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しおりを挟む今日お迎え無理そう、と連絡が来たのは職場から出た時だった。
仕事が忙しいのだと思い、わかった、いつもありがとうと返して電車に乗る。
揺られて帰りながら最寄駅で降りて、仕事で遅くなったのでお弁当を買って帰る。
「ただいまー」
そっと玄関を開けてキッチンにお弁当を置いて服を着替える。
仕事部屋にいるのだと思っていたので、寝室兼リビングに入った瞬間和多流くんの足が見えて驚いた。
「あ、あれ?仕事は?」
「・・・涼くん、」
「・・・どうしたの?」
いつもと様子が違う。
ベッドに仰向けで寝転んだ和多流くんは、深ーいため息をついて顔を隠した。
「ご飯買ってきたよ」
「・・・」
「・・・どうしたの?何かあったの?」
「・・・起き上がれません」
「え!?体調悪いの!?何で言わないの!?病院・・・!夜間救急か!救急車の方が早い、」
「体調はすこぶる良いから大丈夫です」
「はい?じゃぁ、どうしたの?」
「・・・し、」
「え?」
「・・・・・・ぎっくり腰、です」
「ぎっくり腰??」
和多流くんはタオルケットを頭からかぶると、黙りこくった。
その時、携帯が震えた。
ダイニングキッチンに戻って画面を見ると、犬飼さんからだった。
「はい」
『夜分にすみません。犬飼ですが、もうおうちですか?』
「はい、そうです」
『藤堂さんは大丈夫でしょうか』
「へ?」
『いや、実は今日のランチタイムに来てくれて、あまりにも忙しくて、手伝ってくれたんです』
ランチに行ったんだ。友達のお店だから、軽く手伝ったのだろう。
最近ディナーの方もかなり混んでいる。テイクアウトにすることが多いので最近犬飼さんともあまり話ができないでいた、
『それで、じゃがいもの箱を運んでた時に腰を痛めてしまったようで・・・』
「あ、はい。ぎっくり腰・・・?」
『すみませんでした。念のため整体に連れて行ったんですが、しばらく寝てるしかないと言われて・・・』
「大丈夫です。おれもいるし、治ったらまた食べに行きますね」
『はい、ありがとうございます。では、お大事に』
通話を切って寝室に戻ると、仰向けから横向きになっていた。
くしゃくしゃと頭を撫でる。
「和多流くん、おれいるから、何かあったらちゃんと教えてね」
「・・・ん」
「トイレとか行く時、肩貸すよ。洗濯もおれがするから、とにかく寝ていてね」
「・・・いい」
「え?」
「いい、大丈夫」
「なんで?痛い時は無理しない方がいいよ。あ、ご飯も無理しないで食べれる時に、」
「いいってば!」
怒ったように叫ばれて、体が硬くなる。
え、え、何でおれ、怒られてんの?
おれが何かある時いつもしつこいくらい理由を聞いてくるし、心配だからってなんでもやろうとするのに。
おれがそれをしたら怒るって、おかしくない?
「・・・わ、和多流くんはおれに何かあった時色々してくれるじゃん。おれはダメなの?」
「1人にしてほしい」
「・・・うん、それは、そう、しようとは思ってたけど・・・おれ、向こうで寝るし、だけど、何かあったら、」
「いらないって。1人でできるよ」
「な、何だよ!その言い方!和多流くんは過保護になるくせに、おれは心配もしちゃいけないのかよ!痛いのは分かるけど、余計に痛くしないようにおれが色々しようと思ったんじゃんか!馬鹿!勝手にしたら良いよ!もう知らねーよ!」
買ってきたお弁当を適当に置いて、自分の部屋に入る。
何だよ、あの言い方。
酷いよ。
おれじゃ頼りないのかよ。
・・・頼りないんだよな・・・だから、連絡してくれなかったんだ。
抱えて移動もできないし、肩を貸すって言っても不安なんだろうな。
ため息をつきながらお弁当を食べる。
あんまり味がしないや。
******************
「ぎっくり腰か。痛いよな、あれ」
ギョッとして成瀬さんを見る。
やっぱり心配だから、身内でぎっくり腰をやった人がいないか聞いてみたらまさかの言葉だった。
「なったことあるんですか?」
「ある。大学の頃だな」
「若いのに・・・」
