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最終章 ウォーク・ツゥギャザー
第十三話 舌戦
しおりを挟む「律ちゃん先輩。木下先輩は竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部に入部しないのですか」
あれから数日。俺達は日常に戻り、放課後は薄暗い部室に集合する。筋トレ用の器具は廃棄し、そのスペースには大きな木のテーブルが置かれた。
「うん。入部はしないけれど、別動隊としていつでも協力するって」
テーブルの上にはスタンドライトとカッティングマット。二種類のニッパーにデザインナイフとカッターナイフ、ピンセットやヤスリセットなどが入った工具箱。
「そうなのですか。私はてっきり入間川先輩の側近になるのかと」
そして、一メートルを優に超える巨大な箱。そう、石川模型店の店長に貰った日本海軍最大の航空母艦、信濃だ。
「そうそう、真紀から志摩ちゃんに伝言」
何年も石川模型店の商品棚に置かれており、店じまいしてからも保管されていただけあって箱が少しかび臭い。だが、それがいい。
「何かしら」
満を持して蓋を開ける。おお、これは一筋縄ではいかないぞ。長い戦いになりそうで武者震いがする。
「一番の子分は私だから、そこのところは勘違いするな。だって」
記念すべきファーストカット。おっと、その前に。切り離したパーツを一旦保管する場合の為にジップロックを用意しておかなければ。取り敢えずなどとその辺りに放置したが最後、細かなパーツは見失う危険がある。類似パーツが混ざらないように仕分けするにもジップロックは役に立つ。
「そう、木下さんも可愛らしいところがあるのね。焼きもちなんて」
いかん。気ばかりが先走っている。俺らしくも無い。ファーストカットはまだ先だ。その前にやるべきことがあるではないか。
「律子。それはそうと、昨日渡しておいた備品申請書は」
説明書。これを熟読し、今後の方針を決めなくてはならない。先走ってパーツをカットしてしまえば二度と元には戻らないのだから。
「はい。書いたよー」
模型の説明書とは思えないボリューム。こいつは読み応えがありそうだ
「何よ、これ。部の名前以外何も書いていないじゃない。やり直し。これをしっかり書かないと、備品も買ってもらえないし予算も下りないのよ。あと、週に二回は掃除しておいてね。右端のロッカーに掃除道具が入っているから」
まずは信濃の歴史か。時代背景や造船理由、そして船の最後。勿論俺は知っているが、あらためて読むとモチベーションが上がってくる。
「何で私ばかりがやらなきゃいけないの」
ふむふむ。説明書の歴史でも情報は充分だが、もう一度じっくりと信濃の歴史や当時の時代背景などを深堀したくなる。もっと感情輸入して制作にあたりたい。明日、図書室で本を借りてこよう。
「今迄は私がやっていたのだけれど、今は律子が副部長なのだから当然じゃない」
次は必要な工具。うん。これは大丈夫だ。
「辞める。私、副部長辞める。やっぱり副部長は志摩ちゃんがやった方がいいと思う」
いよいよパーツの確認だ。説明書とパーツを照らし合わせてそれぞれの袋にアルファベットで記号を振っておかねば。
「まったく・・・あなたって人は・・・いいのね、私が副部長で。平部員に戻ってしまうけれどかまわないのね」」
想像以上の部品数だ。前もって確認しておいてよかった。これはジップロックだけでなく細かな部品を仕分けするケースもあった方がいい。確か百円ショップにあった筈だ。すぐに入手せねば。
「オッケー、オッケー。結城律子、只今平部員に戻ってまいりました。よろしくね、臨ちゃん」
カスタマーズセンターの確認もしておこう。古い商品だ、パーツを紛失したり破損させてしまった場合、新たにそのパーツだけを取り寄せる必要があるからな。もし、サービスが終了してしまっているのであれば、代替えパーツがあるかの確認、最悪自分でパーツを一から作らなければならない。
「はい、お帰りなさい。こうなると思っていました。ですが律ちゃん先輩、これだけは言わせててください。律ちゃん先輩はただの平部員にして永遠の平部員。それに対して唯一の下級生である私は次期部長が約束された平部員。いずれは竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部を統べる者となる平部員です。言わば、駄馬とサラブレット、同じ平部員ですがまったくの別物です」
メーカーは大丈夫だ。今もまだ有るのは知っている。問題は商品。家に帰ったら早速ネットで調べよう。
