水色と恋

和栗

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「・・・アデルが、どうしても4人で遊びたいって、うるさいんだけど、1回だけ、付き合ってもらえないか・・・」
しばらく黙っていた真喜雄が緊張したように呟いた。
顔をしかめないようにしっかりと力を入れる。
年始に言ったあの言葉は冗談でも社交辞令でもなかったのか。
チラチラ僕を見て、申し訳なさそうに言う。
「ちょっとだけで、いいんだ。というか、ちょっとだけがいい。その・・・透吾と、おれは、2人がいいから・・・」
「・・・うん、いいよ」
「1時間とかで、別れてそれで、どっか別のとこ行こう」
「うん、いつ?」
「土曜の14時には部活終わるから・・・15時とか、」
「ん、分かった」
「・・・はぁ、疲れる・・・」
ギョッとした。思わず見つめると、深いため息をつく。
「アデル、うるさいんだ」
「あー・・・勘解由小路くんも来るんだよね?少しは大人しくなるんじゃないの?」
「・・・良人はほっとくタイプだから・・・」
うんざりした顔。真喜雄もこんな顔するんだなと思った。幼馴染だから仲はいいのだろうが、長時間一緒にいるのは大変なのかもしれない。
ちょっと不安だったけど、一度きりだろうしと、僕は甘くみていたのだ。


