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イエロー・ハッピー3
しおりを挟む「佑、あのさ、ちっと真面目な話、していい?」
学校の帰り、蓮ちゃんの部活が終わってからわざわざ僕の家の方まで来てくれた。
ファミレスで僕はお茶を飲みながら、蓮ちゃんはハンバーグとピザを食べながら話をしていた。
急に黙り込んだと思ったら、真面目な話がしたいというので、場所を変えたほうがいいのかなと思ってグラスを置くと、ぐっと身を乗り出してきた。
ソースが口の端についている。
「おれとさ、佑、もう付き合ってるわけじゃん」
「・・・あ、は、はい、うん・・・!あの、ここ、人いるから・・・」
「客少ないから平気だろ」
「ここ僕の家の近所だよ!」
「・・・じゃぁ、外行くから、待ってて」
がつがつと無言で食べすすめ、食べ終わると伝票を奪い取る形で席を立った。慌てて追いかける。
外に出て蓮ちゃんは自転車を押しながら、僕は杖をつきながら冷たい空気の中を歩く。
きょろきょろしながら話せる場所を探していると、勝手にマンションに併設されている広場へ入っていった。大丈夫かな。怒られないかな。
マンションを背にするようにベンチに腰掛け、顔を覗き込む。エナメルバッグを足元に置いて、ふう、と息を吐いた。
「佑」
「あ、はい」
「・・・おれはさ、佑、大好きなんだけどさ・・・」
「僕も!蓮ちゃん、大好きだよ!」
ほわっと心が温かくなる。柔らかい笑顔がこちらを向いた。
日に日に好きが強くなる。どうしてかな、不思議だけど、恋ってこういうものなのかな。
そっと大きな手に自分の手を添える。小さい手だなって、ちょっと恥ずかしくなった。僕は全体的に小さい。足も、手も、身長だって。力もないし、女子からは男として見られないってよく言われるし。
もちろんバカにしているわけでもなくて、からかってるわけでもないことは分かるんだけど・・・やっぱり、自分も男だから、そう見てほしいなって思うことはたくさんあるのだ。
蓮ちゃんはそんな僕を対等に見てくれるから、安心する。
荷物を持つのを断れば引いてくれるし、逆に大きなエナメルバッグを持たせようとして笑ったり、一緒に筋トレしようと言って10キロのダンベルを持たせてくれることもあるし、服を見ながらこれが似合うんじゃないかってかっこいいのを見せてくれる。
僕は、そんな蓮ちゃんが大好きで、すごく感謝している。
「・・はは、嬉しい」
「僕も・・・。つ、付き合うって、何したらいいか分からないけど・・・!僕、彼女とかいたことなかったし・・・蓮ちゃんはいたことあるんだよね?どんなことしてた?」
「お、お前・・そういうことって普通、聞くもんかな。聞くの嫌じゃないの?」
「あ・・でも、僕何も知らないから・・・」
「・・・今みたいに飯食ったり、たまに出かけたり・・そんな感じ。最後はつまんねーってフラれたけどな」
「・・・・つ、つまんないって・・・失礼だな!好きな人に対して言う言葉じゃないね!」
「好きじゃなくなったから言うんだよ。まぁ、おれもちょっと面倒にはなってたんだけどな。束縛強くなってきたし・・・。野球とどっちが大事なのって言われるなんて、思わなかったよ」
「・・・それ、お姉ちゃんがよく言ってた・・・!彼氏と喧嘩して、私とどっちが大事なのよって、よく愚痴ってた・・・!大人しか言わないと思ってたよ・・・」
「おれだってマンガとかドラマとかでしか言われないと思ってたよ。まぁ、野球かなって答えちゃったのもよくなかったんだろうけどさ。でも比べられるもんじゃねぇよな」
「うん」
「佑は絶対聞いてこないと思うけど、聞かれたら多分言葉に詰まるな」
「聞いても意味ないと思う。だってどっちも大事にしていたら優劣、つけられないよ」
あ・・・なんか、すごくおこがましい事、言ったかも・・・。野球と僕を天秤にかけられるわけないのに。蓮ちゃんは野球が好きで、僕は野球をしている蓮ちゃんが好きなんだ。
