Evergreen

和栗

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かわっていく

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打ち合わせが終わって帰り道を急ぐ。
今日は涼くんが休みだったのに、自分の仕事の都合がつけられなかった。
結構長引いてしまったし、おまけに飲み会に誘われた。
家で待ってる人がいるので、と断ると、案外すんなり引き下がってくれた。
前は渋々参加していたけど、断れる口実ができて早く涼くんに会えるので嬉しくてたまらない。
さて、涼くんの好きなシュークリームでも買って帰ろうかな。
ケーキ屋に足を運び、吟味する。
また遠慮されちゃうかな。
困った顔するかも。
涼くんの境遇を考えると分からんでもないけど、そろそろ慣れて欲しいんだよな。
おれがどうしようもなく涼くんのことが大好きで甘やかしたいこと。
単純に喜ぶ顔が見たいこと。
早く慣れて欲しくてせっせと気を遣わない程度のことを繰り返しているんだけどなぁ。
ダブルクリームのシュークリームを買って家に帰る。
ドアを開けると、いつもは小走りで出迎えてくれる姿がなかった。
ダイニングキッチンに入ると、小さくしゃがみ込む涼くんがいた。
「ただいま」
「っ!」
大きく体が跳ねて振り返る。困った顔をしていた。
どうしたのかと思って覗き込むと、割れたカップが散らばっていた。そこに、数滴の血が落ちている。
「え!?どうしたの!?」
「あ、あの、ごめんなさいっ」
「血!待った、止めないと」
「お、落として、あの、割れて、」
「素手で片そうとしたの?危ないよ」
ハンカチを指先に当てて巻き付ける。
すぐに血が染みた。
「えっと、ガーゼと・・・」
「あの、ごめん、ごめんなさい。和多流くんの割っちゃって、」
「え?あぁ、そんなのいいよ。消毒しよう。手、洗って」
ガーゼとテープを持ってからもう一度手を伸ばすと、涼くんはばっと頭を隠した。
はっと我に返ると、恐る恐るおれを見る。
条件反射だと分かるけど、悲しかった。
顔には出さないで笑顔を作る。でも多分、無理に笑ってることに気づかれてる。勘がいい子だから。
怯えたような不安な目でおれを伺うと、ポロポロと涙をこぼした。
「ごめんなさい、」
「カップなんかね、いくらだってあるんだからいいんだよ。涼くんの怪我の方が心配だから、手を洗おう」
黙って頷いて、俯いたまま手を洗う。消毒しようとすると、自分でやると言い出した。
仕方なく渡す。
涼くんは「失敗」すると酷く落ち込んで、萎縮する。
おれにとっては些細な、言い方は悪いがどうでもいいことで罪悪感に苛まれる。
仕方ないと何度も自分に言い聞かせたけど、これくらいのことで殴られるとか叩かれると勘違いする涼くんに、どうしたら分かってもらえるんだろうと何度も考えた。
結局なにも見つからないから今に至るんだけど。
食事が並んだテーブルで小さくなって、指先にガーゼを当てる。それをじっと見ていると、おれの顔色を伺うように顔を上げた。
「ほうきとちりとりがないんだよね。今度買ってくるね」
「お、おれが、買うから・・・あの、ごめんなさい。カップ、買ってくる・・・」
「・・・ね、涼くんが使ってるカップあるでしょ」
「え?・・・ん。ある、けど・・・」
「それ、貸してくれる?」
「えっ、でも、」
「でね、今度の休みに一緒に買いに行こうよ。おそろい、ほしいな」
「・・・うん」
「食べよ。おいしそう」
「・・・うん、」
泣きそうな顔でお箸を持ち、黙って食べた。
気持ちが回復するのに、どれくらいかかるかな。
今日はなんだか、酷く落ち込んでいる。
片付けも明日の朝食の下準備もおれが済ませると、更に俯いてしまった。
シャワーだけ済ませて、寝室に入っていく。1人になりたいのかもしれない。
少し長めにお風呂に浸かってから寝室に入ると、もうベッドに寝転んでいた。
そっと隣に寝転ぶと、腰に手が添えられた。
「ごめん、」
「もういいんだよ。大丈夫」
「違う。・・・頭、叩く訳じゃないのに、つい、庇っちゃって・・・」
顔を覗き込むと、ポロポロと涙が落ちていた。
「昔、お皿割ったら、思いっきり叩かれて、」
「おれは叩かないよ。安心して」
「分かってるけど、怖くて、」
「うん」
「ごめんなさい・・・」
恐る恐る指先を頬に当てると、少しだけ目を細めた。ぎゅっと服を掴まれる。
安心させたくてそっと顔を寄せると、涼くんも顔を寄せた。額がくっつく。
「・・・あのね、おれがなんで叩かないって言えるか、分かる?」
「え?・・・分かんない、なんで?」
「だって痛いじゃない、叩かれたら。だから叩かないよ。おれ、昔殴る蹴るが当たり前の人と暮らしてたからさ、痛いの嫌いなんだよ」
キョトンとした顔になると、小さく吹き出した。
枕に顔を埋めて、肩を震わせて笑う。
「あはは、あはっ、単純な理由で、おかしかった」
「でもそうじゃない?叩かれたら痛いのを知ってるから、叩かない。涼くんだってそうでしょ?」
「うん、そうだね。・・・あははっ、」
「・・・あのね、割れちゃったらまた買えるんだから。新しいの買う口実が出来てラッキーだよ。お揃いで買えるし、欲しいなーって思ってたカップも買えるでしょ」
「・・・どんなのが欲しいの?」
「Want to have sexって大きく書いてあるやつ」
「・・・な、なに、なにそれー。あはは!そんなのほしいの?」
「毎日それ使ってアピールすんの。涼くんに」
「・・・じゃぁおれ、Yesって書いてあるの探そ」
「あ、それペアで売ってんのよ。Want to have sexとYesのカップ。買おうね」
涼くんは大きな声で笑うと、顔を擦った。つられて笑いそっと頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
先程とは違う、穏やかな表情。よかった。少しだけ気持ちが落ち着いたみたいだ。
「和多流くん、ありがとう・・・」
「ん?何が?」
「おれ、もう少しポジティブになれるといいな。・・・和多流くんといたら、なれるかな」
「どーかな。エッチになっちゃうんじゃない?おれエロいことしか考えてないし」
「えー?そうなの?」
「そーだよ?今だってさ、涼くんの匂い嗅いだらムラムラしてきたし」
「・・・おれも、和多流くんの匂い嗅いで、ムラムラすること、あるよ」
「ほらね?おれといたらエッチになるでしょ?」
お尻を撫でると、びくりと跳ねた。
目元にキスをする。
涼くんは体をよじると、そっと押し付けてきた。
あ、ヤバいな。止まんないかも。
気持ちが落ち着いてきて、涼くんが興奮してきてるのが分かる。
すん、と匂いを嗅がれて、胸がギューッと締まる。
「和多流くん、あの、」
「ん?」
「・・・おれが・・・その、和多流くんを気持ちよくしたいなって・・・」
「いや、それはずるいなー。おれが、したいの」
「んぷ、」
唇を塞いでのしかかる。
電気を消して服の中に手を入れると、涼くんは「ずるいよ」と小さく言った。



