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第五章 アトルの街編
第七話 妹よ、俺は今師匠に祈りを捧げています。
しおりを挟むトロンの街を出て五日、何事も無ければ今日の午前中にはアトルの街に到着する。異世界の定番、道中で盗賊に遭遇して御姫様を助けるなんてイベントも無く、旅は順調そのものだ。オスカーのレベルは19まで上がった。冒険者ならC級かB級くらいのレベルだが、無詠唱魔法を掛け合わせて使えるオスカーの実質的な強さは既にA級冒険者を越えている。しかし、コタローのおかげで都合よくレベルに応じた魔獣が現れるパワーレベリングだったため魔法で対人戦の経験がなく、森でしか戦っていないため街中で魔法を使った経験もない。魔法職として学ぶことはまだ沢山ある。
あと、レベル19は切りが悪くてなんとなく嫌だから、アトルの街へ着く前に魔獣を狩らせてレベル20まで上げさせよう。
♢ ♢ ♢
「トキオ先生、城壁が見えるよ!」
「ああ、どんな街か楽しみだね」
魔獣の大森林に隣接しており、常にスタンピードを警戒しているトロンの城壁に比べると半分くらいの高さしかない。周りもすべてブルジエ王国の領土に囲まれているので、この高さでも十分なのだろう。
「このまま教会へ向かいますか?」
「頼む」
門を抜けるとトロンの街と同じように、大通りがまっすぐ伸びていた。道幅はトロンに比べると少し狭い。マーカスの話では街の規模はトロンの三分の二程度らしいが、大通りの幅もそれくらいだ。
「わー、凄い。別の街だ!」
馬車から身を乗り出して大通りに並ぶ商店を眺めるミル。どの街にもある風景だが、生活圏の狭い子供にとっては場所が変わるだけで好奇心が刺激される。子供達に旅を経験させ別の街を見せてあげるのもいいな。トロンの街からアトルの街までは人の行き来も多く、道も舗装されていて安全性も高かった。卒業後、他の街へ働きに行く子も出てくるだろうから、前世の修学旅行みたいなものを計画してみるか。マザーループに相談だな。
街道と違い街中ではゆっくり進む馬車だったが、教会へは十分程とかからず着いた。白く美しい立派な建物だ。早速全員で大聖堂の中に入る。
「なっ!」
な、なんだよ、あれ・・・どうして・・・あれが、あんなところに・・・嘘だろ・・・
「どうしたの、トキオ先生?」
「あっ、いや、何でもないよ」
俺の目に飛び込んで来たのは、大聖堂の正面に立つカミリッカさんの女神像。その女神像は、既視感のあるものだった。あるに決まっている。俺が「創造」で作ってカミリッカさんにプレゼントしたフィギュアとまったく同じデザインなのだから・・・
「愛の女神カミリッカ様の女神像は変わった格好をしていますね」
そう感想を漏らしたのはオスカー。だよね、変だよね!
「人を愛するのに、自分を着飾る必要はないという教えでしょう」
的外れな解釈をするシスターパトリ。いや、あれは俺とログハウスで生活していた時の普段着ですから!
「愛を語るのに、我々では未熟すぎるということか・・・」
何言ってんだ、マーカスの奴。お前は知らないかもしれないが、カミリッカさんは結構エロいぞ!
でも、あのフィギュアをプレゼントした時、カミリッカさん引いていませんでしたか?あの時の可哀想な人を見るような眼差し、俺は忘れていませんよ。本当は気に入っていたのですか?だとしたら、カミリッカさんの女神像があんなデザインになってしまったのは俺のせいなのですか?そもそも、どうやってこの世界の人間に作らせたのですか?
はぁ・・・もういいや。考えてもキリがない。とりあえず「誓約」を解除してもらう為にもお祈りを済ませよう。
大聖堂の中を見学しながら巨大カミリッカさんフィギュアの前まで来ると、遠目からは気付かなかったが聖職者の恰好をした男女二人が、こちらに向かって両膝を付き、胸の前で手を組んで頭を下げていた。もう、嫌な予感しかしない・・・
「あの・・・教会の方ですか?」
「は、はい。この教会で神父を務めております、デラクールと申します。隣はシスターのニモです」
「ニ、ニモと申します」
膝を付き、頭を下げたまま自己紹介をする二人。挨拶は相手の目を見てしなさい!
