19 / 39
二章
十九話
しおりを挟む
宿題を終えると、和義は心霊現象への対処方法をネット上に求めた。だが、三十分と経たずにフリックする指が止まり、スマートフォンの画面から目を離してしまう。
前日にも霊障対策を調べていたが、半ば恐慌状態に陥っていたため、内容を殆ど覚えていない。何とか落ち着きを取り戻したので調べ直したものの、成果は得られなかった。
心霊に関する情報を載せたサイトは、数え切れないほどある。彼は閲覧数の多いサイトから探ってみたのだが、各サイトごとに対処法が全く異なっていた。そもそも、化け物や霊などの定義自体が、編集した人間によって違うのだ。
(適当に思いついた方法を、効果があると言い張っているだけじゃないのか?)
彼には、こう思えてならない。サイトには、参考にした資料や条件・試行回数等はあまり書かれておらず、自己申告の超常体験──自分が、如何に特別な存在かを示すための文章──が長々と書かれている。
うんざりとした和義は、スマートフォンをベッドの上に放った。それから、マグカップを持って立ち上がり、窓際に近づていく。自分が絵になると思うポーズを取り、ブラックコーヒーを──苦さに慣れていないため──少しずつ口にした。
そんな、誰も見ていないのに格好つけている痛々しい少年が、家の外から妖しい気配を感じ取った。
庭を見下ろせば、自宅の門柱に体の半身を押しつけている老婆がいた。相手は人外だと、感覚的に分かる。
和義は、(実際に化け物と対峙したら、自分はどんな反応をするんだろう)と、ホラー映画を見ながら考えた事があった。想像の中での自分は、恐怖を振り払い勇敢に立ち回っていた。
しかし現実世界での彼は、激しい動悸と共に情けなく膝を震わせている。
ネット上の自称霊能者達を恨みながら、どうすべきかを考えた。一階には彼の両親がいて、しかも化け物を認識できない。
(あれが家に侵入して、父さんと母さんを襲ったら…)
そう思うと、強い焦燥感に駆られる。
まず達也に電話しようと決めた瞬間、老婆が顔を上げ始めた。彼は、相手の視線から逃れたかったが、何故か目を逸らす事が出来なかった。
ゆっくり、ゆっくりと、焦らすように面が上げられていく。
ついに目が合った。能面のような顔つき、光を全く反射しない虚ろな瞳。無表情の顔からは、何も感情を読みとれない。だからこそ理解し難い恐怖が、彼を襲った。喉元までせり上がってきた叫び声を無理矢理飲み込み、一言だけをどうにか絞り出す。
「ばぁ、ちゃん?」
そう呟いた刹那、老婆は姿を消してしまった。その化け物は、三年前に亡くなった父方の祖母、藤村知子の姿形をしていた。
老婆がいた辺りに視線を彷徨わせながら、和義は呆然とする。暫くの間そうしていると、複雑な感情が芽生えているのに気づいた。死んだ祖母が、可愛がっていた孫の前に突然現れて、何も言わずに去ってしまう。
「祖母とは良好な関係を築いていた」というのが、彼の認識だった。少なくとも嫌われてはいなかっただろう、と思っていたのだ。そうだとすれば、つい先程の態度は解せない。
生前の祖母と今し方現れた亡霊は、姿形が同じでも別の存在としか思えなかった。
(道端の石ころでも見つめていたら、あんな顔になるのだろう)
そう思えるような面持ちで、彼を見つめていたのだから。
床についた後も、もしかして自分は疎まれていたのではないかと思ったり、その考えを否定したりして悶々と考え込んだ。
また、霊能を得る前と得た後とのギャップを再認識した事も、中々寝付けない原因の一つだった。これまで非現実的だと思っていた出来事が、ひっくり返って現実的な出来事となってしまった。その現実を全て受け入れようとすると、強い拒否反応が起こってしまう。
浅く寝ては、直ぐに起きる。彼は、その反復を深夜まで繰り返すうちに、何とか眠りについた。
前日にも霊障対策を調べていたが、半ば恐慌状態に陥っていたため、内容を殆ど覚えていない。何とか落ち着きを取り戻したので調べ直したものの、成果は得られなかった。
心霊に関する情報を載せたサイトは、数え切れないほどある。彼は閲覧数の多いサイトから探ってみたのだが、各サイトごとに対処法が全く異なっていた。そもそも、化け物や霊などの定義自体が、編集した人間によって違うのだ。
(適当に思いついた方法を、効果があると言い張っているだけじゃないのか?)
彼には、こう思えてならない。サイトには、参考にした資料や条件・試行回数等はあまり書かれておらず、自己申告の超常体験──自分が、如何に特別な存在かを示すための文章──が長々と書かれている。
うんざりとした和義は、スマートフォンをベッドの上に放った。それから、マグカップを持って立ち上がり、窓際に近づていく。自分が絵になると思うポーズを取り、ブラックコーヒーを──苦さに慣れていないため──少しずつ口にした。
そんな、誰も見ていないのに格好つけている痛々しい少年が、家の外から妖しい気配を感じ取った。
庭を見下ろせば、自宅の門柱に体の半身を押しつけている老婆がいた。相手は人外だと、感覚的に分かる。
和義は、(実際に化け物と対峙したら、自分はどんな反応をするんだろう)と、ホラー映画を見ながら考えた事があった。想像の中での自分は、恐怖を振り払い勇敢に立ち回っていた。
しかし現実世界での彼は、激しい動悸と共に情けなく膝を震わせている。
ネット上の自称霊能者達を恨みながら、どうすべきかを考えた。一階には彼の両親がいて、しかも化け物を認識できない。
(あれが家に侵入して、父さんと母さんを襲ったら…)
そう思うと、強い焦燥感に駆られる。
まず達也に電話しようと決めた瞬間、老婆が顔を上げ始めた。彼は、相手の視線から逃れたかったが、何故か目を逸らす事が出来なかった。
ゆっくり、ゆっくりと、焦らすように面が上げられていく。
ついに目が合った。能面のような顔つき、光を全く反射しない虚ろな瞳。無表情の顔からは、何も感情を読みとれない。だからこそ理解し難い恐怖が、彼を襲った。喉元までせり上がってきた叫び声を無理矢理飲み込み、一言だけをどうにか絞り出す。
「ばぁ、ちゃん?」
そう呟いた刹那、老婆は姿を消してしまった。その化け物は、三年前に亡くなった父方の祖母、藤村知子の姿形をしていた。
老婆がいた辺りに視線を彷徨わせながら、和義は呆然とする。暫くの間そうしていると、複雑な感情が芽生えているのに気づいた。死んだ祖母が、可愛がっていた孫の前に突然現れて、何も言わずに去ってしまう。
「祖母とは良好な関係を築いていた」というのが、彼の認識だった。少なくとも嫌われてはいなかっただろう、と思っていたのだ。そうだとすれば、つい先程の態度は解せない。
生前の祖母と今し方現れた亡霊は、姿形が同じでも別の存在としか思えなかった。
(道端の石ころでも見つめていたら、あんな顔になるのだろう)
そう思えるような面持ちで、彼を見つめていたのだから。
床についた後も、もしかして自分は疎まれていたのではないかと思ったり、その考えを否定したりして悶々と考え込んだ。
また、霊能を得る前と得た後とのギャップを再認識した事も、中々寝付けない原因の一つだった。これまで非現実的だと思っていた出来事が、ひっくり返って現実的な出来事となってしまった。その現実を全て受け入れようとすると、強い拒否反応が起こってしまう。
浅く寝ては、直ぐに起きる。彼は、その反復を深夜まで繰り返すうちに、何とか眠りについた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる