韓劇♡シアター#文披31題

鶏林書笈

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落日~Day1黄昏

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 西の方に日が沈み始めた。
 彼は粗末な庵の中からその有様を見つめていた。
 この山に入ってからどのくらいの歳月が経ったのだろうか。木々は幾度も葉の色を変えて落とし、地は何度雪が覆っただろうか。
 だが、あの日のことは今も昨日のように感じられる。
 
「皆も知っての通り、我が国の命脈も既に尽きたようだ」
 王は臣下を前に重々しく口を開いた。かつてはずらりと並んでいた文武百官も今は櫛の歯が抜けたようになっている。皆、祖国を捨てて出ていったのである。
「世の帰趨は王建のところであろう」
 半島を三等分しているうち、(後)百済は内紛状態となり王だった甄萱は高麗の王建のもとに身を寄せた。我が新羅も衰退していくばかりだ。
「今の我が国は高麗には敵わないだろう。民にこれ以上の苦難を強いるわけにはいかない」
 王は悲痛な口調で言葉を続けた。
「わしは我が新羅を高麗に託すことにした。あの者は相応の人物とみた。我が民たちを虐げることはないだろう」
 こう言い終えると王は涙を流し、臣下たちの間からもすすり泣く声が聞こえた。
 その時、
「お恐れながら申し上げます」
という声と共に青年が進み出た。王太子だった。
「国の存亡は天によるものゆえ、忠臣義士が共に民心を収合して最後まで戦ったのちに滅びるとしても、どうして一朝に千年の社稷を容易く譲り渡すことが出来ましょうか」
 太子は王を説得した。だが、聞き入れられず、王は王建に使者を送った。
 太子は志を共にするものと共に王宮を出て皆骨山に入っていった。そして、二度と出ることはなかった。

「天は王建にこの地の命運を託したようだ」
 太子が入山してから間もなく高麗が半島を統一した。政事も上手くいっているようで民の暮らしは安定したらしい。良きことだ。
 父王から、朝廷から何度も下山するよう使者が来た。彼は応じなかった。ただ、共に来た人々には山を出ることを勧めた。
 王宮にいた頃、太子だった彼は立派な屋敷に住み、
豪奢な衣服、贅沢な食事をしていた。
 それが今は、粗末な庵の中に暮らし、麻の衣服を身に着け、山菜と木の実で飢えをしのいでいた。
 この生活に不満はない。新羅の太子である自分は王朝と共に生命が尽きるのが運命なのだから。
 伝え聞く話によると、人々はこうした自分のことを“麻衣太子”と読んでいるらしい。
 太子は床に身を横たえた。日が沈むのと同時に目を閉じた。
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