水色と恋

和栗

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「そういえば、後輩くんに悪いことした」
「あー・・・うん、あの後ジュース買っておいたから大丈夫」
お盆は部活が休みだというので、映画に行こうという話になった。
よく考えたら連絡先を交換してないことに気づいて、河川敷を歩いて帰る最中に交換した。
まだ、彼に返事はしてなかった。
彼の気持ちに生半可に答えてはいけないと思った。
しっかり答えないと失礼だ。
「面白い映画だった。普段観ないからスクリーンに感動した」
確かに、反応が面白かった。
キョロキョロ辺りを見渡してシートに座り、ポップコーンを遠慮しながら食べ、目を輝かせてスクリーンに魅入っていた。
大きな音が出れば体を跳ねさせ、感動シーンになれば鼻をすすっていた。
素直な反応が、可愛いと思えた。
同い年の男に何を思っているのだろうか。
「どうする?どこか行きたいところとかある?スポーツショップとか見に行く?」
「うーん、今日はいい。透吾は普段何してるの」
「んんっ、・・・本屋巡りとか、かな」
「小説読んでるよな、いつも」
「うん。真喜雄くんは読まないの?」
「サッカーの雑誌とかしか読まないかも・・・。あの、さ、」
顔を上げると、真喜雄くんもこちらを見ていた。太く硬い指で鼻の下を擦ると、ベンチから立ち上がった。
あとを追うと、かりかりと頭をかきながら、チラリとこちらを見た。
「そろそろ、呼び捨てとかでいいんじゃないか」
「・・・うーん、難しい」
「・・・まあ、おれも最初緊張したけどさ・・・」
「してたんだ。なんだかとても自然で、本当に何も気づかなかったよ」
「顔に出ないからなぁ、おれ・・・。透吾もだけど」
「そう?結構顔に出す方だけど」
「透吾が出すのは人を遠ざける笑顔だけ」
ふっと、笑った顔が、柔らかくて胸が苦しくなった。
どうして苦しくなるのだろうか。
「真喜雄には見せたことないと思うけど」
名前を呼ぶと、真喜雄は目を見開いた。
少し照れくさい。
サッカー部のエースと大勢の中の1人の僕が対等になった瞬間だった。
「あれ?成瀬じゃん!」
後ろから声がかけられた。真喜雄が振り返る。あぁ、と相変わらずの無表情で答えると、小さく、ごめんと僕に呟いて近づいていった。どうやら部活の仲間のようだ。
ガードレールに腰掛けてぼんやりとやりとりを見つめる。
声をかけてきた男子は1年の頃同じクラスだったような気がする。名前は忘れた。
ちらりと僕を見て、また視線を真喜雄に戻す。あいつ誰?とか聞いてるんだろうな。
なかなか戻ってこないことに、少しイラついた。イラついたことに驚いて、くしゃくしゃと髪をとく。
今のは多分、嫉妬だ。
おもちゃを取られた気分と似ている。それよりももう少し深いものだけど。
真喜雄はチラチラとこちらを確認しながら、相槌を打っていた。話の長い人なのだ。真面目に話を聞いて時折口を開くが、横顔には疲れが見え始めていた。
助けようにも、僕は術を知らない。声をかければいいのだろうが、なるべくならあの男子にこれ以上印象を与えたくない。だから、こっそり携帯を鳴らした。
真喜雄はポケットを漁ると、少し目を開いて、電話かかってきたから、とその場を離れた。耳に当て、ゆっくり近づいてくる。男子はつまらなさそうに別方向へと歩いていった。
「助かった、ありがとう」
「あまり長話って得意じゃないの?」
「うん・・・聞くのはいいんだけど、答えを求められるのは苦手だ。おれ、言葉とか知らないから、答えるのに時間がかかる」
「彼は言葉のキャッチボールが好きそうな人だったもんね」
「・・・透吾は、急かさないから、平気なんだけどな・・・」
真喜雄の顔が真っ赤に染まる。耳まで赤い。
並んで歩き出すと、とんっと手がぶつかった。
熱かった。
「僕、行きたいところがあるんだけど・・・」
声をかけると、嬉しそうな顔になった。黙って頷き、先に飯食べる?と聞いてきたが、首を横に振ってそっと、路地へ入った。

