狗神巡礼ものがたり

唄うたい

文字の大きさ
上 下
2 / 39
一:犬居の娘

狗神さま

しおりを挟む
 わたし…早苗さなえが生まれた犬居いぬい家は、先祖代々続く由緒ある社家しゃけでした。

 犬居家の現当主であり、星見さまとわたしの父上にあたる 犬居いぬい 玄幽げんゆうさまは、正妻を病で亡くされた後、犬居の血筋ではない三人の妾を囲いました。
 大の女好きというわけではありません。ある事情で、犬居という家は昔から、喉から手が出るほどに“女児”を望んでいたのです。

 普通なら、おいえの存続のために男児を望むはずですが、なぜ女児なのか?
 それは、犬居家が代々祀る“狗神いぬがみさま”のためでした。


 狗神さまの息づく土地に、最初の犬居が移り住んでから長い長い時間をかけて、一族は繁栄しました。
 広大な土地。峨々ががたる山々。木材や水、砂金などの豊富な資源を利用して、犬居家は財を築いたのです。

 …しかしその代償として、狗神さまは犬居家に対して、ある要求をされました。

 “十年に一度、犬居の血を引く若い娘をささげる”こと。
 人身御供ひとみごくう。つまりは、生贄です。

 狗神さまのお守りくださる土地で、実り多く平和な暮らしを送るため、先祖代々、犬居の血を引く若い娘を献げ続けてきたと聞きます。


 恐ろしい話…と思われるでしょうか。

 しかし当の一族にとっては、幼い頃から、とても尊くほまれ高い風習として教えられてきました。

 生贄に選ばれることは、信仰する狗神さまのおそばでお仕えできるということ。一族の平和な暮らしを守れるということ。とても名誉なことだと、わたしも幼い頃に母から聞かされたものです。
 その母も、わたしが三歳の時に、流行り病で亡くなりましたが…。

 わたし自身、“生贄”とは同時に“死”を意味することは知っています。恐ろしさを覚えるものの、狗神さまの威光は幼い頃から深く心に根付いていました。
 辛いとき、悲しいとき、逃げてしまいたい時、心の奥深くで狗神さまに祈り、狗神さまにお目通りが叶う日を期待してしまう。“いつか狗神さまの生贄となること”だけが、この家に生まれたわたしの意義だったのです。

 わたしは犬居の血を引いてはいても、妾の子ども。
 本家の娘の身代わりとして、狗神さまへ献げるために、産み育てられたに過ぎないのですから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

発端

くろねずみ
ライト文芸
小学生の頃に見たコーチのお漏らしが忘れられなくなってしまった高校生の話など 性癖が始まったおしっこ関連の事件詰め合わせ

灰かぶり姫の落とした靴は

佐竹りふれ
ライト文芸
中谷茉里は、30手前にして自身の優柔不断すぎる性格を持て余していた。 春から新しい部署となった茉里は、先輩に頼まれて仕方なく参加した合コンの店先で、末田皓人と運命的な出会いを果たす。順調に彼との距離を縮めていく茉莉。時には、職場の先輩である菊地玄也の助けを借りながら、順調に思えた茉里の日常はあることをきっかけに思いもよらない展開を見せる……。 第1回ピッコマノベルズ大賞の落選作品に加筆修正を加えた作品となります。

笑うは咲く

ゆうひゆかり
ライト文芸
気のおもむくまま綴った詩集です。 更新は不定期です。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

毎日!アルスの日常366

星月
キャラ文芸
2024年は閏年、例年よりも1日だけ多い。 アルス達が送る366日間をお楽しみください。 毎日投稿で、投稿日と話は同日である。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

進め!健太郎

クライングフリーマン
ライト文芸
大文字伝子の息子、あつこの息子達は一一年後に小学校高学年になっていた。 そして、ミラクル9が出来た。

処理中です...