「あれは年齢関係ないからな。ちょっと無理な体勢をとって動けなくなった。お前も気をつけろよ」
「は、はい。ちなみに、どんな・・・」
「あぁ、レポート用紙を床に落としてな。座ったまま取ろうとしたら、グキッと。たまたまシロの家だったから気兼ねなく体を休めて過ごしてたんだが、あれは驚いた。外でならなくて良かったと思った」
「・・・あの、やっぱりほっといてほしいものですかね・・・」
「・・・まぁ、ある程度はな。ただ、おれは1人じゃなくて良かったと思った」
「え、意外っす」
「最初こそシロがうるさかったけど、やっぱり動けないとなると色々考えるからな。実家の家事とか金の管理とか、母親の体のこととか。だからまぁ、うるさい方がありがたかった」
「・・・そ、すか・・・でもおれいらねーって言われちゃって、」
うわ、自分で改めて言葉にすると、辛いかも。
あんなにはっきりいらないって言われたの、久々だったから、身構えていなかった。
そんなこと言われるなんて想像もしてなかったし。
「プライドが邪魔したんじゃないか」
「え?プライド?」
「お前より結構年上だろ、あの人」
「はい・・・でも、そんなの、」
「お前、田所くんに甘えられるか?風邪ひいて、何でもしてやるって言われて、はい分かりましたって言えるか?」
・・・い、言えない、かも。
おれ直哉の前でかなりお兄さんぶってるし、そんなこと言われても素直に返事なんかできない。
え、和多流くんもそうなの?
お兄さんぶってるの?いや、違うと思うけど・・・。いやでも、年齢のこと結構気にしてるか・・・。
「男のプライドってくだらないけど、そーゆーもんなんだろうな。ましてやあの人、結構年齢差のこと気にしてる節があるし」
「・・・おれ、何かしたかっただけなんです・・・」
「それも分かってるから今頃落ち込んでそうだな」
「えー?自分でいらねーって言ったくせに?」
「そんなもんだろ。ある意味甘えてんだろ」
甘えて・・・んのか?これ。
おれ、すげーいやな思いしかしてないんだけど。
「コルセットは買ったのか?」
「へ?コルセット?ってなんですか?」
「腰痛バンドだな。仕事もあるだろうし、買った方がいいぞ。今いろんなのあるから、スポーツショップでも行って見てきたらどうだ」
「成瀬さんもつけたんですか?」
「あぁ。デザインも良かったからな」
コルセットか・・・。買ってなさそうだな。
成瀬さんが買ったものを教えてもらい、ついでにおすすめの湿布も教えてもらった。
仕事が終わって急いでスポーツショップに向かう。
店員さんに聞きながら、これなら見えても変じゃないかな、と思うものを買った。ついでに、自分のも。
年齢関係ないって言ってたしね・・・。
いらないって言われたけど、知らねーって言い返したけど、やっぱり心配だから、ついつい色々買い込んでしまった。
そっとアパートに戻ると、和多流くんが壁を伝いながら廊下を歩いてくるところに出くわした。
「あっ、」
「っ・・・お、おかえり・・・」
「・・・ただいま、」
腰、押さえてる。
背中が変に曲がってる。
痛いんだ。
どうしよう。
「・・・涼くん、」
「えっ、あ、何?」
「・・・ごめんなさい。手、貸してください」
「あ、うん、うんっ。はい」
手を差し出すと、トイレに行きたいみたいで指をさされた。
ドアを開けて手を貸して、そっと閉める。
き、気まずい・・・。
お弁当をテーブルに置いてさっと部屋に入り鞄を下ろすと、コンコンとノックをされた。
そっと開けると、しゅんとした和多流くんがいた。
つい、口を開く。
「大丈夫?」
「・・・うん」
「・・・あの、これ、成瀬さんが教えてくれた湿布。あとね、コルセット。スポーツ選手も使ってるんだって。サイズ合わなかったら交換してもらうから、つけてみて」
「・・・涼くん・・・」
「何?」
「・・・腰いてぇ・・・」
「整体行く?」
「・・・情けない」
「なんで?ぎっくり腰って誰でもなるんだよ」
「・・・昨日、ごめんなさい」
「え、・・・あ、えと、」
急に自分がした発言を思い出して罪悪感が生まれた。
知らないなんて言うんじゃなかったかも。いやでも、和多流くんがいらないって言うから悲しくて、つい・・・。