「どうして、そんな姿勢を・・・」
「も、申し訳ございません、トキオセラ様!」
何を勘違いしたのか、今度は二人して土下座を始める。これは・・・あかんやつだ。
「ちょっと、お二方共こちらへ」
二人の腕を取り強引に立たせて、大聖堂の隅まで連れていく。二人共慌てた様子だが抵抗はしない。
「俺の質問に答えてください」
「はい、何なりと!」
「しーっ!」
声がでかいよ。わざわざみんなから離れている時点で察してくれ。
「なぜ俺の名前を知っているのですか?」
「愛の女神カミリッカ様に始めて頂いたお言葉が「トキオセラ様に助力せよ」でした」
はぁっ?なんで?愛の女神関係ないじゃん・・・
「どうして、名乗る前から俺がトキオセラだとわかったのですか?」
「わかるに決まっております!」
「しーっ!」
だから、大きな声出すなって!みんなに聞こえちゃうだろ。
『コタロー、これって・・・』
『はい。この世界でカミリッカ様に最も近いこの者達には、一年間カミリッカ様と寝食を共にしたトキオ様の特別な気配がわかります』
やっぱり・・・トロンの街に始めて行った時と同だよね・・・もう、教会関係者には俺の正体隠せないじゃん・・・
「今は同行している者も居ます。シスターパトリ以外には俺の正体を隠しておりますので、お二方も普通の青年と接するような態度でお願いします」
「その様な失礼を!」
「しーっ!」
この人、学習しないなぁ・・・
「全然失礼ではありませんから。たしかにカミリッカさんとは師弟の間柄ですが、俺自身はただの人間であり、何処にでもいる若造です。変に持ち上げられては今後の生活に支障が出ますので、普通の青年と同じ様に接してください。どうか、切にお願い申し上げます」
「か、畏まりました。それでは、同行の方々がいらっしゃる間は、できる限りトキオセラ様の要望通りに致します」
「その、トキオセラ様も止めてください。トキオでいいですから」
「それは、いくら何でも・・・」
「お願いします」
そう言って頭を下げる。
「あ、頭をお上げください。わかりましたから、どうか私共に頭を下げるのをおやめください」
フフフッ、こちとら、既にあなた達の弱点は学習済みですよ。
「では、そういうことでお願いいたしますね」
「・・・はい」
しぶしぶだが、なんとか了承させることに成功した。まったく・・・この下り、いる?
巨大カミリッカさんフィギュアの前に戻ると、この状況をなんとなく理解しているシスターパトリ以外は、皆不思議そうな顔をしていたが言葉には出さなかった。場の空気を読んでか、シスターパトリが挨拶を始める。
「セラ教より挨拶に参りましたパトリと申します。代表のマザーループは多忙の為トロンの教会を離れることができませんので、代わりにシスターの私がご挨拶に伺いました。この度は教会開設おめでとうございます」
今回の旅、俺達の代表はマザーループの名代であるシスターパトリが務める。道中でのはっちゃけぶりに若干の不安はあったが、ちゃんとした挨拶ができて一安心だ。
「遠いところからわざわざの御足労、誠にありがとうございます。リッカ教の代表を務めるデラクールと申します。マザーループの御高名は遠くアトルの地にも以前から届いております。私事で恐縮ですが、愛の女神カミリッカ様から神託を賜るまではアトルの街で料理人をしておりました。教会運営は勿論のこと、聖職者としても経験が浅く、今後も何かとご相談させて頂ければ幸いです」
ほぉ、料理人から神父になるとは珍しい。まあ、カミリッカさんが見つけた人材に間違いはないだろうけど。
「愛の女神カミリッカ様と当教会が信仰する慈悲の女神チセセラ様は、創造神様のもと共に修行され大変仲も良いと伺っております。我々も良き関係が築けるよう、今後とも助け合ってまいりましょう」
「はい。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。来客室の方にお茶を用意させておきますので、お祈りが済んだ後は是非お話を聞かせてください」
「喜んで。お気遣いありがとうございます」
