水色と恋

和栗

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想う

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「透吾、日曜休みになった」
珍しく後から来た真喜雄を倉庫前で待っていると、大きな袋をガサガサさせながら走ってきた。
鍵を開けながら忙しなく腕を引き、後ろ手で鍵を閉めて抱きついてくる。
「夏休み以来だ」
「よかったね」
よっぽど嬉しいのだろう。はしゃぎっぷりが異常だった。
「どこ行こうかな。また映画行く?」
「え?久々の休みなんだよね」
「うん」
「家でゆっくりしないと」
「え?何で?」
「だって体休めないと」
「普段も休めてるけど」
「普段以上にだよ」
「じゃぁ、午後から、」
「だから」
強めに言うと、眉を寄せた。
せっかくの休みなのだ。僕のことなんて気にしないでゆっくり休んでほしかった。午前中は目が溶けるほど寝て、だらだらベッドの中で過ごして、好きな時間に美味しいものを食べてほしかった。これは僕なりのだらけ方だけど。
「・・・嘘つき」
「何が?」
「だって1日休みになったら遊ぶって言った」
「急な休みってことは、コーチや監督が、みんなが体を酷使しすぎだから休めないととストップをかけたかったって事じゃないの?」
「それもそうだと思うけど、おれは普段と変わらないから」
「変わらないからって、休めなくていい理由にはならないよ」
眉のシワが深くなる。僕から手を離し、ぎっと睨みつけてきた。怯んでなんか、いられない。
「僕は、僕なんかのことなんて考えてないで休んでほしい。足かせにも重荷にもなりたくないから」
「・・・」
「真喜雄、君はスポーツマンなんだよ?体を大事にしないと、」
「おれは、透吾のことなんて考えてない。透吾のバカヤロー」
早口でそう言うと、倉庫から飛び出していった。
どうしたらいいか分からず、立ち尽くす。僕は何か間違ったことを言っただろうか。
体調が心配だっただけなのに。
そこに居られなくて倉庫から出て、教室へ戻る。真喜雄はいなかった。

***************


翌日の昼食は別々だった。倉庫に行く気になれなかったし、何をそんなに怒ることだったのか分からない。そりゃ僕だって出かけたりはしたいけど、夏休みが明けてから平日も土日もずっと練習だった真喜雄を休ませたかった。
それしか頭になかった。
謝ろうと思ったが、何が悪いのか分からないのに謝ったって、薄っぺらい言葉にしかならない。時が解決してくれるのを待つしかなかった。
結局日曜日、僕は部屋に閉じこもっていた。何度か携帯を手に取ったが、連絡することができなかった。もしかしたら寝ているかもしれないし、のんびり過ごしているかもしれない。
外に出て本屋に向かう。空が高かった。暦では秋のはずなのに、まだまだ暑い。本屋で真っ先にスポーツのコーナーに向かった。僕はサッカーのことに関しては無知なので、必死に頭に叩き込んだ。まぁ、ポロポロとこぼれ落ちたものもあったけど。随分と時間が経っていたようで、気づいた頃には日が傾いて夕日が眩しかった。店員がチラチラとこちらを見ている。後数ページ残った本をレジに持って行き、会計を済ませて店を出る。
もう今日が終わってしまうのかと思ったら、無性に顔が見たくなった。今からなら、少しくらい会ってもいいんじゃなかろうかと都合のいい考え。でも、真喜雄の家を知らない僕は、成すすべもなかった。携帯を引っ張り出す。そっとディスプレイを叩き、耳に当ててコール音を聞いた。
10回で切ろう、そう思って数を数えていたら、9回目で繋がった。
「あ、もしもし。真喜雄?」
『ん、はい・・・』
ぜーぜーと呼吸が荒かった。大丈夫?と聞くと、うん、と短い返事。
「・・・都合のいいこと言ってるのは分かってるんだけど、30分でもいいから時間をもらえないかな」
『はぁ、はぁ・・・なんで?』
「会いたい」
『・・・今日は透吾のせいで、ずっとモヤモヤしてた』
チクリと胸が痛む。黙りこくると、はぁ、とため息をつかれた。
あ、これはダメかもしれないと思った時、バカヤロー、と小さく言われた。
「ごめん、都合良すぎた」
『足りるのかよ』
「え?」
『30分で、足りるのか』
ブワッと鳥肌がたった。抱きしめたい。キスがしたい。強く強く、そう思った。縋り付くように答える。
「ごめん、足りない。なんだってするから、会いに行きたい」
『・・・うん』
「今どこにいるの?」
『透吾は?』
「駅の本屋」
『・・・10分で来れたら会ってやる』
挑戦的な言葉に、絶対に行くと答える。
通話を終えると、すぐに地図が届いた。駆け出した。スニーカーを履いていて良かった。陸上、やってて良かった。まぁ、僕は短距離の選手だったけど。
公園の入り口にくると、真喜雄がボールを足で操っているところだった。ボールは命を吹き込まれたように足の上で楽しげに跳ねている。耳からはイヤホンが伸びていた。僕を見ると、ボールをこちらに蹴ってきた。ぜーぜーと息を切らしながら胸で受け止めて蹴り返す。同じように胸で受け止め、ボールを手に取った。
時計を見る。9分30秒。ギリギリだ。
「透吾のバカヤロー」
「うん、」
「自分のこと、なんか、なんて、言うな。バカ」
「ごめっ、」
「運動不足だ」
「そう、だね、」
アスファルトの上に座り込み、必死に息を整える。喉の音がうるさい。
ペットボトルが差し出された。むっとした真喜雄の顔。なんだか嬉しくて、お礼を言って受け取って、一気に飲み干した。