*****************

「・・・流石に、ここは・・」
真喜雄がたじろいだ。
ホテルの目の前に男が2人立っているのは非常に目立つので、無理やり手を引いて中に入る。システムは知らなかった。1番安い部屋のボタンを押してみると、鍵が出てきた。廊下の1番奥の扉にあるランプが光っている。
ぎゅっと手を握って廊下を進み、部屋に入る。とても狭く、ソファとテレビ、大きなベッドでぎゅうぎゅうになってしまう部屋だった。ベッドに座らせ、隣に腰掛ける。
「・・・あの、透吾、」
「この間倉庫でしたこと、今度は僕がしたい」
「えっ!?」
「ダメかな。あれ以来、僕はオナニー するとき君の姿がチラつくんだ」
「・・・」
俯いてしまった。強引だっただろうか。でも、映画館で見た可愛らしい姿や、同級生の元へ行ってしまったことが起爆剤になってしまった。無意識だからタチが悪いと思うほどに。
何も言わない彼に不安になり、そっと様子を伺うと、鼻を擦っていた。前髪のせいで顔が見えなかった。
怖がらせただろうか。まさか、もうそういう感情はとっくに消えて、普通の友達として接していたのだろうか。それなら悪いことをしてしまった。嫌われてしまうかもしれない。
「真喜雄、」
「ごめん、・・・嬉しい、」
真喜雄が顔をあげ、恥ずかしそうにはにかんだ。
それを見てどっと力が抜け、パタリと倒れてしまった。
「透吾?」
「・・・真喜雄、ズルイよ」
「え・・・。透吾?」
「・・・嫌われたかと思ったよ」
「きらい?どうして」
「だって、驚いてたし、俯いて何も言わないし」
「・・・まさか、透吾がこんなとこ引っ張ってくるとは思わなかったし、自分がしたいなんて言うとも・・・。あと、おれ、フラれたんだと思ってたから・・・」
「・・・え?どうして。僕は、待って欲しいって言ったはずだけど・・・」
「なんか、普通の友達として、過ごすことに決めて、今日、誘ってくれたのかなって思ってた・・・。透吾、普通だったから・・・」
僕が先ほど思ったことと同じことを、真喜雄も思っていたようだった。
指を絡め、ぐっと引き寄せる。流石に体幹がしっかりしているだけあって、倒れこんではこなかったが、よろけたところを強引にもう片方の手で引き寄せた。
ホカホカと火照る体は、普通に男の匂いがして、それはきっと僕も変わらなくて、骨ばった手も身体も、女子のそれとはまるで異なるものかもしれないけれど(触ったことがないから全く知らないし)、とても、気持ちよかった。
この間河川敷で抱きしめた時とは違う想いが、今、僕の中で暴れている。
「君、自己完結する癖あるでしょ」
「あ、そうかもしれない。監督にも言われたことがある」
「相手がいるときは、相手に失礼だから、控えたほうがいいよ」
「・・・うん。・・・透吾のそういうところ、本当に救われる。ありがとう」
「よくそうやって言ってくれるけど、どういうところ?」
「ん、・・・否定しないところ」
「それだけ?」
「それで十分だろ?」
顔を覗き込むと、目に薄く涙の膜を貼る真喜雄と目があった。優しく笑い、唇の動きだけで、好きだよと、言われた。
短く刈り込んだ襟足を撫でて、もう一度抱きしめる。
「・・・僕は真喜雄のこと、恋愛の好きとして見ているかわからない。でも、人としては大好きだ。あと、可愛いと、思う。同い年の同性に可愛いって、思うんだよ」
胸が苦しかった。伝えたいことは、もう出てこなかった。僕の出した答えは、真喜雄にとっての答えになっただろうか。
何も言わないことに不安になり肩を掴んで引き離すと、目をまん丸にして眉を下げた顔があった。驚きすぎて口が開いてしまう。それと同時に、余りにも可愛く見えて、勃起した。窮屈だ。
「真喜雄・・・?」
「・・・か、可愛いって、思った時点で、・・・その人に惚れてるって、ことだって・・・姉貴が言ってた・・・」
「待って、君、僕のことお姉さんに相談したの?お姉さんがいることさえ知らなかったよ」
「おれ、同性に対して可愛いなんて思ったの初めてで、1人じゃどうしようもなくて、つい、相談したら・・・そういうことだって言われて・・・!まさか、透吾もそんなこと言うなんて思わなくて、今、」
「・・・じゃぁ、僕もそうなのかな。僕も初めてだ。そもそも人に対して感情を抱いたことが初めてかもしれない。今の真喜雄の表情を見て、勃起したよ」
「・・・おれも、可愛いって言われて、勃起した・・・変だよな、嬉しいなんて、」
「変じゃないよ。嬉しいよ。僕のこと本当に好きなんだなって実感する」
「・・・とう、」
涙が落ちそうな瞳を見ていることができなくて、かぶりつくようにキスをする。ガチッと歯が当たった。痛かったけど、なんでもないふりをして目を閉じた。



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