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最終章 ウォーク・ツゥギャザー
最終話 黒点
しおりを挟む「随分と騒がしいね。運動会でもやっているのかい」
終わりの見えない口論に終止符を打ったのは、普段部室に顔を見せる事のない結城先生だった。
「申し訳ありません」
志摩子が品良く頭を下げるが別に謝罪する必要など無い。旧校舎には竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部の部員しか居ないのだから、騒がしくしたところで誰にも迷惑はかけない。しいて言うなら、俺が迷惑しているだけだ。
「ああ、かまわないよ。元気があるのは良い事だからね」
「それで、お兄ちゃんは何しに来たの」
「こら、律子。学校では結城先生だろ」
「はい、はい、結城大先生。それで、何の用なのよ」
結城先生が部室に顔を出した理由は分かっている。俺が依頼した件だ。
「入間川君。空き教室の使用許可が下りたよ。図書室の隣、以前僕が顧問を務めていた元文芸部の部室を使えることになった」
一年と四カ月程前、結城が暴れた部屋。勿論、結城先生もわかっている。だが、何の心配もいらない。この兄弟はとっくに過去の問題を乗り越えている。
「ありがとうございます」
「いや、たまには顧問らしいこともしたいから、何かあったらいつでも言ってよ」
「ちょっと、入間川君とお兄ちゃん。元文芸部の部室がどうかしたの」
大好きなお兄ちゃんが自分の知らない話をしているのが気に食わないのか、GMはご立腹だ。
「ああ、引っ越しだ」
「えっ、本当に、やったー。ここも嫌いじゃないけれど、遠いんいだよねー」
「そうですね。私もここは嫌いではありませんが、新校舎の方が設備も充実していますし、何と言ってもエアコンがあります」
過去のことなど気にも留めず喜ぶ結城と追随する臨。二人にも喜んでもらえて何よりだ。
「じゃあ、志摩子。そっちの事は任せる。何を決めるにしても俺に相談する必要はない。困ったことがあれば結城先生に相談してくれ」
「了解。それじゃあ、律子、臨、準備が終わり次第早速行移動しましょう」
流石、副部長だ。この件は志摩子にも話していない。だが、彼女は何故それが必要なのかを理解している。
「ちょ・・ちょっと待ってよ。どういうこと。入間川君は行かないの」
「そうですよ。入間川先輩も一緒の方が楽しいです」
それが問題なのだ。それでは本来の目的を果たせない。
「二人とも聞いてくれ」
初めてできた彼女、友人、後輩。正直に言えば、少し騒がしいが俺もこの時間が嫌いじゃない。だからこそ考える。こんな自分になれた切っ掛けを。
「思い出してほしい、この部屋に初めて来たときのことを。今日のように皆がワイワイ騒いでいたら、お前達はここを訪れたか。きっと来なかった筈だ。どうしていいかわからず、誰にも相談できない。そんな生徒が足を踏み入れる旧校舎の一番奥。学校一暗くて寂しい部屋だからこそ、この部屋は意味がある」
勉強に部活、友情に恋、夢と希望、青春を謳歌する生徒達にこの部屋は不要だ。この部屋の存在を知ることなく卒業していくだろう。それでいい。それが理想的だ。しかし、その輪に入りたくても入れない者、何らかの事情で入れない者、自ら抜ける者、初めから避ける者、嫌悪する者。皆が皆、真っ直ぐに青春を謳歌出来るとは限らない。俺自身、その輪を避け続けた。志摩子は自ら抜け、結城は入る事かできず、臨はそれどころではなかった。
「息吹君の言うとおり、私達はこの部屋に救われた。だからこそ、この部屋を占拠してはならない。この部屋を必要とする生徒が他にもいる可能性があるのだから。そうでしょ、二人とも」
「うん、そうだね。わかった。でも、何かあったら私達を頼ってくれるんだよね。入間川君」
