるね」
「・・・その発想はなかった!やば、楽しそう」
「・・・花火そっちのけだね。全然見てないでしょ」
呟くと、あ!と叫んで慌てて空を見上げた。
忘れてた、と子供みたいに笑って頭をかく。
出店を回って空を見て、花火を見上げて笑ってまた手を繋ぐ。
他愛のないおしゃべり、花火の色に染まるお互いの顔、大きな音に驚く声、嬉しくて楽しくて仕方がない。
きっともう、花火を見ても今日の日しか思い出せない。
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