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二十八
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田舎道を馬に乗った士大夫と彼に寄り添うように三人の男女が歩いていた。
「大尚宮さまたち、びっくりするでしょうね」
三人のうち一番若い少年が馬上の人物に話かけた。
「そうだね」
こう応えながら彼は昨日のことを思い返した。
王宮から戻った翌日の夜のことだった。
岐城君は王に呼ばれ“見張り役”と共に王宮に向かった。
既に覚悟の出来ていた彼は、普段、出勤するように部屋を出た。門を出る時、吉祥父子が寄って来たので
「後のことは宜しく頼む」
と父親に言い、息子の頭を撫でた。
「岐城さま」
父子が啜り泣くとその場にいた他の使用人たちも泣き始めた。
彼らを労うと岐城君は
「参ろうか」
と背後にいた“見張り役”に声を掛けた。
遠去かる主人たちを吉祥父子たちは涙を流しつつ見送った。
王宮に着き、王の執務室に入ると先客がいた。
「師傅!」
「岐城さま」
元師傅はいつものように優しく応じた。そして、
「ずいぶん苦しまれたのですね。昨日、主上から全て伺いました。主上もおっしゃてましたが、事前にご相談いただけたらと。もちろん無理なことは十分に存じておりますが‥。もし打ち明けて下さったら主上は二人を娶せてやるつもりだったとおっしゃてました。不可能なことは承知しておりますが‥」
と悲痛な声で言うのだった。
まもなく王が部屋に入って来た。二人は平伏した。
二人の前に王は座ると顔を上げさせた。
そして手づから二人の前に書状を置き、開いてる見るよう命じた。
王の言葉に従い、書状を開いた岐城君は驚いて異母兄の顔を見た。
「どうだ、しばらく亡き妻君の側に行き供養してあげなさい」
王は微笑みながら言った。
岐城君は姫君の眠る墓所のある村の里長に命じられたのだった。
外見は左遷だが、岐城君にとってはこれ以上ないものだった。
「ありがとうございます」
彼は心から感謝して平伏した。
「師傅もこれでよいな」
彼も外見は左遷同様だった。あの日、師傅は内医院の都提調に急遽任命され、即時に地方の守令に格下げされた。
「仰せのままに。家人も喜んでおります。風光明媚で温泉もある地に行ってみたいと申しておりましたので」
朴尚宮(侍中)は、薬の処方の間違いによって亡くなったということになり、そして王の子を宿していたため側室に格上げされ“淑儀”の位を追贈された。
これに対し多くの人々は師傅及び岐城君に同情した。病死というのはやむを得ないことだ。どんなに最善を尽くしても悲しい結果になることは多々あった。不可抗力なのである。
だが、誰かが責任を取らねばならなかった。それゆえ、内医院と施薬院の長がそれを負うのである。
師傅を内医院都提調にしたのは、先の都提調が朝廷の反主流派閥に属する人物のため、政権内の派閥争いに繋がり兼ねないことを懸念したためだった。
岐城君に対しては罪が重過ぎるのではないかと、特に施薬院の職員たちが言い合っていた。
王から今回の件の話があった時、師傅は喜んで引き受けた。
「赴任先は師傅がかねてより行きたいと仰っていた場所だ。高齢ゆえ特別に家族同伴で構わぬ」
「ありがとうございます。これまで家人にはいろいろ苦労を掛けたので、これで報いようと思います」
師傅は改めて平伏したのだった。
「師傅は出来るだけ早い時期に帰京出来るようにするつもりだ」
王が言うと
「いえ、この地が気に入ってずっと住み続けるかも知れませんよ」
と師傅が冗談めかして応じた。
「それでは私が困ってしまう」
王も冗談めかして答えた。続けて
「岐城君は月に一度上京するように」
と異母弟に命じた。朴尚宮の月命日に祭祀をせよとのことだった。岐城君は異母兄の配慮に感謝するばかりだった。
「まもなくですね、岐城さま」
壮年男性が主人に声を掛けた。
「ああ、お前たちもここまでご苦労だったな」
「とんでもございません」
「吉祥は都に居たかったのではないか?」
少年に声をかけると代わりに父親の壮年が
