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第1話 王都
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キングメーカー
意味:
1.王位や政治的権力の継承に影で大きな影響力を持つ人物や集団。
2.三人以上でプレイするゲームにおいて、すでに勝利が不可能となったプレイヤーの行動によって勝利者が決定してしまうことをキングメーカー問題とよび、このとき勝利が不可能となったプレイヤーのことをキングメーカーとよぶ。一般に、キングメーカーの存在はゲームの興をそぐものとして好まれない。
***
開いた手の先には、昇りはじめた日に照らされた王都の城塞がある。大陸でもっとも大きな街もこの丘から見下ろせば手のひらに収まる大きさだ。
ここは、大陸西部の南側に位置する国アルヴィオンの王都を北から見下ろす丘。国王サルアンの弟、ライオネルはゆっくりと手を閉じ、王都を握りしめる。
今夜、兄を殺して王座を奪う。
王宮を警護する近衛騎士団の大半はこちらにつくはずだ。この日のために入念に準備をしてきた。だが、危険な賭けであることに変わりはない。
明日の今頃には、全てを手に入れているか、全てを失っているだろう。
***
朝日が王都へ続く道を走る馬車を照らしている。昨晩の雨は明け方には止んだが、道のあちこちに水たまりを作っていた。馬車の台車には少女とその母親が乗っていた。
道端に立っていた一人の少年が手をあげて馬車を止め、御者と交渉をはじめる。
「王都まで行くんだろ? 金を払うから乗せてってくれよ」
少年の褐色の肌から察するに、東方からやって来たのだろう。交渉は成立し、少年が乗り込んできた。少年が少女に声を掛ける。
「やあ」
少女が少年のほうへ振り返る。
「俺、アルっていうんだ。商人だ。君は?」
「サキよ」
「どこへ行くんだい?」
「王宮に行くのよ。王宮でお勤めをするの」
「へえ! 本当かい。侍女の見習いにでもなるのかい?」
そう問われてサキは母のほうを振り返る。王宮で仕事を与えられるとは聞いていたが、実のところ何の仕事をすることになるのかよくわかっていなかったのだ。
「具体的な仕事の内容は決まってないの」
と母のエマが代わりに答えた。
サキたちの馬車の後ろから少年が乗った馬が迫ってくる。8歳のサキより2つか3つ年上だろう。
少年は黒い長髪をなびかせて、毛並みの良い馬を巧みに乗りこなしている。その身なりから高貴な身分だと思われる。どこかの貴族の子だろうか。
少年が馬車を追いこそうとし、ちょうど馬車の台車と少年の馬が並んだところで、少年の馬が水たまりを踏んでしまった。泥水が跳ね、台車の中にも飛んだ。サキや母親も少し泥水を浴び、服が汚れた。
少年は馬車を追い越し、御者に片手を上げてみせる。止まるという合図だ。馬が徐々に速度を落とし、やがて止まった。馬車も動きを止める。少年が振り返っていった。
「すまない。泥水をはねてしまった。服を汚してしまったな」
少年の後ろから馬に乗ってついてきていた男も馬を止めた。男は、年のころは四十前らしき騎士で、屈強そうな体格しており顔には切り傷があった。その風体は男が歴戦の武人であることを如実に物語っていた。少年の護衛役といったところだろう。少年が男に向かって説明する。
「アーロン、この者たちに泥をはねてしまった。償いをしたい」
「はい、殿下」アーロンと呼ばれた男が馬車の荷台へ向き直る。
「汚れた服の弁償をする。門番に話を通しておくゆえ、弁償を望む者は城へ参れ。この方は国王陛下のご嫡男、ウェンリィ王太子殿下だ」
「お、王太子殿下!?」
サキは少年をまじまじと見つめた。
「実は今からお城へ向かうんです。お城にお仕えすることになって」
王宮へ出仕するのか。では王宮で会うこともあるだろう」
「殿下、そろそろ」アーロンが王太子を促すと王太子も「ああ」と頷いてサキらに告げる。