***************


ベンチに移ってぐったりする。
疲れた。
真喜雄はもぐもぐと口を動かしていた。汗が滴り落ちている。
黙ったまま時間が過ぎていくけど、一緒に居られるだけで嬉しかった。
濃いオレンジが濃い青に飲み込まれて夜になっていく。
「ずっとここにいたの?」
「午後は、ここ」
「そっか・・・」
「昼まで家で筋トレしてたけど、うるさいって言われて追い出された」
「誰に」
「姉貴」
ビスケットを差し出された。受け取って口に入れる。ほんのり甘くて美味しかった。
「・・・ゆっくり休めた?」
「透吾のせいで休めなかった」
「・・・僕は君にゆっくり体を休めて欲しかったんだよ。だから、」
「休むなんていつでもできる。でも透吾との時間は限られてる」
「そんなことないよ。僕とだっていつだって、」
「透吾といたかった。透吾と一緒に居たかったんだ」
強烈に求められて、胸が苦しくなる。
言葉に詰まっていると、また沈黙の時間が流れた。もう、日が落ちた。暗くなり街灯がつく。白く浮き上がる僕たちは、初めて喧嘩をしている。お互いに譲れないものがあるのだ。ビスケットのかけらが歯に詰まる。噛んでも噛んでも、なくならなかった。
「・・・おればっかり、透吾が好きなんだ」
顔を背けた真喜雄が小さく呟いた。カチンときてしまう。
「君、何言ってるの?流石に怒るよ」
「怒ってるのはおれだ」
「僕の気持ちくらい、考えてくれよ」
「・・・」
「真喜雄」
「おれは、スポーツマンかも、しれないけど・・・でも、・・・なんだよ、なんで、・・・。好きとか、付き合うとか、こんなに、難しいのか・・・」
それは同感だった。不器用な僕は余計にそう思うことが多かった。
人の気持ちがわからないわけではない。ただ、彼を前にすると自分の感情や考えが優先されてしまう。それがいけないのだということは分かっているはずなのに、どうしようもできない。
「・・・簡単じゃないから、付き合って、別れて、また好きになって、くっついたり、突き放したり、抱き寄せたりするんだと思うよ」
「・・・ん、」
「・・・僕の考えばかり押し付けて、ごめん」
「・・・おれは、透吾の、なんなんだ・・」
思わず手が伸びた。肩を抱き寄せて力を込める。
なんてことを言わせたんだろう。情けなくてたまらなかった。
彼は紛れもなく僕の好きな人だ。僕の大事な人だ。
そうか。そういうことだったのか。
理解した途端、胸が苦しくて張り裂けそうだった。
「君が怒ってる理由がやっと分かった。ごめん」
「・・・」
「君はスポーツマンだけど、でも、君は僕の恋人だ。それで、僕は君の恋人だ。恋人の誘いを、スポーツを理由にして遠ざけてごめん。僕のことを好きでいてくれる君に、自分のことなんかなんて、否定的な言い方をしてごめん」
「・・・恋人、」
「うん、僕はそう思ってる」
「・・・んふっ、」
予想外の笑い方に少し驚いた。
顔を見ると、ニヤニヤしていた。自然と唇を押し付けた。
離すとき、ちゅ、と小さな水音がした。額を合わせて見つめ合う。こんなことをするなんて、夢にも思わなかった。ひどく、むず痒い。
「・・・透吾が、おれのこと考えて言ってくれてるの、分かってたけど・・・うんって、素直に言えなかった。おれは透吾といたかった。場所なんかどこだってよかったし、何をしていてもよかった。2人で、居たかった」
「僕に甘えてくれたのに、突き放すようなことを言ってしまってごめん」
目をそらされる。恥ずかしそうに目を伏せると、そのままそっと瞼を下ろして優しく唇を重ねてくれた。
「次の休みは、一緒にいよう。絶対、約束」
「うん、約束」
「僕の部屋にしよう。ゆっくりできるから」
「ん。一緒にだらだらしよ」
「言っておくけど、僕のだらけ方見たらびっくりするよ」
「そんなにすごいのか。楽しみだ」
クスクス笑って、もう一度キスをして立ち上がる。まだ帰りたくなかった。そう思っていたら手を握られた。
「公園、1周しよう」
「え。結構広いけど、君疲れてないの?大丈夫?」
「全然余裕」
嬉しかった。手を握り返して、公園を歩く。結局3周した。それでも足りないくらいだった。
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