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第109話 興醒めのゲーム
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レナードの城が落ちる。
ニコロが王都に入城してから九か月後のことだった。諸侯が次々とニコロに降るなか、レナードは最後まで頑強に抵抗した。ニコロはやむなく大軍を率いてレナードの城を包囲した。
城は三か月耐えたが、城内に内通者が出て反乱が起こり、レナードは裏切った部下に捕縛され、ニコロに突き出されることになった。
レナードがニコロの前に引き立てられてくる。髪は乱れ、頬はこけ、顔には裏切者と争った際に出来た傷がいくつかある。レナードがニコロを睨み、憎まれ口を叩く。
「お前に負けたわけじゃない。運命に負けたのだ」
ニコロは表情を変えず、レナードの目を見て事務的に聞く。
「お前が擁立したあの男、シオンが、ウェンリィ王子の偽者だったと認めるか?」
「いいや、本物だった」
レナードが再びニコロを睨む。
「念のため聞くが、己の過ちを認め、余に忠誠を誓う気はないのか?」
「ネズミへの忠誠心など持ち合わせていない」
ニコロはため息をつく。
「では話は早い。王への反逆の罪で、汝を死刑に処す」
ニコロは事務的に宣告する。ニコロが立ち去ろうとすると部下が声を掛けてきた。
「奴の首が飛ぶところを見ないのですか?」
「ああ。興味がない」
「レナードの夫人や家臣の処遇はどういたしましょうか?」
部下の問いにニコロは「夫人は解放してやれ。家臣は、投降して私に忠誠を誓った者は解放してやれ。そうでない者は捕虜にしろ」と答え、立ち去る。
先ほどレナードを捕らえたという報告を受け、マリウス、ディミトリィと興じていたゲームを中断してきた。歴史上の王たちは戦に勝ち、宿敵が処刑される様子を見て快感を覚えたのだろうか。少なくとも自分は興味がない。処刑を見ても不快なだけだ。ゲームでもやっていたほうがましだ。
ニコロの背後でレナードの処刑がおこなわれる。
ニコロの背中を見ながらオルセイとアーロンが話している。
「これで戦は終わる」
「国内の安定化が次の仕事ですな」
「立場が人を作るといいます。不遜な言い方ですが、陛下は最近、王の風格が出てきました」
「今回の勝利でますます威信を高められるでしょう」
しかし、ニコロの気持ちは勝利の高揚感とはほど遠かった。戦が終わり、ほっとはしているが、勝利に酔えるような心境ではない。
ニコロはマリウス、ディミトリィがいる机のところへ戻って椅子に腰かける。椅子の前の机には途中のままのゲーム盤がある。大蔵卿のディミトリィは本来戦場に出るような立場ではないのだが、退屈な包囲戦中の話相手として、また、ゲームの相手として連れてきていた。
「続きをやろう。私の番だったな」
ニコロがゲームを再開して盤上の駒を動かす。次はマリウスの手番だ。目の前の盤上でマリウスが意表をついた鋭い一手を指してくる。これは想定外の一手だ。ディミトリィは唸った。
「ううむ。参った。これでどう足掻いても私の勝ち目はなくなりましたな」
「私と陛下の決着は着いていないから、まだゲームは続いています。次はディミトリィ殿の手番です。ご自身の勝ち目はなくなりましたが、駒を動かしてください」
マリウスに促されて、ディミトリィがどの駒を動かすか考え出したが、しばらくしてあることに気付いた。
「おや? これは……。こちらの駒を動かせば陛下の勝利になりますが、こちらを動かせばマリウス殿の勝利になりますねぇ」
「キングメーカーだな」
ニコロがつぶやいた。
「キングメーカー?」
「ああ。ディミトリィ殿はキングメーカーになったのだ。このゲームを三人で遊ぶときの欠陥でね。勝ちの目が無くなった第三のプレイヤーの一手が勝利者を決定する状況がしばしば発生してしまう。そうすると勝者も釈然としなくて、全然嬉しくない。自分の力でも天運でもなく、第三者、つまり、キングメーカーの気まぐれで勝たせてもらったことになるからね」
――そういうことなのだ。
そのときニコロの気持ちは勝利の高揚感とはほど遠かった。サキがシオンを殺したことで、戦い続ける大義名分を失った諸侯は、相次いでニコロに恭順してきた。ニコロは自分に刃を向けた諸侯の罪を不問に付し、寛大な措置を取った。そのことがさらに多数の諸侯が投降する結果につながった。
結局最後まで抵抗したのはレナードとわずかな貴族たちだけだった。勝ち負けはあのときに決まった。つまり、シオンが死んだときに。ニコロとシオン、王座を争って二人の男がその全存在を賭けて戦おうとしたが、勝敗を決めたのは第三のプレイヤーの一手だった。興醒めのする勝ち方だ。
結局、ディミトリィはマリウスに勝たせたので、ニコロは閉口した。国王に気を遣うということがないのか。まあ勝たせてもらっても嬉しくはないのだが。
ニコロは立ち上がって伸びをした後、椅子から離れ空を見上げた。
(サキ、君は今どこで何をしている?)