僕が大事なんて、そんな図々しい・・・。
つい口を噤むと、蓮ちゃんが僕の頭を撫でた。
「そう。それそれ。どっちも大事で、どっちも大好きなんだ」
「・・・うん、ありがとう・・・」
「あ、あと、デートが大体スポーツショップだったのが悪かったのかな。バッティングセンターとか」
「え?楽しいのに・・・」
「毎回それじゃ嫌だったんだろうな。おれだって服屋とかアクセサリーとか続くと疲れたし飽きたもん」
「・・・うーん・・僕お姉ちゃんとお母さんとよく行くからなー・・・」
「マジかよ。すげーな。あんなちまっちましたもの、何がいいのか分からない」
「綺麗なものはたくさんあるけど、・・あはは、正直こっちとこっちどっちがいい?って聞かれると、どっちも同じじゃないかなって思っちゃうよね」
「それそれ!どっちだっていいよな!どっちもどうせ似合うんだろうし!渋々答えると、えーって言われてさ、もう好きな方にすりゃいいだろって思う」
「蓮ちゃん、だいぶストレス溜まったでしょ・・・」
「ったりめーだろ!んなもん見るならバッティングセンター行きたかったし、試合観に行きたかったわ!」
噴き出して笑ってしまう。2つの笑い声が響いた。
しーっと口に指をあてて顔を見合わせる。
「でも佑とはいろんなことしたいな。車いすテニスは2人でできるからよかった」
「あはははは!僕最初、くるくる回っちゃったけどね!」
「いや、でもあれ難しいって!おれ最初笑ってたけど、乗ってみたら全然コントロールできねぇのな!」
「家に帰って話したら、好きなことしていいんだって言われたんだ。もうお父さんの仕事も安定してるし、お母さんも仕事してるし、お姉ちゃんも僕もちょこっとバイトしているし、バイト代出たら、また行こうね。レンタルって素晴らしいよね」
「うん、レンタルは最高だと思う」
真面目に返されて、また笑う。蓮ちゃんといると気を張らなくていいから自然体でいられるんだ。
指を繋いで少しニキビの引いてきた顔を見る。夏にまた増えるなーって、前に言ってた。
つい手を伸ばすと、すっと顔を寄せてくれた。頬を撫でようとしたら、そのまま顔が近づいてきて、唇が押し付けられた。
柔らかくて、少し湿った不思議な感覚。蓮ちゃんの匂いがぐっと強くなる。
ドキドキしながら目を閉じたとき、ぬるりと濡れた感触が唇に起きた。驚いて顔を離そうとしたら、ぐっと頭を押さえられた。
「ふむぅ、む、」
「ん・・・」
「はぁ、あ・・!ぅ、ぅあっ、」
蓮ちゃんの舌が唇を撫でていた。口を開くと、するっと中に滑り込んできてぐちゃぐちゃにされた。絡まる舌に、お腹の下の方がじりじりと熱を持った。
「うー!うー!」
「ん・・・佑・・・嫌か?」
「う、え・・!?え、え、!!あの、今の、」
「ディープキス」
「・・・・えぇえ・・!あ、い、今のが・・!何で・・・!?」
「好きだから」
「ぼ、僕も好きだけど、でも・・!」
「・・・でも?」
「・・・だって、こんな・・・なんか・・・」
頭が混乱する。なんて言えばいいんだろう。嫌じゃない。でも、もっとしたいかって聞かれたら困る。
蓮ちゃんの味と、少しのハンバーグソースの味が口の中に残っていて、恥ずかしい。
生きていく中で、僕には縁のないことだと思っていた。誰かに好きになってもらったり、好きになったり、付き合うことになったり、手を繋いだり、キスをしたり、今のようなキスをしたり。
蓮ちゃんと付き合うって話をしたとき、こいうこともあるのかなって思った。でも、もっともっと、先のことだと思ってたんだ。
「・・・ふ、普通の、キスじゃ・・」
「足りなかった」
「え・・・あ、」
「もっとしたかった。もっと深く、佑とキスがしたいって思って、舌、使った」
「・・・か、彼女とも、した・・?」
何を聞いてるんだろう。慌てて口をふさぐ。だけどもう、遅かった。蓮ちゃんに届いてしまった。
目を見開き、ぐっと顔をしかめて離れていく。エナメルバッグを肩に担ぐと、乱暴に自転車のかごに乗せた。