「当然だ。この部屋には一人でも、竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部は一人じゃない」
この数ヶ月で学んだことは多い。一人で対処するするしかなかった志摩子の事件では左腕に小さくない代償を払った。あの男が気の小さな臆病者でなければもっと大きな代償を払うことになった可能性もある。
志摩子と二人で解決した結城の件でも最後は結城先生と拳を交えることでしか解決できていない。結城先生が弱かったのは偶然に過ぎず、世の中には俺より身体能力に優れたものなどいくらでもいる。
結城も加わり三人でのぞんだ臨の時に漸く安全に事を運べた。だが、結城が居なければ武志の懐柔は不可能だった。
一人よりも二人、二人よりも三人、三人よりも四人。今はたまきも含め五人で動くことができる。俺達学生だけじゃない。周りには力を貸してくれる大人が沢山いる。警察署でジジイに言われた言葉が今は理解できる。
「私も納得です。入間川先輩の意図をすぐに気付けなかったのは、次期部長として不徳の致すところです」
この部屋に救われたのは俺も同じだ。この部屋で彼女達と出会い救われたのだから。
納得してくれた部員達に結城先生も加わり引っ越しの荷物を纏め始める。
「ん、何だろうこのシール。オオアリクイかな」
「あっ、それは、何でもありません。ただのゴミです」
「「プッ」」
結城先生の何気ない一言に思わず吹き出す結城と臨。慌てて志摩子が結城先生から初代フーギー君のシールを奪い取ると、有無を言わせず丸めてゴミ箱に捨てた。
「ちょっと、志摩ちゃん。初代フーギー君ステッカーはゴミじゃないよ」
「黙りなさい。ポンコツGM」
「誰がポンコツじゃー」
おいおい、また始まるのか。
「聞いてよ、お兄ちゃん。志摩ちゃんと臨ちゃんが私のことポンコツGMって言うんだよ。これは完全に悪口だよ。教師として注意してよ」
「ズルいわ律子。結城先生に告げ口するなんてフェアじゃないわ」
「そうです。律ちゃん先輩はズルいのです」
「臨ちゃんだって、さっき入間川君を味方に付けようとしたくせに」
「私は下級生というハンデを背負っているのでそれぐらいズルにはなりません」
「まあまあ、よくわからないが喧嘩はよくないよ。ところで律子、ポンコツは分かるがGMって何だ」
ポンコツはわかるのかよ。
「フフフッ、よくぞ聞いてくれたね、お兄ちゃん。この度、結城律子は竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部のGMに就任することとなりました。今日からはただの平部員ではなく律ちゃんGMなのだ」
「なあ、律子。お前はGMの意味を知っていて言っているのかい」
「勿論、知っているよ。ゼネラルマネージャーでしょ」
「だから・・・そのゼネラルマネージャーの意味を知っているのか」
「えっ、ゼネラルマネージャーはゼネラルマネージャーじゃん」
「まったく、お前は・・・いいか、ゼネラルマネージャーとは日本語にすると・・統括部長ってところかな。日本ではほとんど使われない役職だが・・ようは、決定権を持つ管理職、支店長とか工場長のことだな」
「なにそれ、全然かっこよくない。どういう事よ、入間川君」
矛先がこちらに向かってくる。だがな結城よ、俺はお前の希望を叶えただけだぞ。
「喜んでいたじゃないか。私は律ちゃんGMだって・・・フフッ」
「あー、今、鼻で笑った。やっぱり馬鹿にしていたなー」
「馬鹿になんてしていない。少し揶揄っただけだが、随分と気に入ったようだったから・・まっ、いいかなと・・フフッ」
駄目だ。思わず笑ってしまう。
「ちょっと、お兄ちゃん。酷いと思わないの、注意してよ。先生でしょ」
「まあまあ、律子。これって、あれだろ。思春期特有の・・好きな女の子をいじめたくなるってやつ」
余計な一言を・・・結城先生は空気が読めないのか。たとえ冗談でもそんなことを言えば黙っていないやつが居るというのに。
バン!
