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しおりを挟む「おれ、山田くんと会いたくないんだけど」
「だってあいつが、春日部にちゃんと謝りたいっていうから・・・」
「いらないって言ったのに」
「しつこくて」
「まぁねー、惚れてる相手にお願いされたら断れないのは分かるけどさー」
「お前だってそうだろ」
「・・・そうだけどね」
「あいつ、藤堂さん見たら絶対警戒するって・・・」
バーの個室を借りて、腰掛けてカクテルを口に含む。
隣に座る和多流くんはニコニコしながら悪いね、と軍司くんに謝った。
軍司くんから連絡が来たのは先週だった。
どうしても山田くんがおれに謝りたいと言っている、と言われたので渋々約束をした。
どうせ忘れたり時間に遅れたりするんだろうと思っていたら、遅れるなら時間潰しの相手に、こなかったらそのままデートに行こう、と和多流くんが言うので、振り切ることができずに連れてきてしまった。
まさか時間通りに軍司くんが来るとは驚いた。
和多流くんがいることにギョッとしていたし。そりゃ、そうだよね。
「で、当の本人はどうしたの」
「仕事が長引いてるみたい」
「何の仕事してるの?」
「バイク屋。実家継ぐんだって」
だから繋ぎがあんなに汚れていたのか。納得。
「自活できてる人なんだよね?」
「どーだろ。バカだから」
「ところで結局付き合うことにな、」
あの後のことを聞こうとすると、コンコン、とドアがノックされた。
返事をすると、山田くんが立っていた。前とは180度違う姿だった。
小綺麗なシャツを着て、上にはカーディガンを羽織り、暗い色のジーンズを履いていた。
髪の毛は相変わらず全て一緒にまとめて後ろで結んであるけど、艶やかな黒髪なので格好良かった。
綺麗な顔立ちをしているので、なんでも似合いそうだ。
黒縁のメガネの奥からおれを見つめると、すっと視界から消えた。
慌てて下を見ると、土下座していた。
「ぎゃ!!」
「おい、藤一!」
「春日部くん、この間は大変失礼いたしました。そちらの方とラブラブカップルだと聞かされて、もうあまりにも申し訳なくて、謝りたくて来ました」
「ぶはっ!!」
和多流くんが吹き出したので我に帰る。
慌てて頭を上げてもらい、ソファに座らせると、軍司くんがバシッと頭を叩いた。
「いきなり何してんだよ!」
「だ、だって、僕はとんでもない間違いを、」
「いーのいーの。おれが勘違いさせたから」
笑いながら和多流くんが言うと、山田くんはホッとした顔をした。
腰を抱かれて肩に頭が乗る。
いつものシャンプーのいい香りがした。
「おれはこの子に夢中なので、ひさくんは取らないよ」
からかうように下の名前を呼ぶ。ちょっとムッとした。
和多流くん、おれが誰かのこと下の名前で呼ぶの、嫌がったくせに。
すると、山田くんがギラっと目を光らせた。
「ひさくんって呼んでいいのは僕だけですから!やめてください!」
「あははっ。ごめんごめん」
「あなたにだって特別なこと、あるでしょ!僕にとってはひさくんって呼ぶのが特別なんです!やめてください!春日部くんの名前を呼べばいいでしょうが!」
「そうだね」
「別に無理して呼ばなくていいよ」
つい突き放すような言い方をすると、和多流くんの顔色が変わった。
訳が分からないようで、目を白黒させている。
ふん、とそっぽを向いて軍司くんを見ると、真っ赤な顔をしていた。
「で、謝りたかっただけなの?それだけなら電話でもよかったでしょ」
「電話なんて、ダメです。この前は僕のイライラをぶつけてしまってごめんなさい。ちゃんと顔を見て謝らないと、伝わらないと思って。僕が、至らなかったせいでひさくんも傷つけて、春日部くんも怒らせて・・・ごめんなさい」
「・・・いいよ。おれも、ちょっと大人気なかったし・・・」
「・・・あの、折り入ってご相談もございまして」
「え?」
喧嘩した相手に相談って、どういう神経してるんだ。
しかもまだ、会って2回目なんだけど。
「僕、昔から、結婚して明るく楽しい生活を築いていきなさいって言われて育ちました。そうしたいと思ってて、子供の頃両親に、ひさくんと結婚したいって言ったんですけど」
「うん、待って。キミ、軍司くんのこと好きなの?」
「はい!大好きです!」
「付き合ってんの?」
尋ねると、一気に顔が赤くなった。軍司くんが呆れて、付き合ってない、と答える。
結婚したいくせに付き合ってないとか、ここら辺がもう分からない。
彼にムカムカしてしまう原因は、これなのだ。