何で聞いてしまったんだろう。嫉妬したの?違う、何か、話題を変えなきゃって、思っちゃったんだ。
誤魔化そうとしたんだ。蓮ちゃんの真剣な気持ちを。
「帰る」
「・・蓮ちゃん、ごめんなさい・・・」
「・・・もうしねぇよ」
「え・・!嫌だ、それは、やだ・・!ごめん、びっくりして、」
「彼女ともしたよ。これで満足か?」
「・・・ごめんなさい、」
「・・・なんか、しんどい。帰る」
しんどい・・・。
ずきずきと胸が痛む。
蓮ちゃんは自転車にまたがると、振り返らずに走って行った。
行かないで。僕を置いて行かないで。お願いだから、止まって、僕のこと、待っていて。
冷たい風が吹く中、取り残され、うつむいた。
また、やっちゃった。ボーリングの時だって、蓮ちゃんを傷つけた。誤魔化そうとして、想いを否定しようとした。
今も同じことをしてしまった。どうして大好きなのに、想っているのに、こんなことしちゃうんだろう。
どうして正しくできないんだろう。正しいって、なんだろう。
傷つけたくないよ。悲しい顔もさせたくないよ。どうしてさせちゃうんだろう。大好きなのに。大好きな相手なのに。
ぽとぽとと涙が落ちる。寒かった。でも体が動かなかった。泣きながらしばらくそこで過ごした。
胸が痛いよ。
*************
「ミヤちゃん元気ないじゃん、どうしたの」
当たり前のように朝が来て、学校に来て、授業を受けて、お弁当を広げた。
アデルくんが首をかしげながらお弁当を広げた。今日は勘解由小路くんもやってきて、ビニール袋を漁りながら言った。
「インフルじゃねぇの?流行ってんじゃん」
「・・確かにミヤちゃん、目潤んでるよ。大丈夫?」
「・・・うん、平気・・。インフルだったら動けないよ」
「そうなの?おれインフルかかったことねぇから分からないや」
「よっちゃんって毎年予防接種も受けないし、風邪もひかないよね。なっちゃんでさえ熱出したりするのにさ」
「あいつは軟弱」
「じゃぁ僕虚弱じゃん!!インフルかかったことあるし、風邪だってひくし!ちょっとよっちゃん頭も体もおかしいよ。血液でワクチン作れるんじゃない?」
「あははは!すごい言われようだね、勘解由小路くん!」
変なの。あんなに苦しかったのに、普通に笑えちゃうんだ。ちょっと元気出てきたし。
お弁当を食べながら2人のやりとりを見て笑う。勘解由小路くんは蓮ちゃんに少しだけ怪我をさせたけど、ちゃんと謝ってくれたいい人だし、みんなには怖がられているけど表裏がないので一緒にいても全然怖くない。
アデルくんはいつもニコニコしていて友達も多くてみんなに好かれているし、僕といると落ち着くし楽しいと言ってくれる。僕もそうだから、居心地がいい。
どうしてこの2人とは普通に接することができるのに、蓮ちゃんにはできなくなっちゃったんだろう。好きにならなければよかったのかな。
「ミヤちゃんさぁ、山田くんとどうなの?」
「・・・へ?」
「アデル!!お前また、余計なこと言ってこじらせるんじゃねぇ!!」
「え、え、!?あの、えっと・・!」
「だ、だって・・!気になったんだもん・・・。ミヤちゃん取られちゃうのやだなーって思って・・・」
「・・・き、気づいて・・・」
「うんー。なんとなくだけど・・・。ごめん、気になっちゃって・・。ミヤちゃん、僕とも遊んでくれるよね?またゲームしようね」
「悪い、宮田。こいつバカなんだ」
「・・・あ、あの!相談に乗って!!」
がしっとアデルくんの手を握る。びっくりした顔をして勘解由小路くんと目を見合わせて、どうしたの?と首を傾げた。
お弁当を急いで食べて屋上の入り口へ場所を移動する。乱雑に置かれた椅子に腰かけると、勘解由小路くんは残っていたパンを袋から出して机に座り、胡坐をかいた。
「宮田、山田と付き合ってんのか」
「う、うん・・・変かな・・・」
「いいんじゃねぇの。おれたちも付き合ってるしな」
へ!?