「なんですとー。まずい・・それはまずい。ねー、入間川君。私にも何か役職付けてよー。かっこいいやつ」
今日から作り始められると思っていたが考えが甘かった。完全な準備不足だ。とりあえず今日できるのは記号の振り分けだけだな。説明書を持って帰って、もう一度作戦を練り直さねば。見切り発車で何とかなる相手ではないぞ、この信濃は。
「ねー、入間川君てばー」
「・・・・・・・・・」
「聞いてるー、入間川くーん」
「・・・・・・・・・」
「ぶちょ―。入間川ぶちょ―」
「やかましー」
まったく、新たな挑戦を目の前にして期待と興奮に心躍らせているのが分からないのか。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。我慢するにも限度がある。
「なによ、やかましいって、偉そうに。大体さっきからプラモデル見てニヤニヤしていてキモいんだけど」
「なんだと」
「どうせ作るならそんな古臭い船じゃなくてガ〇ダム作ってよ。ガ〇ダム」
「それいいですね。弟の武志もガ〇ダム好きですよ」
「お前らなー・・・・」
落ち着け、落ち着くんだ俺。男のロマンがこいつらに分かる筈がない。まだ花より団子のお子様達だ。そう思えば可愛いものじゃあないか。
「それでなんだ、新しい役職だったか」
「そう、かっこいいやつ。副部長よりも」
役職をかっこいい悪いで語っている時点で既にかっこ悪いと結城は分かっていない。どうせ分からないのだから適当に付けて大人しくさせるか。
「よし、結城。今日からお前はゼネラルマネージャー、GMだ」
「何それ、かっこいいー。今日から私はGM、律ちゃんGMだ」
喜んでもらえて何よりだ。いずれGMの意味を知って赤面するといい。信濃を古臭い船などと言った罰だ。
「ちょっと、律子。GMの意味を知っていて言っているの」
「知っているよ。ゼネラルマネージャーでしょ」
「だから、そのゼネラルマネージャーの意味を・・」
「なぁに、志摩ちゃん。悔しいの。私がGMに就任して。そうだよねえ、副部長より断然かっこいいもん」
「そんな訳ないでしょう。まったく、貴女は・・・」
「むむー。いいのかな、志摩ちゃん。私にそんな態度取って」
「何よ」
結城は鞄からクリアファイルを取り出すとそこからA4サイズの紙を一枚、どうやら何枚かのシールになっているようでペロリと剥し志摩子の手の甲に貼った。
「ジャジャーン。志摩ちゃん作画、初代フーギー君をシールにしてみました。これを学校中に貼っちゃうよ」
「律子・・・なんて恐ろしい事を考えるの。貴女の発想はテロリストと同じよ」
「可愛いじゃないですか、初代フーギー君。律ちゃん先輩、私にも貼ってください」
「いいよー。いっぱいあるからねー」
「止めなさい。臨」
「いいじゃないですか」
「駄目。貴女まで私を馬鹿にするのなら、考えがあるわ」
「な・・なんですか」
「・・・・・コロッケダンス」
「あー、言った。言いやがりましたね。志摩子先輩とはいえ、それは触れてはならない禁忌ですよ」
「フン。裏切者は粛清よ」
「酷いです、志摩子先輩。志摩子先輩の発想は独裁者と同じです」
「何とでも言えばいいわ。さあ、これ以上黒歴史を抉られたくなければ、律子からシールを全て奪いなさい」
「悪に魂を売っちゃ駄目だよ、臨ちゃん。私達平部員、たとえ一人一人は弱くとも力を合わせて権力に抗えば何かを変えられる筈だ」
ストライキでも起こすつもりか。ここは蟹工船かよ。
「あら、律子はGMに就任したのではなかったかしら」
「あ、そっか。ごめん、臨ちゃん。私は律ちゃんGM。平部員とは済む世界が違うのだよ」
「最悪です。律ちゃん先輩は人の上に立ってはいけない典型的なタイプです」
「うん、わかるよー。私がGMに就任しちゃったから悔しんだよねー。平部員の臨ちゃん」
「悔しくなんてありません。ポンコツGMのくせに」
「誰がポンコツじゃー」
「いじめです。今この部室でいじめが起きています。入間川先輩、助けてください。先輩方にいじめられています」
「・・・・・・・・・」
「ズルいわよ、臨。ダーリンに助けを求めるなんて」
「・・・・・ダーリンはやめてくれ」
「はぁー、我が校のマドンナとまで言われた志摩ちゃんが。見てられないね、このバカップルは」
「なんですって、ポンコツGM」
「誰がポンコツじゃー」
「やれやれー。もっとやれなのです」
「「うるさい、コロッケダンス」」
「それは言わない約束でしょうが」
これ、いつまで続くんだ。
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