群青色の約束

和栗

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pinkie5

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「これもらったけど、お前行ってくれば?」
親父がタバコを吸いながら差し出してきたのは、遊園地のチケットだった。
職場の若い奴にあげれば、と言ったら、全員に断られたそうだ。
理由は、子供がまだ小さすぎて連れて行けないとか、彼女と別れたばっかりとか、そんなとこ。
おれも貰ったところで、と思ったけど、そういやホワイトデーのこと考えてなかったなと思い直して受け取った。
なぜか4枚。
「・・・こんなにいらねぇよ」
「誰かにあげたら。ほら、蓮二とか。彼女いるんだろ?」
「知らねーよ」
「ふーん。とりあえず、飯食うぞ」
チケットを机に置いて下へ降りる。
さて。誰にやるかな。

************

「いや、いらん」
翌朝、山田と駅で会ったのでチケットの話をすると、即座に断られた。
意外だった。
宮田と行きたがると思ったけど。
学校へ向かいながら、山田は顔をしかめる。
「ジェットコースターは好きなんだけどさ」
「あぁ。だろうな」
「回るのとか、高いのとか、無理」
「・・・ジェットコースターは回るし高いだろ」
「あれ一瞬じゃん。コーヒーカップは吐くし、観覧車はのろくさいくせに高いところ上っていくから楽しくないし」
「別に、乗らなきゃいいだろ」
「佑が好きなんだよ。ついでにお化け屋敷もな!」
なるほど。
笑うのを堪えながら、じゃぁ誰かに渡しといてと押し付けると、少し悩んでから受け取った。
当てがあるのだろうか。
「成瀬にやるわ」
「は?成瀬?」
「うん。いい雰囲気の子がいるんだと」
あー。水出のことかな。
いい雰囲気っつーか、もう付き合ってんだろ。誰も気付いてないけど。
なんでもいいけどチケットが手から離れたので、多分もう部活の準備を始めているであろう和知を気兼ねなく誘うことにした。
朝練が終わり授業を受けて昼になったので、屋上へ向かう。
和知がポツリと座っていた。おれが来たのを見ると、途端に笑顔になる。マジで犬だ。
「先輩、あの、お弁当・・・朝渡せなくてすみませんでした」
「いや、別に。あのさ、これやるよ」
チケットを差し出すと、クリクリの目をさらに大きくした。勢いよく受け取り、まじまじと見つめる。
「ゆ、遊園地!!」
「行くか?」
「行きます!いつですか!?」
「ホワイトデー、これでいいか?」
「ホ、ホ、ホワイトデー・・・!いいんですか・・・?!僕たいしたもの、」
「まぁチケットも貰い物だけどな。飯は奢るから」
「おおおおお弁当!持っていきます!」
「いいって。手ぶらでこいよ」
クシャクシャと頭を撫でる。
和知は顔を真っ赤にしてニヤニヤした。
嬉しそうにチケットを見つめる。そんなに嬉しいもんかね。