持っていたファイルを机に叩きつける志摩子。ほら見ろ、俺は知らんぞ。
「結城先生、お話があります。ここに座ってください」
「な・・何かな、片桐さん。話ならこのままでも・・・」
「いいから、座ってください。いますぐ」
「は・・・はい」
志摩子の迫力に押され、お互いの立場を忘れて従う結城先生。
「ご安心ください、結城先生。息吹君が先生の妹である律子のことを好きなどということはあり得ません。ええ、ただの一ミリも。これからその理由をお話しますのでよく聞いてください。先に断っておきますが息吹君は律子を嫌っているわけではありません。友人としても竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部の仲間としても友愛の感情は持っています。ですが、それが恋愛の感情になることはありません。ええ、ただの一ミリも。これは律子に魅力が無いと言っているのではないので勘違いしないでください。たしかに今の律子は花より団子、女性としては少し残念なお調子者のポンコツキャラではありますが、いずれは素敵なレディーへと成長を遂げることでしょう・・・多分。そもそも、律子は勿論のこと他の女性も息吹君に付け入る隙はありません。ええ、ただの一ミリも。息吹君には心に決めた女性、そう、片桐志摩子こと将来の入間川志摩子、私が居るからです。先生はこう思っているのではありませんか。人の心は移り変わるものだと。確かにそうかもしれませんが息吹君に至ってその可能性はありません。ええ、ただの一ミリも。何故そんなことが言えるのかと御思いでしょうが勿論理由があります。先生にも大変ご迷惑お掛けしてしまったあの日、息吹君が私に言ってくれた言葉をお聞かせしましょう。息吹君はこう言ったのです「もし、別の世界に行っても君を探す」と、キャハ・・。失礼しました。これは最早、永遠の誓いを超え来世の誓いを交わしたと言えるのではないでしょうか。しかも、私達には強力な味方の後押しがあります。先日、息吹君のお父様に「息子をよろしく」と言っていただきました。既に親公認なのです。私の祖母、片桐春京は言うまでもなく息吹君を敬愛し心酔しております。私が息吹君と正式にお付き合いすることとなった日、あまりの嬉しさにパーティーを開く程ですから。今の祖母の夢はひ孫を抱くことです。それすなわち、息吹君と私が子を成すと言う事。おわかりですか。私達の仲を切り裂こうとする者、割って入ろうとする者は片桐グループを敵に回すということです。私自身は御祖母様に頼るつもりなど毛頭ありませんが、御祖母様が勝手に動くことに関しては止めようがないのです。なにせ、御祖母様は怒らせると恐ろしい方ですから。それでも私から息吹君を奪おうとする女性が居るのであれば覚悟を決めましょう。戦争です。心を鬼にして持てる力を全て使い徹底的に排除し近づけさせません。ええ、ただの一ミリも。以上のことを踏まえてもう一度お聞きします。息吹君が律子を好きだと本当に思っていますか」
「いやー、冗談のつもりだったんだけど・・・」
「そうだったのですか。まったく、先生はいけずなのですからー」
「ハハハハハッ」
「フフフフフッ」
二人の乾いた笑い声が響き渡る。口は災いのもととはよく言ったものだ。
「でもわかんないよー。ほら、私って大きいから」
結城が胸を持ち上げ志摩子を煽る。もうやめておけと思うが口には出さない。わざわざ火中の栗を拾いに行く必要はない。
「フンッ、そんなものに惑わされる息吹君ではないはわ」
「そうです。志摩子先輩も私もまだまだ成長期。これからバインバインになる予定なのです。そもそも、律ちゃん先輩はただ太っているだけなのではないですか」
「へー、そう言うこと言うんだ。まあ、志摩ちゃんはさておき臨ちゃんはまだまだ成長しそうなのは確かだね。せいぜい沢山コロッケ食べるといいよ。ププッ」
「まだ言うかー」
荷物纏めの手を止め、生産性のない三人の口論は続く。気付かれぬよう逃げ出した結城先生が俺の隣で三人に聞こえないようそっと口を開く。
「いやー、参ったよ。入間川君に忠告されていたのをすっかり忘れていた」
「お疲れ様です」
「蹴りが出なかっただけで良しとするよ。君も大変だね」
「慣れれば可愛いものですよ」
「慣れたくはないけれどね」
三人の口論は終わる様相を見せない。この部屋との別れを惜しむかのように騒ぎ続ける。俺と結城先生は口を挟むことなく、この部屋最後の喧騒を見守った。
溌剌とした運動部の掛け声が響き渡るグラウンド。シューズが床に擦り付く音とボールが床を打ちつける音が入り混じる体育館。青春の激しい音色を抜けると、過疎化の進んだ寒村の雰囲気を醸し出す寂れた空間が現れる。
西日を竹林に遮断され己の姿を隠すかのようにひっそりと建つ旧校舎。人っ子一人いない昇降口。パタパタとスリッパの音だけを響かせ薄暗い廊下を進み、日の光も青春の喧騒も一切届かない最奥の部屋のドアを開く。
部屋に入りドアの横にあるスイッチを押すとカラカラと音を鳴らしながら蛍光灯に明かりが灯るが然程明るくもならない。
校内一静かで暗い部屋。太陽黒点の如く、未来輝く若者たちが集う学内にあって唯一の輝かない場所。
自ら率先して通うのは、この部屋の意義、自分が居る理由、すべき行動を知ったから。
俺は竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部二代目部長、入間川息吹。
いつ現れるともしれない生徒の最後の砦となる為、今日も唯一人、完全下校時刻までこの部屋で過ごす。
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