痛みでイラついてただけかもしれないけど、でも・・・。
「なんか、ぎっくり腰が情けなくて・・・意地張って言えなかったんだ。帰ってきて声聞いて顔見れて安心して、でも、なんか、トイレ行くの手伝うって言われて・・・介護みたいだなって思ったら悲しくて悲しくて」
「何で悲しいの?」
「・・・洒落にならない」
「・・・そ、そんなこと気にしてたの?おれ、ちゃんと話してくれないのがすごく嫌だったし、いらないって言われてびっくりしたよ。嫌だったよ」
「ごめんなさい」
「ちゃんと言ってよ。コルセットだって湿布だって昨日のうちに買っておけば今日、もっと楽だったかもしれないのに」
「・・・うん、ごめんなさい。ありがとう」
「お風呂も一緒に入るからね。頭洗うから」
うん、と頷いて和多流くんはコルセットを取り出した。
しげしげと見つめて、シンプルだ、と呟いた。
「ね、いいでしょ」
「うわー、腰、楽だ・・・」
「寝る時は外すんだよ」
「うん。・・・ありがとう。愛想尽かさないでくれて・・・」
「何言ってるの。大好きだよ、バカ」
手を引いて寝室に入り、ベッドに寝かせる。
横向きになるように伝えてさっと着替えると、和多流くんは顔を赤くした。
「うぅ、エロ目的じゃない着替えってエロい・・・」
「え、何言ってるの?」
「ムラムラする」
「・・・体が目的なんだ」
「ちょっと待った!なんでそうなるの!」
「昨日は、いらないって言ったくせに」
「・・・ごめんなさい。あまりいじめないでください。反省してます・・・」
「・・・いいよ、許してあげるよ」
「・・・あのさ」
「ん?」
「パソコン持ってきてほしいなーって・・・仕事のメール返したくて」
「ノート?いいけど、仕事は少し休みなよ?」
「うん」
パソコンを持ってきて、和多流くんがメールを返している間にご飯を作る。
物音がしたので振り返ると、コルセットをつけたのか先ほどよりも歩き方がいつものようになってきている和多流くんがニコニコして立っていた。
「どうしたの?」
「えー?仲直りできて良かったなーって・・・正直1人だったらどうしようかと・・・」
「成瀬さんも同じこと言ってた。1人だとネガティブな事ばかり考えるって」
「え?」
「成瀬さんもぎっくり腰やったんだって。まだ大学生の時。だから、本当にいつなるか誰がなるか分からないんだよ。おれもいざという時のために同じの買ったよ」
「なんか、そういうのと無縁の人かと思ってたけど、あの人も一応人間なんだね」
「・・・いや、まぁ、言ったことはないけど血の色は赤なんだなーって思ったことはある」
「あははっ、あ、いてて、笑うと痛いや」
「まだ寝てたら?」
「んー・・・開き直ることにした」
「え?」
ちょこちょこと近づいてくると背中に抱きついてきた。
しっかりと腰に手を回される。
「涼くんに支えてもらお」
「動きづらくない?」
「ムラムラする」
「・・・」
「違うってば。昨日は、本当に意地を張ってただけ。ごめんなさい。体目当てじゃないから」
「動けるようになってきたらちゃんとストレッチするんだよ」
「はーい」
「・・・て、手伝ってあげるから、その、・・・そーゆー意味でも・・・」
腰にトンっと当たったものは、深く追求しないでおこう。
ぐりぐりと顔を押し付けて首筋に噛みつかれる。
「とりあえずしばらくは、無理だよ。体をしっかり休めてね」
「うー・・・したいしたい」
「・・・とりあえず、治るまではお預け!」
その間おれだってお預けなの、分かってるのかなぁ。
お皿にチキンライスを載せて出してあげると、嬉しそうにスプーンを持った。
おれもだけど、和多流くんは単純で簡単な料理が好き。
オムライスとか、カレーとか、チャーハンとかピラフとか。
大皿に、どんと出すものが好きみたいだ。
でもカレーは和多流くんの方が美味しいんだよなー。
ニコニコしながら頬張って、ぺろりと平らげるとおかわりある?と聞かれた。
頷いてよそってあげると、これで早く治るかも、と明るく言った。
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