おれたちって、アデルくんと勘解由小路くんってこと!?
かーっと顔が熱くなる。
け、結構多いのかな・・・!水出くんたちもそうだって、聞いたし・・・!ちょっとほっとする。
「あぁ、卒業したら結婚式すっから宮田にも招待状渡すな」
「ええぇえ!?」
「ちょーっとまってよっちゃーーーん!!話ぶっ飛びすぎだし僕も今それ初めて聞いたよーー!えーっと!?ミヤちゃん、一体何があったの!?そっちが先!!」
え、え・・・勘解由小路くんって・・・天然なのかな・・・?
凄い話をしてるって、気づいてるのかな・・・??
少し気を取られながらも、何とかアデルくんに、大事な話をしていたのに話題を反らそうと元カノの話を出してしまったと説明をする。さすがにキスとかの話はできない。ふむふむとうなずいてびしっと指をさした。
「それはミヤちゃんが悪い!」
「・・うう・・・!分かってます・・!」
「だって真剣な話だったんでしょ?今後2人にとって大事な話だったなら、真面目に答えなかったミヤちゃんが悪いよ。山ちゃんにだって聞かれたくないことはあるだろうしさ」
「おっまえ、また勝手にあだ名で呼ぶんじゃねぇよ。まぁ、あれだ、宮田。確かにお前が悪いけど、心の準備ができてないときにいきなり言われてもそうやってはぐらかしちまうのは分からんでもないぞ」
「え・・よっちゃん、分かるの・・?じゃぁなんで自分は爆弾発言ぽんぽん繰り返すの・・?」
「はぁ?おれがいつそんなことしたんだ。つーか宮田の話だろ。んで、お前どうしたいの」
「え・・・あ・・・仲直り、したい」
「ちげーよ。真剣な話の方。内容知らないけど、応えるの?応えないの?山田が切れたの、そこだと思うんだけど」
ずきっと胸がうずく。
そうだ、僕、あの時やみくもに謝ってただけだ。
蓮ちゃんの問いかけに真剣に応えようとしてなかった。
嫌じゃない。嬉しい。でも、驚いた。でも、もっとしたい。今はそう思う。
蓮ちゃんと繋がれた気がしたんだ。特別な・・・。前の彼女とのことなんてすっかり忘れちゃうようなこと、僕だってしたいって思うほどに、嬉しかったし、気持ちよかったんだ。
「つーか山田って、面食いのやつじゃなかったっけ?ミスコンで優勝した1個上の女と付き合ってたろ。美人の。性格悪そうだけど」
「・・さ、最低・・!よっちゃん最低・・・!本当に最低・・・!信じられない・・!ミヤちゃんはなぁ!可愛いんだ!!」
「あ?知ってるよ。タイプが違うよなって言っただろ」
「言ってないよ!!言葉足りないって!!」
「気にしてないから、大丈夫だよ!僕、顔いい方じゃないし・・・あはは、蓮ちゃんみたいなかっこいい人と付き合えるだけで光栄なのにね、なんであんなこと・・・」
「はぁ?宮田、普通にかわいいと思うぞ。マスコットみたいで。つーか別に、山田イケメンじゃねぇだろ。どこにでもいる顔じゃん」
「あーのーさー!よっちゃんちょっと黙っててよ!!」
「アデルが一番かわいいけどな」
一気にアデルくんの顔が真っ赤に染まる。僕まで赤くなってしまう。
勘解由小路くんって、すごい人なのかもしれない・・・。いや、すごい人なのは知ってる。サッカーで1年の時からレギュラーだし、守護神って呼ばれてるし。でもなんというか、ド天然ですごい・・・かも・・・・。
すっごく、アデルくんが好きなんだなぁって思った。