その後、オスカー、マーカス、俺、ミルの順に紹介される。形上、ミルを除けば今回の旅で俺は序列最下位だ。
挨拶が終わるとデラクール神父とシスターニモは脇にそれ、俺達が祈りを捧げられるよう正面を開けてくれた。シスターパトリが前に出て、俺達は一歩うしろで横一列に並び片膝をつく。やっと今回の旅最大の目的を果たせる。
なんだかなぁ・・・自分で作ったフィギュアに祈りを捧げるのっておかしくない?まあ、いっか。大切なのは心持だし、では。
──カミリッカさん。あなたのおかげで、俺はこの世界でもなんとかやっていけています。やりたいことも見つかりました。見てくれたていますか?俺の物語は退屈ではありませんか?創造神様と妹から頂いた加護、あなたから教えて頂いた多くのことを生かして、俺は今学校の先生をやっているんですよ。充実した人生が送れているのかはまだ自分ではわかりませんが、楽しくはやれています。俺の中で、カミリッカさんと過ごした一年間は何よりも大切な思い出です。いつか、俺が年を取ってリタイヤしたら、カミリッカさんと過ごしたあの地にもう一度ログハウスを建てて余生を過ごすつもりです。それまでは、全力で人生を駆け抜けたいと思います。妹とカミリッカさんを退屈させないよう、俺なりに足掻いてみますよ。それと、相談なのですが・・・例の「誓約」そろそろ解除してくれませんか?もうカミリッカさんは俺だけの師匠ではなく、人々を導く愛の女神カミリッカ様なのですから。何かあってはこの世界の人達に申し訳ないです。よろしくお願いしますね。ちゃんと解除してくださいよ。本当にお願いしますからね。
俺の想いを心の中で言い終えた瞬間、体に異変が起こる。これって・・・
『コタロー、今のって・・・』
『はい。カミリッカ様より加護を授かりました』
やっぱりかー!
ダメでしょ。一人の人間がこの世界の神様の加護をコンプリートしちゃあ。もうステータス見るのが怖いわ・・・
名前 トキオ セラ(23)
レベル 55
種族 人間
性別 男
称号 聖人
基本ステータス
体力 199100/199100
魔力 270600/270600
筋力 174900
耐久 187000
俊敏 204600
器用 298100
知能 282700
幸運 9900
魔法
火 B
水 B
風 A
土 A
光 A
闇 E
空間 S
時間 A
スキル
自動翻訳10 鑑定10 隠密10 不動心10 創造9 双剣9 剣術8 体術8 瞑想8 手加減8 交渉7 料理6 速読6 槍術5 弓術5 発掘5
加護
創造神の加護 慈悲の女神チセセラの加護 愛の女神カミリッカの加護
もう基本ステータスはどうでもいいや・・・それより、称号の「聖人」ってなに!やめてよ・・・スケベなこととか考えられなくなっちゃうの?
とりあえず、カミリッカさんの加護を確認しておくか。
「愛の女神カミリッカの加護」
空間属性付与
レベルアップ時の基本ステータス上昇5倍
空間属性がSランクに上がったのは正直嬉しいけど、レベルアップ時の基本ステータス上昇はこれで20倍になっちゃったぞ。「勇者」でも10倍なのに、本当に大丈夫か?
『おめでとうございます、トキオ様。遂に、基本ステータスの合計が私をも超えました』
『・・・マジ』
『マジです!』
『称号の欄に「聖人」ってあるけど・・・これ、知ってる?』
『いいえ、私でも聞いたことがありません。ですが、聖獣である私を越えたトキオ様にはふさわしい称号かと』
決めた、見なかったことにする。俺はどこにでもいる普通の青年、教師兼B級冒険者のトキオ。それ以上でも以下でもない。聖人?そんな知り合いは居ません!
祈りを終えた後、オスカー、マーカス、ミルの三人には昼食を摂らせに街へ行かせて、俺とシスターパトリは来客室で話すこととなった。
あぁ・・・行きたくねぇ。そういえば、加護をくれただけで「誓約」については何の反応もないけれど、ちゃんと解除してくれたのかなぁ・・・
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