縁は異なもの、味なもの

坂巻

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第17話 夕食での反省会あるいは焼きそば祭り

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野菜と肉と麺が焼けるぱちぱちという音。部屋に満ちる香ばしい香り。
ホットプレートの前に陣取った暦は、出来上がりつつある料理に大量のソースを投入する。じゅわりと水分が跳ねる音がして空腹を刺激する香りがさらに増した。

「できた! 一撃必殺フォルモント月牙スペシャル焼きそば!」
「この間と名前変わってない?」
「焼きそばとうちは日々進化するもんやし」
「へえ……」

完成した料理名に対して疑問を持ちながらも巌乃斗は綺麗に皿を並べ、わたくしはその隣で急須のお茶を注ぐ。

暦と巌乃斗とわたくし、そして仕事中だが露払の揃った夜だった。
人に仇なす河童を滅してから4日は経っている。あの夜は事後報告などで慌ただしかったが、処理を露払家の担当に任せてからは特に何もない。村雲の調査でも周辺に他の怪しい妖はいなかった。

わたくしたちなりの日常に戻り始め、いつものように仕事をこなす。
明日は陰陽寮からの依頼を巌乃斗と共同ですることになっている。その打ち合わせに講義終わりの彼女が来ていたのだが、それを知った暦は学校から帰宅して早々に「焼きそば祭りをする」と宣言し、現在に至る。

スーパーでの買い物から付き合わせていただいたが、真剣にキャベツを睨み、ソースに拘り、絶対に鶏もものひき肉と断言し、材料を選ぶ暦の姿は情熱に溢れていた。

作業が一段落したらしい露払が、パソコンの前から離れ一度台所に行って戻って来る。全員座った所で「いただきます」の声と共に食事が始まった。

「露原先生、マヨネーズください」
「へい」

巌乃斗のお願いに、さっと露払が目的の物を差し出す。目線すら合わせないそれは、親しさからくる雑なやり取りだ。
暦は自分で作った焼きそばをひたすら褒めながら食べ、わたくしもあまりのおいしさに何度も褒めた。こちらに来てから初めて食べたカップ焼きそばもなかなかのものだったが、新鮮な野菜とひき肉のうまみが絡まった出来立ての焼きそばは想像以上に美味だった。

「暦さん、とっても美味しです」
「もおー、さっきも聞いたで、みこっちゃん」
にこにこと笑いながら暦は空になった自身の皿にホットプレートにある焼きそばを追加している。
「うち焼きそばとカレーしか作れんけど、まあその代わり? 味には自信あるし」
「カレーも作れるのですか? 天才ですわね」
「……あー、うん。みこっちゃんからしたらそうなんかもしれん」
カレールーの箱に書いてある通りに作れば上手くいくという、昔のクラスメイトの言葉を信じたわたくしは、初めての一人暮らしで挑戦しようとし――材料を全て爆発させた。
カレーは簡単と言い切っていたクラスメイトや暦は天才に違いない。

「打ち合わせは済んだのか?」
何の気なしに問うてきたのは、缶ビールを傾けていた露払だった。

「うん。私の大学終わりに現地集合することにしました。あとは様子を見て櫛笥さんの破邪区域に頼る形になるかな、と。急ぎじゃないんですよね?」
「今はな」

元々はわたくしだけでこなす仕事だった。だが巌乃斗にどうしても、と言われ彼女と一緒に向かうことになったのだ。なんでも、破邪師の技を実際に見たいらしい。
わたくしだけでは頼りないからという理由なら落ち込むべきだが、そういう話ならこちらも締結師の戦闘を学ぶ良い機会になる。一度己の身で食らってはいるが、別の視点で妖と戦う巌乃斗はぜひ見てみたい。

「最近物騒な妖も多いから、用心しろよ」
「ああ、数日前の河童とか? 報告書読んだけど、大変だったね2人共。右夜も頑張ったんだって?」
どうやら巌乃斗は、露払本家で報告書に目を通したようだ。
ご機嫌で焼きそばを食べていた暦が急に顔をしかめる。それでも青のりと鰹節を追加する動きは止まらなかった。

「みこっちゃんがなんとかしてくれたし。うちはほとんど何もできんかったけど」
「そんなことはありませんわ。暦さんが動きを止めてくれなければ、あんなに早く仕留められませんでした」
行いを低く評価する暦を否定するも、彼の表情は晴れない。
あの時、一度攻撃を受けてから反撃しようとしたわたくしを助けてくれたのは暦だ。彼が長月を呼ばなければ、すぐ癒えるとはいえわたくしは傷を負っていた可能性が高い。

「うち、ちょっとためらってしもたんよな……ほらこの辺りで河童っていうたら、天莉ちゃんの大学近くにある川のとこにいたやつやん?」
「ああ、日向ぼっこしながらのんびり泳いでるやつね」
「そう。話したこともないし、全然知らん妖やけど、変やなって思って……みこっちゃんみたいに躊躇いなく祓えんかった」
足止めをしてくれたことはわたくしにとって最高の補助だった。けれど彼にとっては足止めしかできなかったことが苦い部分らしい。

「あの場でできることとしては、暦さんの助けは十分すぎるものでしたわ。本当にありがとうございます」
だからわたくしの素直な気持ちを伝えるしかないと思った。今後どう飲み込んでいくのかは彼の問題だ。