だからいくら謝られても、結局腹が立ってしまう。
でも、以前と少し違ったのは、付き合ってないと答えた軍司くんを見て寂しそうな顔をしたこと。
「春日部、藤堂さんどうにかしてやれよ」
「え?」
「落ち込んでるぞ」
隣を見ると、項垂れる和多流くんがいた。
グラスはとっくに空っぽ。
「知らないよ。怒らせたのは和多流くんなんだから」
「・・・涼くん、おれなんかしたかな・・・」
「した。許さない」
思ってもなかったことが口から出て、自分でも驚いた。
和多流くんはふらふら立ち上がると、部屋から出ていった。
山田くんも軍司くんも猫みたいに瞳を大きくしておれを見ていた。
「春日部、怒ると怖いんだね」
「怖かったです。僕、ひさくんに許さないって言われたら多分、立ち直れないです」
「・・・自分でもちょっと驚いた。あんな言葉、おれにも言えるんだなって」
「普段優しい人が怒ると怖いって、本当なんですね。ひさくんから、春日部くんはいつもすごく穏やって聞きました」
「・・・そんなこと言ったら、藤一だってそうじゃん。この間怒ってて、びっくりした」
「えっ!僕怒ってた?」
「春日部と喧嘩した時」
「あ、そ、それは、怒ったというか、カッとなって・・・。あの、ごめんね?怖かった?ごめんなさい、ひさくん」
するっと指を絡ませて、手を握り込んだ。
子犬みたいな大きな目で必死に謝り、軍司くんに近づく。
昔からこうなのだろうか。
軍司くんは目を逸らすと、バシッと頭を叩いた。
顔を歪めて頭を撫でる。
「ひさくん、最近叩きすぎだよ。僕、もっとバカになる」
「うるせー」
「・・・あのぅ、春日部くん。どうしてひさくんがこんなに怒ってるのか、僕には分からないんです・・・どうしたらいいんですかね・・・」
自分で考えろ!と言いかけて飲み込んだ。
先ほど見せた寂しそうな顔を見たら、なんだか可哀想になった。
なんとなく、山田くんが前と違う雰囲気を持っていると思った。
でも、軍司くんにその違いを伝えるのは難しかった。だって、彼は自分が好かれるなんて微塵も思ってないから。
山田くんに恋愛感情が芽生えるなんて思ってないから。
「軍司くんはさ、まだ山田くんのこと好きなの?」
「・・・正直分かんない」
「え!?す、好きじゃないの!?」
「だから、分からないんだって・・・」
「待って、僕、やり直したいって・・・!分かったって言ってたよね!?僕あれからすごくたくさん考えて、」
「だから!わからないだけで・・・!だって、お前には分かんないよ・・・恋とか愛とか、絶対に理解できないよ・・・」
山田くんは傷ついた顔をしたあと、歯を食いしばった。
目の奥がメラメラと燃えているように見えた。
それに気づくと、ビクリと体を揺らした。
「ひさくんは、僕のことを好きって言って・・・僕はそれを信じてる。でもひさくんは僕の気持ち、信じない。・・・どうしたら、両想いになれるの?嫌いなら嫌いって言ってよ」
「・・・だから、分からないんだよ・・・本当に・・・」
「・・・春日部くん、僕は、どうしたらいいですか?」
悲しげに笑い、おれを見る。
軍司くんも泣きそうに顔を歪めた。
多分、軍司くんは山田くんのことをまだ好きだ。
だからこうして集まる場を作って確かめようとしている。
自分のことをどう思っているのか、どうしていきたいのか、必死に伺っている。
それじゃ前に進まないのに。
何も変わらないのに。
「おれ、帰るよ」
「え!?」
「え、春日部くん・・・僕はまだ相談が、」
「多分意味ないもん。おれがいても何も変わらないよ。2人でちゃんと、真剣に話し合わないと何も変わらないと思う」
「でも、」
「帰る。和多流くんも回収しないと。じゃぁね」
鞄を持って扉を開けると、軍司くんが袖を引いた。
泣きそうな顔のまま、ぎこちなく笑う。
「ありがとう、春日部」
呆れて少し笑ってしまう。
扉を閉めて、メインフロアに歩き出す。
まったくもう。
自分のことになると、いきなり不器用になるんだから。
本当は信じたいくせに。山田くんのこと、全部。
すんなり信じる事ができなくて、でも大好きだから、苦しかったんだろう。
本気で考えて欲しくて、こんな場を設けたんだ。
カウンター席に向かうと、和多流くんが突っ伏していた。
ママがニヤニヤしている。
「こいつ、なんかしたんだって?」
「え?うーん・・・」
「怒られたー、嫌われたーってうだうだうっさいから、ちゃんぽんさせたら潰れちゃったわ」
顔を覗き込むと、真っ赤に染まっていた。
目を閉じたまま、口元を動かしている。耳を寄せると、嫌だ、ごめん、を繰り返していた。
ちく、と罪悪感。