「すまないが少々急いでいる。先に王宮へ行く。今日は叔父が来ることになっているから、その準備があるのだ」王太子は馬の鼻先を王都の方向へ向けた。
「王宮で会おう」王太子とアーロンは馬を駆って去っていった。サキは王太子と話したことに興奮していた。
***
馬車が王都の城門をくぐり中に入ると、その賑やかさにサキは圧倒された。アルはそこで馬車を降り、サキたちと別れた。
馬車は大通りを進み、やがて王宮が見えてくる。サキは目を輝かせる。
サキと母親は王宮の近くで馬車を降りた。王宮の門の前で知った顔の男が待っていた。トマスという男で、何度かサキの家を訪ねてきて今回の出仕の段取りを整えてくれた男だ。トマスに連れられ、サキと母親が王宮の中に与えられた部屋に向かう。
武装した騎士や王宮に仕える人々とすれ違いながらトマスについていくと、やがて目的地に着いた。
「ここがそなたらの部屋になる」
トマスに促されてエマとサキは部屋に入るが、そのときサキは遠巻きに騎士らしき男がにやにやしながらこちらを見ているのに気付いた。なにか嫌な感じがしたが、意識はすぐに部屋の内装に移った。質素ではあるがサキの家の粗末な部屋より十分に快適そうだ。新しい生活への期待が勝り、男のことはすぐに忘れてしまった。
***
勤めは明日からだということで、サキは部屋の近くをうろうろしたり、部屋から中庭を眺めたりして過ごした。日が暮れはじめたころ、王宮に騎士の一団が到着した。鎧を身にまとった騎士たちの中心には威厳に満ちた男がいた。
「あれは誰?」
「あれはきっとライオネル様ね。王様の弟君よ。今夜はライオネル様を招いて宴が開かれるそうよ」
出迎えたのは近衛騎士の団長だった。何やら言葉を交わしている。武装した男ふたりがひそひそと話す様子に、サキはなぜか不安な気持ちになった。
「さあ明日から新しい生活がはじまるわ。今日は早めに休むことにしましょう」
サキは母親に促されてベッドに潜りこむ。明日からどんな生活が待っているのだろうか。そう考えると先ほどの不安な気持ちはどこかへ行ってしまったが、今度は興奮がやってきてサキはなかなか眠りにつけなかった。
意味:
1.王位や政治的権力の継承に影で大きな影響力を持つ人物や集団。
2.三人以上でプレイするゲームにおいて、すでに勝利が不可能となったプレイヤーの行動によって勝利者が決定してしまうことをキングメーカー問題とよび、このとき勝利が不可能となったプレイヤーのことをキングメーカーとよぶ。一般に、キングメーカーの存在はゲームの興をそぐものとして好まれない。
***
開いた手の先には、昇りはじめた日に照らされた王都の城塞がある。大陸でもっとも大きな街もこの丘から見下ろせば手のひらに収まる大きさだ。
ここは、大陸西部の南側に位置する国アルヴィオンの王都を北から見下ろす丘。国王サルアンの弟、ライオネルはゆっくりと手を閉じ、王都を握りしめる。
今夜、兄を殺して王座を奪う。
王宮を警護する近衛騎士団の大半はこちらにつくはずだ。この日のために入念に準備をしてきた。だが、危険な賭けであることに変わりはない。
明日の今頃には、全てを手に入れているか、全てを失っているだろう。
***
朝日が王都へ続く道を走る馬車を照らしている。昨晩の雨は明け方には止んだが、道のあちこちに水たまりを作っていた。馬車の台車には少女とその母親が乗っていた。
道端に立っていた一人の少年が手をあげて馬車を止め、御者と交渉をはじめる。
「王都まで行くんだろ? 金を払うから乗せてってくれよ」
少年の褐色の肌から察するに、東方からやって来たのだろう。交渉は成立し、少年が乗り込んできた。少年が少女に声を掛ける。
「やあ」
少女が少年のほうへ振り返る。
「俺、アルっていうんだ。商人だ。君は?」
「サキよ」
「どこへ行くんだい?」
「王宮に行くのよ。王宮でお勤めをするの」
「へえ! 本当かい。侍女の見習いにでもなるのかい?」
そう問われてサキは母のほうを振り返る。王宮で仕事を与えられるとは聞いていたが、実のところ何の仕事をすることになるのかよくわかっていなかったのだ。