*****************


休日の練習の後、一度家に帰って駅で合流した。
目を輝かせて、和知はうきうきと電車に乗り込む。
何年ぶりだろうか。小学生以来じゃないかな。
母親と行った記憶も、親父と行った記憶もないから、多分山田とか、ばーちゃんと行ったんだろうな。
親父方のばーちゃんはえらいアクティブで、1人でも海外旅行に行くような人だった。
その海外旅行先で運命的な出会いをしたとかで、彼氏と暮らしてる。
定期的に手紙とプレゼントが送られてくるけど、相変わらずな人だった。
まぁ、じーちゃんが若くして死んで、落ち込みに落ち込んでいた頃よりマシだ。
「先輩?」
「んぁ?」
「あ、えと、絶叫マシン好きですかって、聞いたんですけど・・・」
「・・・あー。あんまり乗ったことねぇけど」
「そうなんですか?あの、僕乗ったことないから、乗ってみたいんです」
「ん」
遊園地に着くと、子供みたいに走り始めた。入園すればパンフレットを持ってキョロキョロし始める。
懐かしいな。
「何、乗りますか?」
「絶叫マシンじゃねぇの」
「じゃぁ、あれがいいです!」
一番でかいコースターを指さした。
並んで乗ってみると、意外にも和知はビビることなくはしゃいでいた。
へー、意外。
「た、たのしいです!すごいです!」
「ん。よかったな」
「僕、遊園地ってあまり来たことなくて!あの、あれとか、食べてみたいんです!」
あれ、を見る。
チュロスだった。
買ってやると幸せそうな顔になる。ベンチに座ると、あっという間に平らげた。
「次何乗りますか?」
「とりあえずジェットコースターとか制覇するか」
「はい!・・・あの、あれも、」
細い指でさしたものは、観覧車だった。
伺うようにチラチラとおれを見るので、嫌だと言ってみた。しゅんとした顔に吹き出して、小さな頭に、おれの帽子を無理やりかぶせる。
「嘘だよ。乗るよ」
「ほ、本当ですか!」
手を引っ張って立たせる。
子供みたいに顔いっぱいに笑って、ついてきた。


*****************


「わー、街が一望できますね」
「うん。・・・またあとで、ゴーストシップ乗りてぇなぁ」
「・・・う、あ、」
「ふっ、ビビリめ」
さっき和知とゴーストシップなるものに乗ったら、半ベソになった。
お化け屋敷に無理やり入ったらしがみついて離れなくなり、腰を抜かした。
ホラーは苦手らしい。おかしくてたまらなくて、必死に笑いを堪えた。
「・・・い、行きたい、なら、頑張ります・・・!」
「嘘だよ」
「・・・からかわないでください・・・」
「・・・楽しかったか?」
「え?・・・はい!すごく!」
「そうか」
「僕、親と来たことなくて。なんか、気付いた時にはもう両親の仲、良くなくて・・・。お父さんとはよく出かけたけど、遊園地とかじゃなくて映画とか、博物館が多かったんです」
「ふぅん・・・。おれも大差ないけど・・・なんつーか、おれんとこもお前んとこも、親がバカだよな」
「え・・・」
「子供ほったらかしたり捨てたり・・・。子供が苦労してさ。まぁおれはそこまでじゃねぇけどさ。ばーちゃんもいたし」
「・・・僕も、お父さんがいたから・・・今は、その、付かず離れずって言いますか・・・その方が気楽というか・・・。あと、先輩がいます」
「傷の舐め合いみたいだけどな」
あ、やべ。
言わなくていいことがつい口から出た。
なんで今言っちまうかな。
泣くかな。
和知を見ると、柔らかく笑っていた。
「舐め合いでもいいんじゃないですか?」
「・・・」
「お互いに足りないものがあって、それを誰かが持ってて、補おうとしたり力を借りようとするのは、悪いことじゃないし・・・。傷ついたら慰めてもいたいって思うのは、悪いことじゃないと思います。・・・あの、僕に、頼って、もらえるなら・・・こんなに嬉しいこと、ないです・・・」
「・・・そうか」
「僕は、先輩に頼りっぱなしですごく頼りないかもしれないけど・・・」
「んなこと、ねぇよ」
小さな顔を掴んで無理やり唇を塞いだ。
覆いかぶさるように、抑え込んだ。
もうすぐてっぺんだけど、構うものか。
「せんぱっ、」
「降りたら帰るぞ」
「え、」
「おれんちこい」
「・・・は、はい、」
「抱きつぶしてぇ」
素直に口にすると、和知はブルッと体を震わせた。
じわじわと顔が赤くなる。
観覧車は天辺に来た。前後のカップルが幸せそうに寄り添っているのが見える。
視界から消えた頃、和知の手を引いて膝に乗せた。少しいたずらして、観覧車から降りて、駅に向かった。
和知の熱った顔を隠すために帽子を深く被せる。
混み合った電車の中で手を握ると、細く小さな手が必死に握り返してきた。



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