狗神巡礼ものがたり

唄うたい

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四:狒々の池泉

迂闊

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 ◇◇◇

 早苗さんが攫われた。
 何者だ? なぜ突然、よりにもよって彼女を? 俺はなぜもっと早く反応出来なかったんだ。

 俺達に助けを求めた、早苗さんの怯えた顔…。
 居ても立っても居られず、あの大男が走り去った方向を目指し、俺もまた走り出した。
 人の姿じゃ遅すぎる。芒色の山犬の姿となって、力の限り脚を回す。

【早苗さんっ、早苗さん…!!】

 だが…俺がどれだけ走ろうと、あの大男に追いつくことはなかった。
 広くどこまでも続く街道の彼方に、二人の姿は消えてしまったのだ。

 全速力の脚も、もう追いつけないと悟ったとたん、力が抜けていく。
 次第に速度が落ち、やがて…、

「…くそ…っ!!」

 俺は人の姿で、その場に立ち尽くしてしまった。


「ーーー仁雷!」

 後から追いついた義嵐には目もくれず、俺は早苗さんが連れ去られた方角を睨む。

「…何なんだ、あいつは。何者なんだ? なぜ、早苗さんを…?」
「落ちつけよ、仁雷」
「…っ、状況が分かってるか、義嵐!! 俺達は早苗さんの護衛だろう! それなのに…っ、みすみす連れ去られたんだ! 奴がもし彼女の命を狙っているとしたら…!」

 自制が効かないほど、俺は追い詰められていた。
 義嵐に当たったところで何にもならない。頭では分かっているのに。

「……俺が、もっと注意深く彼女を見ていれば…」

 自分自身が憎い。いくら責めて罵っても足りない。
 そんな俺を鎮めるのはいつだって、義嵐の役目だ。

「何者にせよ、奴は早苗さんが犬居の娘であることを知ってた。巡礼に関係しているのは間違いない。何か必要があって連れ去ったんだとしたら、無闇に命を奪ったりはしないだろ。幸い早苗さんは団子を食べてたから、匂いが強く残ってる。それを辿れば、居所なんてすぐに分かるさ」

 言うが早いか、義嵐の体が大きく盛り上がり、見慣れた炭色の山犬に変化する。

【そら、泣いてる暇はないぞ。さっさと走れ仁雷!】
「……な、泣いてない。お前こそ、脚を緩めるなよ!」

 次いで、俺も元の芒色の山犬に変化する。
 そうだ。立ち止まってる暇なんてない。今こうしている間にも、早苗さんは脅威に晒されている。

 雨や風で匂いがかき消されないうちに、俺達は早苗さんの連れ去られた方角を目指し、走り出す。

【あの男……見つけたら必ず喰い殺す…!!】
【仁雷、仁雷。顔が恐い】

 今度は、自分の中に湧き立つ“怒り”を抑えることが出来なかった。
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