その都市伝説を殺せ

瀬尾修二

文字の大きさ
上 下
20 / 39
二章

二十話

しおりを挟む
──巨大な井戸の中を、落ち続けているようだ…──
 和義は、そう思った。上方にある微かな光源が、段々と小さくなっていく。やがて、その頼りない目印すらも消えて無くなり、全ては漆黒となった。
 暗闇に支配された空間を落ち続ける。──何物かの体内に入り込んだのだ──と、彼は夢想した。
 下から、声が聞こえた。意識もまともに定まらない状態で耳を傾ける内に、ようやく自分が陥った状況について疑問を持つ。周囲を見渡しても、闇以外は何も無い。自分の体さえも無いことに気づく。少し頭がぼうっとする。
 ──これは、夢だ──そう思ったところで、井戸の底に気配を感じ取った。一軒家の敷地くらいある底面の一部が、スポットライトで照らされたように光っている。視界がぼやけて分かりづらいが、光の中に二つの存在を確認した。彼らに注意を向けると、視界が多少鮮明になる。
 ──自分がいた。いや、自分を見下ろせる筈は無いので、別人だ──と彼は思う。──真っ黒な人間が、その男と向かい合っている。いや、人間ではなく化け物だ──と、またもや思い直した。うまく思考がまとまらない。
 黒い化け物からは、異様な存在感が滲み出ていた。この井戸のような空間に溜まった闇は、虚ろで静寂に満ちたものだ。しかし化け物の体から燃え立つ闇は、激情を隠そうともせずに、荒々しく靡いている。炎の僅かな範囲に入り交じった多くの色や、照らされた光がなくとも、二つの闇の見分けはついただろう。
 体中からどす黒い怨念が炎のように吹き出し、金色の瞳がある左の瞼だけを見開いていた。火先の一つ一つに、別個の気配が宿っている。彼は、それを眺めているうちに、炎は黒い人魂が寄り集まったものだと分かった。その数は、十や二十では無い。
 彼は、その化け物を只々恐ろしいと感じて、そんな存在と平気な顔で対峙する自分の生き写しも、化け物のようなものだと思った。
──羽虫が耳元を掠める音に、時折金属音を加えれば、このように聞こえるのではないか?──
 それが、黒い化け物の声を聞いた感想だった。
 そいつは、さも当たり前のように出鱈目な言葉を吐き続けていた。不快な喋り声が、段々と肉声に近づいていく。人の真似をしているつもりらしい。
 和義に似た男は、相手の滅茶苦茶な言葉使いを意に介さず、当然のように会話し始めた。何を言っているのか、彼には分かるのだ。
 「再生」だの「毒」だのといった、断片的な言葉だけしか、和義には聞きとれない。──もう少し近づけば、聞こえやすくなるだろうか──と思い、和義は更に下へと落ちていく。化け物の視界に入らないよう注意しながら、自分そっくりな男の数メートル上で止まった。
 会話が、少し間途切れた。
 もう一人の自分が、唐突に仰いだ。悪魔的な笑顔を張り付かせた顔と、向かい合う。
 驚きや恐怖の感情が生まれる前に、ある筈のない頭部が掴まれた。僅かに見上げれば、黒い化け物が彼を見つめていた。金色の目が、視界の殆どを占めるくらい間近から、和義の意識を覗き込んでいる。
 満月のような瞳を眺めていると、化け物が淀みなく言った。

「お前に決めた」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

処理中です...