「俺も良くやったと思うぞ。右夜も櫛笥も。状況聞くだけでも、ベテラン術師の対応案件だからな。破邪師の経験から即滅しようとした櫛笥も偉いが、別に右夜の行動も間違ってたわけじゃない」
飲んでいた缶ビールを座卓に置いた露払は、湯気を上げる焼きそばの皿へと手を伸ばす。
「普段と違和感があったんだろ? そういう直感は大事だからな。躊躇いも好転する場合もあるし、即断できない時は理由をよく考えろ」
食事中にする会話にしては、とても真剣なものを含んでいた。わたくしも暦も巌乃斗も沈黙したままで、熱され続けるホットプレートがじゅうじゅうとないている。

「前回のことを悔やむなら、次はもっとうまくやればいい」
「ん、そうする――露払先生、マヨネーズとカツオと青のりは?」
「鰹節と青のりだけくれ」
「ほい」

そこからはもう、暦の沈んだ雰囲気は綺麗さっぱり消え去っていた。

「あ、河童にびっくりしたんもあるけど、みこっちゃんにもちょっとびっくりしたからな、ちゃんと理解したから次は平気やけど」
「わたくしですか?」
突然話の方向が、こちらに向いてきた。
「そう。ほら、うちらの霊力って祭具に込めたら攻撃力上がるやん? 妖以外も切れるし殴れるし抉れるし。破邪師の力は妖以外には効果ないって話は聞いてたけど、実際見たことなかったから祭具を女の人に振り下ろしたとき、ヤバい思たもん」
「なるほど」
鈴串から飛び出した光は河童の根のような部分だけいつも通り焼き切ったが、それを締結師がやると女性にも被害がいってしまう。緊急時の見慣れない行動は、一瞬暦を戸惑わせたようだ。

「便利ですねえ。破邪師の力って」
のんびりと話を引き継いだのは、巌乃斗だった。
「建物の損壊とか気にしないで思いっきりやれるの楽そう……」
「便利な部分もありますが、不便なところもありますわ。例えば、妖が何か物を投げつけてきても妖ではないので壊して防ぐことはできないですし、はじき返すこともできません」
仮にそれをやるなら己の腕力や式神でやるしかない。陰陽師や締結師は霊力を行き渡らせた祭具で物理的にやり返すことが可能だろう。

「まあせっかく締結師と破邪師がいるんだ。お互い協力してうまいことやってくれ」
「はーい」

露払に返事をする暦に続いて、わたくしも「はい」とその言葉に頷き噛み締めた。

「ほらほら、みこっちゃん皿空いてるやん。おかわりいる?」
「櫛笥さん、お茶も追加で淹れましょうか」
「あーー、仕事終わってないのに飲むビールはうまいなあ」

各々が好きに喋り、飲み、食べている。
ここには冷え切って胃が痛くなるような食卓はない。目の前のおかわりが盛られた皿も、笑顔でこちらに話しかけてくれる人々も、まぎれもない現実だ。
それなのに、夢のようだと思う。
覚めたくないと思ってしまう。

今後どんな運命が待っているかもわからないのに、手放したくないと。
わたくしはそんな浅ましいことを願ってしまった。




◆ ◆ ◆ ◆




翌日、巌乃斗天莉と向かった任務にて。

巌乃斗の大学近くにある資材置き場として使われている倉庫で、人を転ばせる程度だと聞いていた悪戯好きの妖は残虐性と数を増幅させていた。
破邪区域の準備はしたもののまずは様子を見ようと中に入って、襲われたのはすぐのこと。瞬間区域を発動して、巌乃斗と共に反撃に出る。一般人はともかく、破邪師と締結師にとっては大したことのない下級の妖だ。それでも数が多いとなかなか厄介だった。
次々と飛び掛かって来るネズミに似た妖はわたくしと巌乃斗を翻弄し、倉庫に入って数十分が経過している。

「まって! 待ってって、櫛笥さん!!」

巌乃斗の制止は、わたくしの動きを止めるには至らなかった。

四方から迫る複数の妖相手に、躊躇うという選択肢はない。
ここで引いて、体勢を立て直して巌乃斗と共に再度攻撃するというのは、確実な方法のひとつだろう。だが、多少襲われたところでわたくしの身体なら耐えられる。ここで時間を空けて散ってしまった妖を1匹1匹探し回って潰していくのは手間だ。
現在、破邪師としての仕事しかないわたくしと違って、明日も朝から講義があると巌乃斗は言っていた。彼女のためにも早く終わらせてあげたい。

鈴串を振るう隙間を抜けて、小さくすばっしこい妖たちがわたくしの頬や腕を切り裂いた。たいしたことのない擦り傷だ、すぐに治る。
後を追う様に祭具を払い、破邪の力で妖を砕く。そして破邪区域の出力をさらに上げた。下級の妖が悲鳴を残し消えて行く。

先程までの戦闘の荒々しさが消え、元の平穏を喜ぶように静けさが戻ってくる。
区域の中に妖の存在は感じられない。無事に滅することができたようだ。

お疲れさまでした、と挨拶しようとした巌乃斗の表情は予想外に硬かった。


「……櫛笥さん、お話があります」
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