***************


「改めて、僕は皇アデルバード。ハーフなんだ。こっちは勘解由小路良人。幼馴染だよ」
「どーも」
目も合わさず、勘解由小路くんはメニューを見つめていた。ちらりと隣に座る真喜雄を見ると、同じように食い入るようにメニューを見つめていた。
今日も食べ放題で、メインのパスタを頼んでサラダバーを頼めばピザも食べ放題になると言う贅沢なお店だった。ピザは随時運ばれてくるらしいので「取りに行く時間が勿体無い気がする」と呟いた真喜雄からしたら理想のお店かもしれない。どうせ野菜は食べないし。
「決めた。とんかつ乗ってるやつ」
「・・・おれもそれ迷った」
「大人しくミートソース食っとけ」
「・・・水出は、どれ?」
「カルボナーラ・・・」
「・・・それも迷ってた・・・」
「とんかつ2切れやるからミートソースにしろ」
「カルボナーラも少し交換しようか」
「・・・うん。ありがとう」
「僕はねー、トマトクリーム」
「・・・いいな、それ」
「埒あかねぇ。アデル、少し分けてやれ。もう頼むからな」
勘解由小路くんはイライラしながらボタンを押した。
真喜雄は満足そうにメニューを戻す。
なんだか意外だった。ステーキの時はメニューも見ないで決めていたのに。
各々注文して一息つくと、勘解由小路くんが立ち上がってサラダバーへ向かった。相変わらず背が高い。
「水出っちは小中どこだった?西側だよね」
「水出っちは2度と呼ばないで欲しい」
「・・・えー、つまんないよ」
「返事しない」
「もー、なっちゃんもつまんないよね?」
「・・・別に」
「まぁいいや。で、どこだった?」
「・・・西、・・・ん?どこだっけ・・・」
「僕とよっちゃんとなっちゃんは東十小でー、東第一中学だったんだ。何度か同じクラスになったよね!」
「・・・ん」
あ、聞いてないなこれ。
皇くんの質問は止まらなかった。くだらない質問が多くて、履歴書でも代わりに書いてくれるのかなってくらい聞き出された。覚えてないことが多くてほとんど濁してしまったけど。
疲れていると、がちゃん、とお盆が置かれた。てんこ盛りになった野菜が4つと、グラスも4つ。ちゃかちゃかと僕らの前に置くと、眉間にしわを寄せたまま席に座る。
「野菜ちゃんと食え」
「よっちゃんはお母さんみたいだね」
「・・・あの、ありがとう」
「あぁ。おい、成瀬。お前ちゃんと食えよ」
「・・・んー」
うーん、多分、ここはヤキモチ妬くのが普通なのだろうに、どうしてだろう、彼相手だとなぜか「ありがとう」と思ってしまう。
真喜雄は少し躊躇したが、もそもそと野菜を食べ始めた。好き嫌いはしなさそうなのに、野菜は好んで食べないのが前から不思議だった。勘解由小路くんももちろん、皇くんも知ってるのだろう。幼馴染なのだから。
「んー、」
「成瀬くん?」
「・・・和風スープパスタも食べたい・・・」
「黙ってミートソース来るの待ってろ」
「なっちゃんは相変わらずだなー。ステーキ屋も牛丼屋もメニュー見ないで決められるのに、麺類だけは優柔不断だよね」
「・・・え、なんで?」
「知らない。うどん、そば、ラーメン、パスタはすごく時間かかるよ。聞いても自分でもわからないんだってさ」
「どうしようもねぇな」
「・・・全部美味しそう」
今度またここに来よう。
今日食べられなかったもの、食べさせたい。
気のないふりをして返事をし、野菜を食べる。ふと目線をあげると、勘解由小路くんが僕を見ていた。
首をかしげるとふいっと逸らされた。真喜雄と同じようにガツガツと口に押し込むように食べている。
そんな勘解由小路くんの隣に座る皇くんは、行儀よく野菜を食べていた。でもおしゃべりは止まらない。
メインのパスタが来る前に、僕はぐったりしてしまった。
やっとパスタがきて、真喜雄に少し分けてあげると嬉しそうに食べ始めた。本当は正面に座りたかった。美味しそうに食べる姿が見たい。
「おいしいねー」
「・・・アデルも、良人も、水出も、ありがとう。全部うまい」
「あ、もっと食べたかったら言ってね・・・」
「あまり甘やかさない方がいいぞ」
「よっちゃんが一番甘やかしてるよ」
「はぁ?」
「僕のことなんてさー、ちっとも甘やかしてくれないのにさ!」
「お前何言ってんだ?一番甘やかしてんだろ!?今日ここに来るのだって十分な甘やかしだ!成瀬のは甘やかしじゃない、ただの世話だ!」
「ありがとう良人」
「ありがとうじゃねぇ!お前はもっとしっかりしろ!」
「水出も、ありがとう」
「え、あ?うん・・・?」
なんか、この輪の中にいると真喜雄のテンポがさらに掴みにくい。
勘解由小路くんのボルテージが上がってしまい収拾がつかない。皇くんに説教して、真喜雄にツッコミを入れている。
3人だといつでもこうなのだろうか。
「あ、ところで水出くん」
突然皇くんが僕を見て笑った。
「2人っていつから付き合ってるの?」
・・・はぁ?
ブバッと何かが噴き出す音がした。体が止まる。皇くんから目が離せない。
「・・・ぅ、顔がびしょびしょ・・・」
「て、てめ、アデル、おま、」
真喜雄を見る。確かに顔は濡れていた。慌ててハンカチを差し出すとぐしぐしと顔を拭いた。
勘解由小路くんは口からぼたぼたとお茶をこぼしている。目を大きくしてわなわなと震えて、フォークを握りしめていた。
「なっちゃん、僕の話聞いてた?」
「・・・いきなりお茶が飛んできて、忘れた・・・」
「だから、いつから付き合ってるのって」
「んー・・・え?なんでそんなこと、聞いてくんの・・・アデル面倒臭い・・・」
えぇ!?
心底面倒臭そうに、真喜雄はまたパスタをすすった。
勘解由小路くんだけが目頭を押さえてため息をつく。僕もそうしたい。
「気になるんだもん。なっちゃんがまさか誰かと付き合うなんて思わなかったし」
「水出がびっくりしてるから、また今度・・・」
「だーかーら!水出くんとなっちゃんが付き合ってるんでしょ?だから質問したの!」
「黙ってろアデル!水出、ごめん。不躾だしなんつーか失礼な、ことを・・・」
「あ、ん・・・全然・・・」
手は動かないまま、じっとパスタを見つめた。
真喜雄がどう出るか分からない。何も言わないのが一番いいのだろうけど、不自然だ。でも否定すれば真喜雄のことも否定してしまう気がしたし、何より、付き合ってないよと言いたくなかった。
嘘でも、誤魔化しでも、言いたくなかった。
「お前、すぐになんでも言葉にするな。まだ会って2回目なのに失礼すぎる。馴れ馴れしいのも程々にしろ」
「だって内緒にされるの嫌だもん」
「あのなぁ!」
「アデル、お前さぁ」
真喜雄が低く名前を呼んだ。お前、なんて乱暴な言い方も初めて聞いた。
ジッと皇くんを睨んでいる。勘解由小路くんも、皇くんも、少し驚いたように真喜雄を見た。
「お前だって、・・・お前らだって、おれに黙ってること、あるだろ」
「え、」
「成瀬?」
「・・・成瀬くん、何を」
「おれ、知ってるんだからな。いちいち言わないけど、内緒は嫌だって言うなら、お前らだって内緒にするなよ」
何を知ってるのか分からなかった。でも真喜雄は怒ってる。すごく、怒りで燃えている。僕に向けた怒りとは全く別物で、酷く感情的だった。
ガチャン、と乱暴にフォークを置くと、お財布からお金を出してテーブルに叩きつけて歩いて行った。
慌てて追いかける。とっくに走り出した姿は、遠く離れていく。
足の速さに追いつけなかった。僕は、長距離が苦手だ。
「待って、まき、・・・!」
どんどん背中が遠くなっていく。声も届かない。息が切れてしまい、ぜーぜーと喉を鳴らして膝をつく。
全く意味がわからない。なぜ皇くんがあんなことを聞いてきたのか、真喜雄が怒ったのか、3人が今まで築いてきた関係が理解できないから、分からない。寂しいと思った。
きっと追いついたとしても真喜雄の怒りを理解して包むこともできないし、同調して一緒に怒ることもできない。
「真喜雄、待って・・・置いていかないで・・・」
汗が落ちた。
体が少し冷えた。