「よ、よっちゃん、ちょっと、静かにしてよ・・・!ミヤちゃん、ごめん・・・。あの、でもよっちゃんの言う通りだよ!ミヤちゃん可愛いし、前の彼女のことなんか気にしなくていいんだし、山ちゃんが好きならちゃんと応えるべきだと思うんだ」
「・・・うん、ありがとう・・・」
「つーか宮田はなんで山田と付き合ってんの?」
「え・・好き、だから・・・。最初はびっくりしたけど、どんどん大好きになって、だから、付き合ってくださいって、返事したんだ」
「じゃぁそのまま突っ走ればいいじゃん」
「・・・え、」
「好きなら迷うことねぇじゃん」
「・・・ちょっと、怖かったのかもしれない・・。急だったから・・・」
「ふーん。じゃぁそう言えばいいんじゃねぇの」
「そういう問題ならとっくに解決してるんじゃないの?山ちゃん的には問いかけに答えてほしいんでしょ?」
「相手がどう思ってるかなんて分かるわけねぇだろ。言われないと分からないって言ったの、アデルだろ」
「そうだけどさ・・・。でもミヤちゃん、喧嘩みたいになっちゃったんでしょ?声、かけられる?」
「・・・うん。頑張るよ。ちゃんと謝って、真剣に答えるよ」
「・・うん!ミヤちゃん、頑張れ!ミヤちゃんのいいところはなんでも言葉にするところだよ!素直な感情を言葉にするって大事なんだよ!」
「ありがとう。・・・あはは、水出くんに、突き放したのに結構グイグイくるよねって言われたこと、思い出した」
アデルくんが、言いそう!!と言いながら大笑いした。勘解由小路くんでさえ笑っている。
休み時間は終わっちゃうから、放課後駅で蓮ちゃんを待って、話をしよう。
ちゃんと謝って、応えて、仲直りするんだ。
椅子から立ち上がった時、足音がした。下を見ると、踊り場に蓮ちゃんがいた。なんだかとっても機嫌の悪そうな顔。もしかして、全部聞いてたのかな・・・?
2段飛ばしで上がってくると、ぎろっと勘解由小路くんを睨んだ。華麗に無視してパンのごみをまとめ、アデルくんと階段を降りていく。
「おい、勘解由小路」
「あんだよ」
「次佑にちょっかい出したらぶっ飛ばすぞ」
「うるせーハゲ。おめーは宮田だけ見てろ、バーカ」
「ちょっと、よっちゃん!ごめん山ちゃん!よっちゃんすっげー素直すぎる人なんだ!誰にでもこうなんだ!心配しないでね!」
少し言い争いをしながら、2人は階段を降りていった。チャイムが鳴る。杖を握り直してきちんと立つ。蓮ちゃんは動かないで僕を見ていた。
目を反らせなかった。悲しそうな目だったから。僕がさせちゃったんだ。
「れ、」
「何でおれのところ、来ないんだ」
「え?だって、」
「大好きなら、おれにだけ言えばいいだろ!なんで勘解由小路に言うんだ!」
「だって、聞かれて・・それに、相談・・・」
「相談なんてしなくていいだろ!?おれに言えばいいじゃんか!」
「・・・な、何で、怒るの・・!怒るの嫌だよ・・!なにさ、蓮ちゃんのバカ・・!蓮ちゃんのバカ!!う、う、うー・・・!!」
感情が爆発して、涙がこぼれた。
壁に寄りかかり、下を向く。
「自転車で、走って帰ったくせに!!僕、追いかけたくても追いつけないの知ってるくせに!!ちゃんと話さないとって思ってたのに!!僕のこと置いて行っちゃったじゃないか!!」
「・・だって、佑が、」