ふに、と耳をつまむと、うっすらと目が開いた。
「ぅう・・・ん、」
「和多流くん、帰ろ」
「・・・やら、」
わ、舌、回ってない。
ぎゅーっと心臓が鷲掴みにされる。
「おこってるから、」
「怒ってないよ」
「やら・・・こわいから、」
「・・・ごめんね。帰ろ」
「・・・かえんない・・・ゆるさないって、いった・・・」
ママがゲラゲラと笑った。受話器を取り、タクシーを呼んでくれる。
腕を取って肩にかけると、いきなりぐんっと起き上がって首に腕を絡めた。
勢いが良すぎてバランスを崩す。
「りょーくん・・・おれ、きみが、大好きだから・・・おこられると、しにたくなる・・・」
「えぇっ!?どうしてよ?」
「きらわれたくない・・・」
「嫌いなんて言ってないよ?」
「すきともいわない」
もー・・・。酔っ払うと、こんなふうになるんだ。知らなかった。
周りのお客さんがくすくすと笑っている。
恥ずかしくて和多流くんを引っ張り立たせ、外に出る。大きくて重みのある体をなんとか歩かせてタクシーに乗り込むと、ぐったりと倒れかかってきた。膝に頭を乗せて、首に手を添える。熱かった。
黙ってタクシーに揺られ、家に着く。
玄関に入ると、とうとう崩れ落ちた。
「和多流くん、」
「りょーくん・・・ゆるさないって、・・・」
「・・・だって、ひさくんとか、言うから・・・」
「いってないもん・・・」
「言ったよ!おれが他の男の下の名前呼ぶのは嫌がるのに、自分は平気で呼ぶんだもん!そりゃ、ムカつくでしょ!」
「・・・もう、しないから・・・すきって、いって・・・」
声が小さくなっていって、寝息に変わった。
もう、どうしよう、この状況・・・。
寝室まで引っ張って行けないので、自分の部屋に引っ張り入れる。
和多流くんの部屋から仮眠用の布団を持ってきてそこに寝かせ、シャワーを浴びてから隣に滑り込む。
明日起きたら、どんな顔をするんだろう。
********************
『付き合うことにした』
「えっ。おめでとう」
朝イチに電話がかかってきたので出てみると、軍司くんからの報告だった。
「山田くんとしっかり話せたんだね」
『ん。・・・まぁ、また、今度詳しく話すよ・・・今、隣で寝ててさ・・・』
「えー。展開早いなぁ」
『そ、そういう意味じゃなくて!藤一、馬鹿だからそこも教えないとなんだよ・・・』
これは先が思いやられるな。
でも、微笑ましいかも。
また今度詳しくね、と言ってから通話を終えると、唸り声を上げて和多流くんが起き上がった。
「ぐぅ・・・頭いてぇ・・・」
「おはよ」
「え・・・あ、おはよ・・・」
「覚えてる?」
「・・・うん。怒らせたのは、覚えてる。あの、おれなんかした?」
あ、後半は覚えてないんだ。
どんだけ飲まされたんだろ。
辛そうに枕に顔を押し付ける。耳を揉んでみると、とろりと目がとろけた。
「うー、気持ちいい・・・」
「・・・もう他の人のこと、名前で呼ばないでよ」
「・・・あー、それか・・・そっちだったかぁ・・・。ごめん。おれも同じことで怒ったくせにね・・・」
「おれのは盛大な勘違いだったけどね」
「無理やりついていったからかと思ってた・・・あー、そっちだったのか・・・。ごめんなさい。もうしません」
「・・・うん」
「嫌われたかと思って、・・・すげー落ち込んだ・・・。許さないって言われて、怖かったし・・・」
「自分でもびっくりした。あんなこと言うなんて」
「・・・好き?」
不安そうに見つめ、尋ねてくる。
耳をマッサージするとまた気持ちよさそうに目を細める。
「・・・大好きだよ。可愛い和多流くん」
「可愛くないよ」
「可愛いよ。だって耳触らせてくれるし、気持ちよさそう」
「・・・気持ちいいよ。涼くんが触ってくれるし。・・・あの、もう怒ってない?」
「うん。もう怒ってないよ。怒ってごめんね。今日仕事だから、帰ってきたら肉じゃが作ってあげるね」
「えー・・・うそぉ・・・嬉しい・・・」
「頭痛大丈夫そう?お水飲む?」
「飲む・・・。・・・キスして」
辛そうに言いながら、目を閉じる。
キスをすると、指が絡んだ。手を繋いでキスをする。
ピピピッと携帯が鳴った。
出勤しなきゃならない時間だ。
顔を離すと、名残惜しそうに手の甲を撫でられた。
「早く帰ってきて・・・」
「うん。お迎えはいいからね。着替えて行ってくるね」
さっと着替えて頭を撫でて、水を置いて部屋を出る。
いい天気だった。
大変だったけど、晴れてるから、いいや。
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