群青色の約束

和栗

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イエロー・ハッピー

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『佑、好きだ』



「ぎゃー!」
飛び起きてバクバク動く心臓を押さえるように胸に手を当てる。
お母さんが慌ただしく部屋に入ってきた。
「どうしたの、ゴキブリ?」
「あ、ち、違う・・・ごめん、寝ぼけてて・・」
「なんだ、驚いた。お母さん仕事行ってくるからね、戸締りよろしくね」
「うん・・。お姉ちゃんは実習?」
「そうそう。お父さんは遅くなるって。じゃ、行ってくるからねー」
「いってらっしゃい」
ドアが閉まった。鍵をかけて居間へ落ち着く。こたつに入るとまた眠くなってきたけど、思い出しては目が覚めた。
蓮ちゃんが僕の部屋で頬にキスをしてきたこと、部活が休みの日に遊びに行って、帰りに告白されたこと。
僕の脳味噌は混乱しっぱなし。
どうして僕にあんなことをして、あんなことを言うんだろう。どうして僕なんだろう。
足のこと気にしてるのかな。でも、そうじゃないって、言ってた。足のことがあってもなくても、好きになっていたって、言われた。
人生で初めての告白を、まさか幼馴染の男の子にされるなんて思いもしなかったし、自分がここまで照れて緊張するなんて考えたこともなかった。
ぼんやりしていると、部屋からかすかに音が聞こえた。覗き込むと、携帯の音だった。
そうだ、今日は蓮ちゃんと出かけるんだ。
「もしもし、
『もしもし。迎えきたけど、部屋まで上がろうか?』
「あ、大丈夫!ごめん、その、寝起きで・・ごめんね!」
『いーよ、外で待ってるから。動かしておかないとダメなんだ、これ』
頭にはてなを浮かばせたまま慌てて着替えを済ませて、他をもって外に出る。冷たくて痛い風が頬を叩く。
のろのろ階段を下りて道路に出ると、バイクに乗った蓮ちゃんがいた。ぽかんと見つめてしまう。
「よ。おはよ」
「・・おはよう・・・。あの、なんでバイク!?」
「えぇ?おれんちバイク屋だし・・・忘れた?」
あぁ!そうだった!蓮ちゃんのお父さんはバイクが大好きで、昔はレースに出ていたって言っていた。そっか、蓮ちゃんも免許取ったんだ。
鈍くエンジン音を響かせ、バイクは早く走り出したくてうずうずしているようだった。
バイクから降りて僕のもとへ来ると、手を握って杖をそっと抜き取った。
「え、 あ、」
「折りたたんでリュックに入れといて。後ろ乗って」
「でも僕、足、」
「え?平気だよ。アメリカンだから、乗りやすいし、事故らないから安心して」
体を支えられ、あれよあれよと乗せられた。足元にひざ掛けをかけられ、ヘルメットをしっかりかぶされる。ガチャン、と鈍い音を立ててペダルを踏むと、ハンドルを回し、発進させた。バイクの仕組みなんてさっぱり分からな
い。運転するって大変そうだし難しそう。でも、楽しいんだろうか。
「蓮ちゃん、寒くないの」
「えー?まぁ、寒いけど、楽しい。てか佑、どこかつかまってんの?」
「んと、シートについてるベルト」
「怖いだろ。こっちでいいよ」
左手をちゃんの腰へ回された。右手も回す。ぎゅっと抱きつく。
「こっちのが安心だろ」
「・・うんっ。ありがとう」
「ここらへんぐるっと回って、うち行こうぜ」
「うん」
冷たい風が全身にあたるのに、すごく気分がよかった。
蓮ちゃんはいつも格好良かった。弱い者いじめが嫌いで、真っ直ぐで、はっきり意見を言って、泣いてる子には優しかったし、意地悪をする人には容赦がなかった。
なぜか僕といつも一緒にいてくれたんだ。昔は気が弱くていつも本ばかり読んでいた僕の手を引いてくれて、虫取りに誘ってくれたり、キャッチボールだって、鬼ごっこだって誘ってくれた。