ニコロが王都に入城してから九か月後のことだった。諸侯が次々とニコロに降るなか、レナードは最後まで頑強に抵抗した。ニコロはやむなく大軍を率いてレナードの城を包囲した。
城は三か月耐えたが、城内に内通者が出て反乱が起こり、レナードは裏切った部下に捕縛され、ニコロに突き出されることになった。
レナードがニコロの前に引き立てられてくる。髪は乱れ、頬はこけ、顔には裏切者と争った際に出来た傷がいくつかある。レナードがニコロを睨み、憎まれ口を叩く。
「お前に負けたわけじゃない。運命に負けたのだ」
ニコロは表情を変えず、レナードの目を見て事務的に聞く。
「お前が擁立したあの男、シオンが、ウェンリィ王子の偽者だったと認めるか?」
「いいや、本物だった」
レナードが再びニコロを睨む。
「念のため聞くが、己の過ちを認め、余に忠誠を誓う気はないのか?」
「ネズミへの忠誠心など持ち合わせていない」
ニコロはため息をつく。
「では話は早い。王への反逆の罪で、汝を死刑に処す」
ニコロは事務的に宣告する。ニコロが立ち去ろうとすると部下が声を掛けてきた。
「奴の首が飛ぶところを見ないのですか?」
「ああ。興味がない」
「レナードの夫人や家臣の処遇はどういたしましょうか?」
部下の問いにニコロは「夫人は解放してやれ。家臣は、投降して私に忠誠を誓った者は解放してやれ。そうでない者は捕虜にしろ」と答え、立ち去る。
先ほどレナードを捕らえたという報告を受け、マリウス、ディミトリィと興じていたゲームを中断してきた。歴史上の王たちは戦に勝ち、宿敵が処刑される様子を見て快感を覚えたのだろうか。少なくとも自分は興味がない。処刑を見ても不快なだけだ。ゲームでもやっていたほうがましだ。
ニコロの背後でレナードの処刑がおこなわれる。
ニコロの背中を見ながらオルセイとアーロンが話している。
「これで戦は終わる」
「国内の安定化が次の仕事ですな」
「立場が人を作るといいます。不遜な言い方ですが、陛下は最近、王の風格が出てきました」
「今回の勝利でますます威信を高められるでしょう」
しかし、ニコロの気持ちは勝利の高揚感とはほど遠かった。戦が終わり、ほっとはしているが、勝利に酔えるような心境ではない。
ニコロはマリウス、ディミトリィがいる机のところへ戻って椅子に腰かける。椅子の前の机には途中のままのゲーム盤がある。大蔵卿のディミトリィは本来戦場に出るような立場ではないのだが、退屈な包囲戦中の話相手として、また、ゲームの相手として連れてきていた。
「続きをやろう。私の番だったな」
ニコロがゲームを再開して盤上の駒を動かす。次はマリウスの手番だ。目の前の盤上でマリウスが意表をついた鋭い一手を指してくる。これは想定外の一手だ。ディミトリィは唸った。
「ううむ。参った。これでどう足掻いても私の勝ち目はなくなりましたな」
「私と陛下の決着は着いていないから、まだゲームは続いています。次はディミトリィ殿の手番です。ご自身の勝ち目はなくなりましたが、駒を動かしてください」
マリウスに促されて、ディミトリィがどの駒を動かすか考え出したが、しばらくしてあることに気付いた。
「おや? これは……。こちらの駒を動かせば陛下の勝利になりますが、こちらを動かせばマリウス殿の勝利になりますねぇ」
「キングメーカーだな」
ニコロがつぶやいた。
「キングメーカー?」
「ああ。ディミトリィ殿はキングメーカーになったのだ。このゲームを三人で遊ぶときの欠陥でね。勝ちの目が無くなった第三のプレイヤーの一手が勝利者を決定する状況がしばしば発生してしまう。そうすると勝者も釈然としなくて、全然嬉しくない。自分の力でも天運でもなく、第三者、つまり、キングメーカーの気まぐれで勝たせてもらったことになるからね」
――そういうことなのだ。
そのときニコロの気持ちは勝利の高揚感とはほど遠かった。サキがシオンを殺したことで、戦い続ける大義名分を失った諸侯は、相次いでニコロに恭順してきた。ニコロは自分に刃を向けた諸侯の罪を不問に付し、寛大な措置を取った。そのことがさらに多数の諸侯が投降する結果につながった。
結局最後まで抵抗したのはレナードとわずかな貴族たちだけだった。勝ち負けはあのときに決まった。つまり、シオンが死んだときに。ニコロとシオン、王座を争って二人の男がその全存在を賭けて戦おうとしたが、勝敗を決めたのは第三のプレイヤーの一手だった。興醒めのする勝ち方だ。
結局、ディミトリィはマリウスに勝たせたので、ニコロは閉口した。国王に気を遣うということがないのか。まあ勝たせてもらっても嬉しくはないのだが。
ニコロは立ち上がって伸びをした後、椅子から離れ空を見上げた。
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