「いや、都にいたら“悪いこと”ばかり覚えてしまいます」
と笑いながら応じた。
「吉祥なら大丈夫だよ」
士人は少年に向かって言うと彼は照れ笑いを浮かべた。
「大尚宮さまたち、びっくりするでしょうね」
三人のうち一番若い少年が馬上の人物に話かけた。
「そうだね」
こう応えながら彼は昨日のことを思い返した。
王宮から戻った翌日の夜のことだった。
岐城君は王に呼ばれ“見張り役”と共に王宮に向かった。
既に覚悟の出来ていた彼は、普段、出勤するように部屋を出た。門を出る時、吉祥父子が寄って来たので
「後のことは宜しく頼む」
と父親に言い、息子の頭を撫でた。
「岐城さま」
父子が啜り泣くとその場にいた他の使用人たちも泣き始めた。
彼らを労うと岐城君は
「参ろうか」
と背後にいた“見張り役”に声を掛けた。
遠去かる主人たちを吉祥父子たちは涙を流しつつ見送った。
王宮に着き、王の執務室に入ると先客がいた。
「師傅!」
「岐城さま」
元師傅はいつものように優しく応じた。そして、
「ずいぶん苦しまれたのですね。昨日、主上から全て伺いました。主上もおっしゃてましたが、事前にご相談いただけたらと。もちろん無理なことは十分に存じておりますが‥。もし打ち明けて下さったら主上は二人を娶せてやるつもりだったとおっしゃてました。不可能なことは承知しておりますが‥」
と悲痛な声で言うのだった。
まもなく王が部屋に入って来た。二人は平伏した。
二人の前に王は座ると顔を上げさせた。
そして手づから二人の前に書状を置き、開いてる見るよう命じた。
王の言葉に従い、書状を開いた岐城君は驚いて異母兄の顔を見た。
「どうだ、しばらく亡き妻君の側に行き供養してあげなさい」
王は微笑みながら言った。
岐城君は姫君の眠る墓所のある村の里長に命じられたのだった。
外見は左遷だが、岐城君にとってはこれ以上ないものだった。
「ありがとうございます」
彼は心から感謝して平伏した。
「師傅もこれでよいな」
彼も外見は左遷同様だった。あの日、師傅は内医院の都提調に急遽任命され、即時に地方の守令に格下げされた。
「仰せのままに。家人も喜んでおります。風光明媚で温泉もある地に行ってみたいと申しておりましたので」
朴尚宮(侍中)は、薬の処方の間違いによって亡くなったということになり、そして王の子を宿していたため側室に格上げされ“淑儀”の位を追贈された。
これに対し多くの人々は師傅及び岐城君に同情した。病死というのはやむを得ないことだ。どんなに最善を尽くしても悲しい結果になることは多々あった。不可抗力なのである。
だが、誰かが責任を取らねばならなかった。それゆえ、内医院と施薬院の長がそれを負うのである。
師傅を内医院都提調にしたのは、先の都提調が朝廷の反主流派閥に属する人物のため、政権内の派閥争いに繋がり兼ねないことを懸念したためだった。
岐城君に対しては罪が重過ぎるのではないかと、特に施薬院の職員たちが言い合っていた。
王から今回の件の話があった時、師傅は喜んで引き受けた。
「赴任先は師傅がかねてより行きたいと仰っていた場所だ。高齢ゆえ特別に家族同伴で構わぬ」
「ありがとうございます。これまで家人にはいろいろ苦労を掛けたので、これで報いようと思います」
師傅は改めて平伏したのだった。
「師傅は出来るだけ早い時期に帰京出来るようにするつもりだ」
王が言うと
「いえ、この地が気に入ってずっと住み続けるかも知れませんよ」
と師傅が冗談めかして応じた。
「それでは私が困ってしまう」
王も冗談めかして答えた。続けて
「岐城君は月に一度上京するように」
と異母弟に命じた。朴尚宮の月命日に祭祀をせよとのことだった。岐城君は異母兄の配慮に感謝するばかりだった。
「まもなくですね、岐城さま」
壮年男性が主人に声を掛けた。
「ああ、お前たちもここまでご苦労だったな」
「とんでもございません」
「吉祥は都に居たかったのではないか?」
少年に声をかけると代わりに父親の壮年が
「いや、都にいたら“悪いこと”ばかり覚えてしまいます」
と笑いながら応じた。
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