「いきなりあんなことされて冷静でなんかいられないよ!!蓮ちゃんは慣れてるかもしれないけど、僕は何もかもが初めてなんだ!!すぐに答えなんか出るわけないじゃないか!!なんで分からないの!?バカ!!」
「嫌だったのかよ・・・」
「嫌かもいいかもわからなかったんだよ!!急だったから!!家に帰って、もっとしたいなって思って、独り占めにしたいって思って、前の彼女のことなんて忘れちゃうくらいのこと、僕だってしたいって思ったよ!!時間をおかないと答えられないよ!!初めてなんだから!!なんで急かすの!?」
「・・・なんで佑が切れるんだよ!!切れたいのはおれで、」
「僕のこと置いて行ったじゃないか!!う、う・・!こんなの、あったって、追いつけないんだよ!何さ、振り返って迎えに行くって言ってくれたのに、嘘じゃないか!!こんなもの、いらない!あったって追いつけない!!こんな、もの、いらない!!」
杖を思い切り投げる。がらん、と大きな音がして階段の下に落ちていった。
蓮ちゃんの目が見開かれた。ずるずると落ちて、座り込む。動かない足を必死に引き寄せる。イライラした。
何でこんなにイライラするんだろう。大好きなのに、もう想いは通じ合っているのに、通じ合う前よりうまくいかない。全部、なにもかも。
子供みたいに声をあげて泣いてしまった。必死に泣きやもうとしても、せり上がってくる苦しさと悲しさが僕を支配する。
蓮ちゃんが僕のそばから離れる気配がした。きっと呆れたに違いない。もう好きじゃないんだ、きっと。見限ったんだ。
学ランの袖で顔を擦る。かつん、と音がした。顔を上げると、杖を持って立っていた。表情がなかった。
「・・・ごめん・・・」
「やだよ・・!置いて行かれるのは、嫌だよ・・!」
「・・・これ・・」
杖が差し出された。その手が震えていた。
顔がくしゃくしゃになって、がくんと膝が折れて、力を無くした。ゆっくり僕に覆いかぶさって、肩に額を押し付けた。
「・・・ごめん・・・ごめんな・・・杖も・・・ごめん・・・」
「僕、嫌なんて、一度も言ってないじゃないかぁ・・・!」
「・・・ごめん、」
声が震えていた。ぎゅーっと抱きしめると、さらに強く抱きしめられた。苦しい。でも、暖かい。
「・・言わせて、ごめん・・おれ、情けねぇ・・・。焦ったんだ・・・佑と、もう、離れたくなかった・・・」
「蓮ちゃん・・・」
「ごめん・・・!ごめんな・・・!杖・・・大事に、してな・・・!おれも、大事にするから・・!こんなものなんて、言うな・・!お願いだから・・!ごめん、おれが悪かった・・・!」
「・・・蓮ちゃぁん・・・!う・・!僕も、ごめん・・!大事な気持ち、誤魔化そうとして、ごめんねぇ・・・!僕だって、したいよぉ・・!もっと、たくさん、恋人がすること、したいんだぁ・・・!」
「ん・・・!おれも・・!ごめん、もう、言わせないから・・・!おれと、一緒にいてほしい・・・!」
「う、う・・!蓮ちゃん・・・蓮、」
「佑・・?あれ?おい、なぁ!おい!大丈夫か!?」
額に手が当てられて、首元をごそごそとまさぐった。蓮ちゃんのギョッとした顔が見えた。がばっと背負われ、そのまま階段を駆け下りた。意識が途切れて、何の音もしなくなった。
#____#
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