サンスポット【完結】

中畑 道

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第二章 ブラザー・オン・ザ・ヒル

第四話 協力

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 片桐によって教室での居場所を奪われた俺は、一人部室で弁当を広げた。

 毎朝、姉さんに無理矢理持たされる弁当は、バランスの取れた食材が彩りよく並んでいる。冷凍食品を使わず手の込んだ中身は愛情の押し売りにしか思えない。昼食の度に、こんな物望んではいないと嘆息する。

 唐揚げを口に放り込み、味わうでもなく喉を通す為だけに咀嚼を繰り返していると、トタトタと廊下を小走りする足音が聞こえた。

「息吹君、酷いじゃない。私を置いて行くなんて」

 部室のドアを開くなり、片桐は謂れのない苦情を投げつけてくる。

「別に、約束なんてしていないだろ」

「約束してなくても、私は息吹君と一緒に食べるって決めているのよ。本当に朴念仁なのだから」

「朴念仁とは、素朴な考えを持ち飾り気の無い人物、というのが本来の意味だ。その点では確かに俺は朴念仁だな」

「もう、馬鹿。いけず」

 片桐は文句を言いながらも、微笑を浮かべ隣の席で弁当を広げる。復学以降、彼女はよく笑うようになった。

 早起きして自分で作ったのか、それとも春京さんに作ってもらったのか、可愛らしい弁当を美味そうに食べ始める。綺麗に箸を使い、美しい姿勢で、音を立てず。
 改めて思う。あの男と生活をしている間、片桐を躾ける人間はおらず、誰にも指導、注意されることなく自分でその所作を身に着けたのだ。自らに規制を設け、己を律し続けたのだと。

 昨日、結城の件で片桐を排斥しようとしたが、片桐は拒んだ。
 当然だ。片桐は強い。俺より遥かに。

「結城の件だが・・・」

 片桐の手が、ぴたりと止まる。

「お前も、手伝ってくれ」

 俺の目を見る片桐の表情は凛然としている。

「当然でしょ。私は竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部副部長なのだから」

 これを求めていたのか。「竹ヶ鼻商店街の歴史と文化」の制作などではなく、この部本来の活動を片桐は共にしたかったのか。「共に学んで下さい」片桐があの時放った言葉が頭の中で木霊する。

「それで、私は何をすればいいの。息吹君のことだから、既にある程度の当たりは付いているのでしょ」

「そうだな、結城が抱えているは、お前のとき程大きな問題じゃない。警察が介入する事態になるような事はないだろう」

 先ずは、安心させてやることが必要だ。片桐のように言葉が辛辣な人間ほど根は優しい。優しいからこそ、たとえ己が嫌われてでも正しいことを口にするが故、どうしても厳しい物言いになる。誰しも人に嫌われるよりは好かれたいから言葉には気を付ける。いや、言葉にだけは気を付けるのだ。他者を思い、行動するのに比べ、言葉だけを取り繕うのは容易く、心象も良い。強く、正しくなければ、片桐のような辛辣な言葉は吐けない。

 屁理屈を並べ、小賢しく、恰も正論を言っているよう装う俺などとは根本が違う。

「今のところは、でしょ。時間を掛ければ結城さんの闇は肥大し続けるのではなくて」

「その通りだ」

 その結果、片桐の闇は刑事事件にまで膨張した。

「お前から見て結城律子はどんな人間に見えた。率直な感想を聞かせてくれ」

「そうね・・・明るくて物怖じしない性格・・私の苦手なタイプね。あと・・・」

「あと?」

「これは単純な疑問なのだけれど、何故お昼休みにわざわざ木下さんの所に来るのかしら。彼女なら友人を作ることなど雑作もないでしょうし、あれだけ明るい性格の持ち主なのだからクラスでも中心的な存在ではなくて。だとしたらクラスメイトが放ってはおかないと思うわ。昨日の私に群がる連中を見たでしょ、女子高生なんて概ねあんなものよ」

 なるほど、言われてみれば確かにおかしい。クラスの中心人物が毎日昼休みに他のクラスで昼食を摂るなどありえない。考えられるのは結城がクラスの中心人物ではない・・あり得るか、あの性格で・・

「もう一つ、彼女は木下さんのことを『親友』と言ったわ。性格が正反対の二人が親友だなんて違和感がある。だけど、二人は本当に仲が良い。あのおとなしい木下さんが、彼女には遠慮なく話していたもの。息吹君の机を運ぶのも手伝ったみたいだし、貴方は随分とおモテになるようね」

 片桐の理路整然たる弁には説得力があり、考察は鋭い。正しい人間だからこそ違和感に反応できるのだろう。

「木下の件は後だ。事が片付いたら幾らでも結城に聞けばいい」

「ええ、そうさせてもらいます」

 先程までの舌鋒は影を潜め、プイと幼げに顔を背ける。その人間臭さに安心感を覚えつつ考えてはみるが、木下が俺を気に掛けている理由に心当たりがない。だからこそ気にはなるのだが、最優先事項は結城律子だ。

「片桐は、クラスでの結城を探ってくれ、その辺りはお前の方が敏感なようだしな。俺は放課後ジジイの所へ行ってくる」

「任せて。それと、イラストを描いてきたから放課後にチェックしてもらえるかしら」

「仕事が速いな」

「当然でしょ。私は竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部副部長なのだから」

 そう言って、片桐は満足そうに唐揚げを口に運んだ。

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