密会の森で

鶏林書笈

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十八

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 翌日、第二王妃の使いで侍中は内殿の正妃のもとへ行くことになった。ついでに書庫に立ち寄り調べ物をしたいと申し出たところ、王妃は承諾してくれた。
 女官の衣服を身に付け、彼女は先ず内殿に行った。
 内殿の人々は本心はどうあれ、王妃付きの彼女をいつも丁重に迎えてくれる。それは主人である正妃の影響なのだろう。
「第二王妃は聡明で心根の良い方ね」
 彼女はいつも朴尚宮(侍中)の主人を称賛する。季節の挨拶や詩の応酬等々を通じて年齢の離れた王妃の賢さや心遣いを理解しているためだ。加えて王の信頼と愛情を得ているという自信からくる余裕もあるかも知れない。
 別殿外の人々は概ね朴尚宮に対して好意的に接している。曼珠国から来た第二王妃付きの女官は、皆、士大夫層の娘であることを了承しているのだろう。
「いつもありがとう」
 尚宮からお茶を受け取った正妃は礼を言った。正妃がお茶を好むことを知った王妃は実家に連絡し、時々、自国のお茶を取り寄せて贈っている。正妃は毎回このことをとても喜んでくれた。
「そういえば、王妃は木槿国の詩集を読みたいって言っていたけど、先日、よい書物が手に入ったわ。持って行って」
 こう言いながら正妃は朴尚宮に書物を手渡した。
「ありがとうございます」
 尚宮はお茶を包んできた風呂敷にそれを包み、その場を辞した。
 本来ならば次に書庫へ立ち寄るのだが、その必要は無くなった。自分自身の調べ物もあったのだが、主たる目的は王妃のために書物を借りることだった。正妃が書籍を貸してくれたので、自分の用事は次回にすることにした。
 尚宮の足は本人も気付かぬうちに森へと向かった。
「今日も十六夜君はいらっしゃるのだろうか…」
 期待と不安を抱きながら侍中は森の奥へと入って行く。やがて人影が見えた。
「岐城さま」
 尚宮が声を掛けると
「朴尚宮か、師傅のところからの帰りかい」
と岐城君は優しい声で応じた。
 尚宮はとにかく返事をしようと思った。
「いえ、内殿に行っていました」
「正妃様のところか」
「はい」
「そうか、正妃様は良い方だよ」
「そうですね」
 ぎこちなく始まった会話だが、その内容は次第に広がっていき、互いに時間の経つのも忘れて行った。
「そろそろ戻らないと」
 尚宮が切り出すと
「そうだね、よかったら明日もここに来てくれないか」
と岐城君が提案した。尚宮も望んでいたことなので
「はい」
と喜んで応じた。

 翌朝、侍中はこれまでにないほど気分が軽やかだった。
 いつものように端女に手伝ってもらいながら髪を結い化粧をする。鏡に映る自身の姿を見ながら、我ながら晴れやかな表情になっているのに内心驚くのだった。
 身支度し、朝食を済ませた侍中は王妃のもとへ行った。
「今日は師傅への依頼事の返事が貰える日だのう」
 王妃が侍中に向かって言った。少し前に師傅に自分たちが詠んだ師の添削を頼んでいたのだった。
「はい、頂いて参ります」
 侍中が応じた。
「師傅の教示は毎回的確でよい学びになる」
「その通りでございます」
「今回も楽しみだ」
「はい」
 王妃が心から嬉しそうな表情をしているのを見ながら侍中は「では、行って参ります」と言って退いた。
 自室に戻ると侍中は髪を結いなおし木槿国の女官の衣服に着替えて王宮近くの東屋へ向かった。
 目的の場所に着くと、いつものように師傅が待っていた。今日はお茶の用意がされていた。
「お待たせして申し訳ございません」
「いや、わしの方が早く来すぎただけだ」
 師傅は詫びる尚宮を制し座らせた。
「今回の詩題が茶だったのに因んで、今日は木槿国の茶を味わって貰おうと思ってな、茶葉もあるので王妃様にも差し上げてくれんか」
 こう言いながら師傅は小ぶりの壺を先ず手渡した。尚宮は受け取ると手巾に丁寧に包み脇に置いた。
 続いて師傅は手ずからお茶を淹れ始めた。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
 尚宮は恐縮しながら茶碗を手に取り勧められるまま口に含む。
「私の国のお茶とは違った趣きがします」
「そうだろう、製法が異なるのだから」
 師傅もお茶好きなようで、ひとしきり木槿国と唐土や扶桑国の茶についてあれこれ語った。尚宮は興味深そうに聞いているので師傅は上機嫌だった。
 お茶談義が一段落すると本題である詩の添削についての解説があり
「今日はここまで。皆さんの作品を拝見するのが毎回楽しみだ」
と師傅は締め括った。
「私たちも師傅の御指導にいつも感謝しています」
 尚宮は別れの挨拶をし、その場を去った。
 胸を弾ませ、歩みも軽やかに尚宮は森に向かった。
 彼女の脳裏にはこれから会う愛しい人の面影が浮かぶのだった。
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