********************


「あ!」
ガチャン、とお皿が落ちてシンクの中で割れた。
テーブルを拭いていた涼くんが飛んでくる。
「大丈夫!?」
「あ、うん。ごめん。割れちゃった」
真っ二つに割れたお皿を持ち上げると、さっと袋を開けた。
「洗剤で滑った・・・」
「怪我してない?」
「うん」
あー・・・しまった。よりによって涼くんが気に入ってるお皿だった・・・。
柄が綺麗だからって、前の部屋から持ってきたやつ。
ちらっと涼くんを見ると、ゴミ箱に捨てて戻ってきた。
「あの、ごめんね・・・」
「え?大丈夫だよ。それよりさ」
「ん?」
「・・・どんなやつ、買う?・・・お揃い、買えるよね?」
上目遣いで聞いてくるから、カーッと顔も体も熱くなる。
「涼くん。それ反則」
「え?何が?」
「可愛すぎる」
「ま、また、そういうこと言ってさぁ・・・。和多流くんが言ったんじゃん。お揃い買えるねって」
「今から買いに行こう」
「うん。・・・マグカップも、買おうね」
あぁ、押し倒したい。でも、我慢。
だってあんなに落ち込んでいた涼くんが、今じゃすっかり気持ちの切り替えができてるんだもん。
大事にしなくちゃ。変わっていく涼くんのこと。
洗い物を済ませて車の鍵を持つ。
涼くんはニコニコしながら靴を履き、デート久々だね、と笑った。


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