チームに入っていない僕に、野球を教えてくれた。
あんなに楽しかったのに、僕が飛び出して車にはねられたせいですべてが終わってしまった。運が悪かっただけなのに、ちっとも悪くないのに、蓮ちゃんは自分を責めていた。僕が、君のせいじゃないよって言わなかったせいで。
言いたかったのに言えなかったんだ。恐かったんだ。お前のせいでこんなことになっちゃったって、助けなきゃよかったって、言われるのが、恐かった。
「たーすく」
「え?」
「恐いか?」
ミラー越しに目が合った。蓮ちゃんは薄いグレーのゴーグルをかけていた。すごく似合っている。
きっとバイクのことを聞いてるのだろう。バイクは怖くないのに、なぜだろう、頷いてしまった。
すぐに路肩に止まり、振り返ってシールドをそっとあげてくれた。
「寒いか?」
「ちょっと、」
「なんか飲むか」
「・・・ごめん、恐くないのに頷いちゃっただけなんだ。ごめんね、」
「・・・佑?」
「・・・ごめんね。あの、蓮ちゃんの好きなように走ってほしい・・」
「何があった」
グローブを外した手は、少しだけひんやりしている。指先が気に触れてそっと撫でた。
目線を上げると、じっと僕を見ていた。ドキドキした。顔が熱くなる。
「・・最近、笑わないな」
「え・・・」
「謝ってばっかりだし。恐いのっておれ?」
「違うよ。蓮ちゃんは・・・その・・」
「じゃあ、照れてる?」
「・・・そりゃ、照れる、けど・・」
「けど?」
なんだか、責められているみたいだ。
普段冷静なはずの頭がパニックになる。蓮ちゃんといると、調子が狂う。感情が素直に言葉や態度に出なくなってしまう。
きっと、がっかりしてる。
僕が言葉に詰まること、俯いてしまうこと、恐くて目を合わせることができないこと、全部。
顔を見るのが怖くなった。
必死にしがみついていた手をそっと離すと、ぎゅっと掴まれた。頬に触れている指先と同じ温度の手だった。
「離すな」
「・・・ん」
「・・・好きなのを、諦めれば戻るか?」
「へ?!」
「おれが佑を好きだっていうのをやめれば、また笑ってくれるか?」
やめる・・・・。
体が重くなった。くらくらする。せっかくまた遊んだり、話ができるようになったのに、蓮ちゃんが遠くなっていく感じがした。
また僕のせいで、離れて行ってしまう。
ぎゅっと手を握り返すと、ピクリとはねた。恐る恐る顔を上げると、少し悲しそうに笑う顔があった。どうしてそんな顔するんだろう。
やっと仲直り出来たのに、わだかまりかなくなったのに、ぎくしゃくするんだろう。
嫌だな、また、距離が空いてしまうのかな。嫌だ。嫌だよ。
「蓮ちゃん、ごめん」
「うん。仕方ねぇよ」
「・・・あ、あ、諦めて、ほしくないよ、」
「・・・え!?」
「ごめんね、僕が恐かったのは、君に、僕のせいでこんな思いをしたんだって、責められることなんだ・・。ごめんなさい・・。蓮ちゃんに、蓮ちゃんのせいじゃないって、かばってくれてありがとうって伝えるのがすごくすごく遅くなってしまって、ごめんなさい・・・苦しめて、ごめんなさい・・・!」
蓮ちゃんがバイクから降りた。どこかへ行ってしまうのかと思って慌てて手を伸ばすと、シートに手をついて項垂れてしまった。
「蓮ちゃん、」
「なんだよ、そんなことで、落ち込んでたのかよ・・・馬鹿だなー、佑は」
「え・・・」
「恐いの、当たり前だろ。おれだって恐かったんだ。お前に、おれのせいで怪我したんだって言われるのが怖くて怖くてたまんなかったよ。だから佑がそう思うのも普通だし、そんなことで申し訳ないなんて思わなくていいんだよ。よかった、おれが怖いのかなって不安だったんだ」
安心したような笑顔が僕を見据えた。
胸が熱くなる。嬉しかった。蓮ちゃんの笑顔が見られてほっとしたし、なんだか涙が出てきそうだった。