「具体的な仕事の内容は決まってないの」
と母のエマが代わりに答えた。
サキたちの馬車の後ろから少年が乗った馬が迫ってくる。8歳のサキより2つか3つ年上だろう。
少年は黒い長髪をなびかせて、毛並みの良い馬を巧みに乗りこなしている。その身なりから高貴な身分だと思われる。どこかの貴族の子だろうか。
少年が馬車を追いこそうとし、ちょうど馬車の台車と少年の馬が並んだところで、少年の馬が水たまりを踏んでしまった。泥水が跳ね、台車の中にも飛んだ。サキや母親も少し泥水を浴び、服が汚れた。
少年は馬車を追い越し、御者に片手を上げてみせる。止まるという合図だ。馬が徐々に速度を落とし、やがて止まった。馬車も動きを止める。少年が振り返っていった。
「すまない。泥水をはねてしまった。服を汚してしまったな」
少年の後ろから馬に乗ってついてきていた男も馬を止めた。男は、年のころは四十前らしき騎士で、屈強そうな体格しており顔には切り傷があった。その風体は男が歴戦の武人であることを如実に物語っていた。少年の護衛役といったところだろう。少年が男に向かって説明する。
「アーロン、この者たちに泥をはねてしまった。償いをしたい」
「はい、殿下」アーロンと呼ばれた男が馬車の荷台へ向き直る。
「汚れた服の弁償をする。門番に話を通しておくゆえ、弁償を望む者は城へ参れ。この方は国王陛下のご嫡男、ウェンリィ王太子殿下だ」
「お、王太子殿下!?」
サキは少年をまじまじと見つめた。
「実は今からお城へ向かうんです。お城にお仕えすることになって」
王宮へ出仕するのか。では王宮で会うこともあるだろう」
「殿下、そろそろ」アーロンが王太子を促すと王太子も「ああ」と頷いてサキらに告げる。
「すまないが少々急いでいる。先に王宮へ行く。今日は叔父が来ることになっているから、その準備があるのだ」王太子は馬の鼻先を王都の方向へ向けた。
「王宮で会おう」王太子とアーロンは馬を駆って去っていった。サキは王太子と話したことに興奮していた。
***
馬車が王都の城門をくぐり中に入ると、その賑やかさにサキは圧倒された。アルはそこで馬車を降り、サキたちと別れた。
馬車は大通りを進み、やがて王宮が見えてくる。サキは目を輝かせる。
サキと母親は王宮の近くで馬車を降りた。王宮の門の前で知った顔の男が待っていた。トマスという男で、何度かサキの家を訪ねてきて今回の出仕の段取りを整えてくれた男だ。トマスに連れられ、サキと母親が王宮の中に与えられた部屋に向かう。
武装した騎士や王宮に仕える人々とすれ違いながらトマスについていくと、やがて目的地に着いた。
「ここがそなたらの部屋になる」
トマスに促されてエマとサキは部屋に入るが、そのときサキは遠巻きに騎士らしき男がにやにやしながらこちらを見ているのに気付いた。なにか嫌な感じがしたが、意識はすぐに部屋の内装に移った。質素ではあるがサキの家の粗末な部屋より十分に快適そうだ。新しい生活への期待が勝り、男のことはすぐに忘れてしまった。
***
勤めは明日からだということで、サキは部屋の近くをうろうろしたり、部屋から中庭を眺めたりして過ごした。日が暮れはじめたころ、王宮に騎士の一団が到着した。鎧を身にまとった騎士たちの中心には威厳に満ちた男がいた。
「あれは誰?」
「あれはきっとライオネル様ね。王様の弟君よ。今夜はライオネル様を招いて宴が開かれるそうよ」
出迎えたのは近衛騎士の団長だった。何やら言葉を交わしている。武装した男ふたりがひそひそと話す様子に、サキはなぜか不安な気持ちになった。
「さあ明日から新しい生活がはじまるわ。今日は早めに休むことにしましょう」
サキは母親に促されてベッドに潜りこむ。明日からどんな生活が待っているのだろうか。そう考えると先ほどの不安な気持ちはどこかへ行ってしまったが、今度は興奮がやってきてサキはなかなか眠りにつけなかった。
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