**************


結局真喜雄と会うことはなく、そのまま家に帰ってきてしまった。
何度も電話をしたし、メールだって送ったのに、何も返事はない。
心配だった。1人で、泣いてるんじゃないかって思った。
感情的になって飛び出したのだ。事故にあってないか、トラブルに巻き込まれてないか、すごく、心配で不安だって。
家まで行ってみようかと迷っていると、こつ、と窓から音がした。
カーテンを開けると外に真喜雄がいた。コートを引っ掴んで外に飛び出す。さっきと同じ服装のまま、俯いて立っていた。
「・・・さっきごめん。透吾・・・」
「いいんだ。無事でよかった。あの、部屋入る?それとも、」
「林間学校で、見たの、覚えてるか?」
鼻も、耳も寒さで真っ赤にしたまま、悲しい顔をして口を開いた。
見たのって・・・。
川原で歩いたことを思い出した。
あ、と微かに呟くと、顔を歪めた。
「・・・え?あれってもしかして、」
「・・・おれは、透吾とのことを内緒にしてない。ただ、おれと透吾2人だけが、知っていればいいと、思った。なのに、あんなこと言われて・・・ごめん、嫌な思い、させた・・・」
「僕は何も嫌な思いしてない。違うよ真喜雄。嫌な思いして傷ついたのは君だ。自分の悲しい気持ち、否定しちゃダメだよ。大丈夫だ。僕は大丈夫だよ。・・・部屋に行こう。寒いでしょ?お腹空いてない?」
「・・・今は、行けない。多分透吾にみっともないとこ見せちゃうから・・・でも、その、話はしたい・・・ごめん、」
「・・・じゃぁ、公園行ってココアでも飲もうか」
手を握る。いつも暖かな指先が固くて、冷たかった。
この寒さじゃ公園には誰もいなくて、ポツンとベンチに腰掛けた。ココアを美味しそうに飲み、一息つく。
「・・・林間学校の時に見た時、2人には何も言わなかったんだ?」
「ん・・・。良人とアデルだって、すぐ分かった・・・でも、2人なら言ってくれるって思ってたし・・・今日、その話したくて呼んだのかなって思ってたら、あんな言い方するから・・・腹が立って、」
「それは、傷つくね」
「・・・透吾に、話そうと思ったんだ。でも確信がないし、ベラベラ話すのも違うなって。話されても透吾、困るだろうなって」
「困るというか、うーん、」
「透吾がよければ、おれはあの2人には、透吾とのこと話したいなと思ってた。もちろん透吾がよければだから、無理なこと言いたくないんだ。でも、今はもう絶対話してやりたくない。おれに黙ってたくせに、聞きたがるのは違う」
ベコ、とスチール缶がへこんだ。
手を重ねるとギュッと握られた。
「・・・部活で気まずくならない?」
「へーき。割り切ってる。それとこれとは別だし」
「・・・あの2人は付き合ってるのかな。雰囲気が、兄弟みたいだったけど」
「・・・知りたくない」
「・・・悲しかったね。僕が同じ立場だったらきっともっと怒っていたと思う」
「・・・おれも、好きな人がいるとかそういう話しなかったけど、でも、」
「それこそ、違う話だよ」
顎をそっと支えて唇を押し付ける。
冷たい唇を温めたかった。何度も舐めて押し付けて、そっと舌を絡めた。
興奮はしなかった。ただただ、悲しさや寂しさを奪い去っていきたくて、ひたすらキスをした。
顔を離すと、街灯に照らされて光る唇が、赤みを取り戻しているのが分かった。
「・・・透吾、コーヒーの味がした」
「え?うん、今飲んでたから・・・」
「・・・ははっ、大人のキスだ」
笑った顔に、ホッとした。
クスクス笑って、頰を寄せる。あぁ、暖かい。安心した。


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