「・・蓮ちゃんとまた話せるようになって、いろいろ考えちゃったんだ・・・」
「そっか。・・ありがとうな」
「・・・あ、あ、諦めて、ほしくないって、言ったけど・・・!あの、蓮ちゃんの自由だから、その・・・・!」
「うん。諦めるなんてしたくねぇよ。さっきのは強がり。あと、佑が困ってるんだったら諦めたほうが笑った顔、見られるかなって思って」
「・・・は、恥ずかしいよ、なんでそんなこと言うの・・・」
「え?なんでって・・そう思ったからだよ。佑、返事はちゃんと考えがまとまってからでいい。だけど、こうやって遊んだり、出かけたり、したいんだけど、いいかな」
「・・・蓮ちゃんが、嫌じゃなければ・・・!」
「すげー幸せ」
本当に、顔をくしゃくしゃにして言うから、本心なんだって分かってしまった。
心臓がばくばくと跳ねて痛い。全身が熱い。もう僕の答えは、決まってしまった。
でも、ちゃんと伝えなくちゃ。考えて、伝えなくちゃ。蓮ちゃんがそう望んでくれたんだから。
「佑、あのさ、たまにでいいから、キスしていいか?」
「え!?」
「ほっぺとか、デコとか。すると元気になる」
「で、で、でも、あの、・・・」
「ダメかな」
大きな目で見つめられると、何も言えなくなって、顔が熱くなる。
唇を噛むと、そっと指で撫でられた。
「傷つく」
「あ・・・れ、蓮ちゃん、僕なんかの、何がいいの、」
「え?顔」
顔!!!!!???
予想外の答えに言葉を失った。
マジマジと顔を見つめると、不思議そうに首を傾げた。
「佑の顔好き。笑った顔、一番好き。他にもあるけど、顔が一番かな」
わ、わぁ・・・!
昔から、猿みたいな顔って言われていじめられてた。転校先では自分で受け入れてみんなとふざけていた。中学では可愛らしいあだ名としてモン吉と呼ばれたこの顔を、可愛いだなんて・・・。
自分の顔、あんまり好きじゃないから、なんだかびっくりしてしまう。
「目、細いよ・・・」
「え?うん・・・だから?」
「鼻だって低いし、チビだよ」
「あのなー、何気にしてんのか分からないけど、おれは佑の顔、めちゃくちゃ好きだよ。背が小さいのも好きだ。佑はおれ見て、ニキビ面で汚ねぇなって思うか?」
「えぇ!?思わないよ!?気にしたこともなかった・・・」
「おれにとっても、佑のそういう悩み?みたいなのはそんな感じだよ」
「・・・そうなんだ」
「うん。だから、あんまりそーやって自分のこと悪く言うな。どーしてもいいたいならおれに言え。全部否定してやるよ」
頼もしく笑って、蓮ちゃんはバイクに跨った。腰に手を回すと、ぽんぽんと手の甲を叩かれた。
「しっかり掴まれよ」
「うん」
ゆっくり走り出す。さっきより気分がいい。バイクも楽しい。落ちないようにしがみつく。
「母ちゃんが佑に会うの楽しみにしてるみたいだ。飯、食ってけよ」
「・・・うん、蓮ちゃん、あの、僕のこと見つけてくれてありがとう・・・。告白はびっくりしたけど、でも、こうやってまた遊びに行けて、嬉しいよ」
「バーカ。おれ、大したことしてねぇよ。超ビビリだぜ。声かけるのに一年以上かかったし」
「でも僕は全然気づかなかった。少し忘れていたのかもしれない」
「うん。でも、それでよかったんだ。お前の中でおれが、悪い思い出になってなくて、良かった。忘れるって、悪いことばっかじゃねえよ、きっと」
蓮ちゃんはいつも前向きで、悪い方に考えないで、根っこの部分から明るくしてくれる。
僕もそういうふうに、蓮ちゃんに出来たらいいなぁ。
出来るように、頑張らなくちゃ。蓮ちゃんの隣に立って一緒に歩けるように、頑張らなくちゃ。
背中に顔を埋めて、目を閉じる。昔と変わらない蓮ちゃんに、胸が苦しくなると同時に、トクトクと、少しだけ心音が強くなった。



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