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【往路】桜山線子燕駅
うららかなホームで
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桜山線ツバメ列車は、子燕駅~夏ヶ丘駅間を往復するローカル線だ。
電車は4両編成で、桜色の車体に羽を広げたツバメの姿が描かれている。
途中の駅は、菜の花駅と蝉鳴駅のみ。
ほんの短い区間を行ったり来たりする線である。
市街地行きの路線に乗り換える夏ヶ丘駅とは違い、ここ、子燕駅は山に程近い駅。
終点であり、始発であり、のほほんとのどかな駅である。
五月も後半に差し掛かった平日、うららかな昼下がりのホームに、人はまばらだ。
そのまばらな人の間を、優は愛美を引っ張りながらすり抜けていく。するとみんなが愛美に尖った目を向けた。
(しつけのできない親って思われてるんだろうなー。ま、いいけど)
でも、やっぱりなんか納得がいかない。
(あっちの方が断然うるさいじゃん)
愛美は頭上で飛び回る親ツバメと、ぴぃぴぃ鳴く子ツバメを見上げて口を尖らせる。
上空から滑空して、ホームに並ぶ人たちの上をびゅんびゅん飛び回るツバメたちは、ホームを駆ける優の速さの比じゃない。
それに、あちこちの巣で鳴くヒナの声もホームにやたら響いている。
デシベル、だっけ? 声の大きさを計るやつで比べたら、絶対優よりうるさいはずだ。
なのにみんな、ツバメの親子は微笑ましい目で見て、愛美と優みたいな人間の親子がちょこまかしたら、途端に不快感を前面に押し出してくる。
マジでおかしな世の中だ。
特に新型ウィルスが蔓延して以降、乗客たちは騒ぐ優への抗議の目を、あからさまに愛美にぶつけてくるようになった。
前は電車やホームで優が騒いでも、結構みんな大目に見てくれていた。
まあ、迷惑そうな顔をされたこともそれなりにあったけど。
でも、そういうのは大抵、市街地の大きなホームとか電車に乗っている時で、のほほんとした桜山線ツバメ列車に乗っている時は、わりとみんな好意的に優のことを見守ってくれていたのに。
絶対ワイドショーのせいだ。と、愛美は決めつけた。
感染していて自覚症状のない子供たちが、騒いだり、モノに触れたりすることで、新型ウィルスを感染拡大させているとか、ワイドショーで騒ぐからだ。絶対そうだ。
(マジ子育てしにくい世の中!)
心の中で悪態をつきつつ、先頭車両のホームに目を向けた愛美は(げっ)となった。
ブランドのショルダーバッグを肩に掛けたマダムっぽい女性が、上品に文庫本を読みながら、電車を待っていた。
中年なのにスタイルが良くて、年相応にオシャレな感じの人だ。
(こういう人は子供に厳しかったりするんだよなー。いや、優しい人もいるか。でも、うーん)
触らぬ神に祟りなし!
「優ちゃん、今日は違う車両に乗ってみようよ。ほら、真ん中はいつも乗らないし楽し……」
「いつもの席!」
ガンと譲らない優。しかも、声がデカい。
けど、強く注意すれば、更に大声を出すかもだし。
「優ちゃん、静かにしようね」と、愛美が猫なで声で言った時、目の前のマダムが、ふと文庫本から顔を上げた。
(やばっ)
うるさいですよー。とか、注意されるかも。
注意しなくても、絶対嫌そうな目でこっちを見てくるに違いない。
愛美は「すみません」と謝る準備をした。
が、マダムは再び本に目を戻してくれた。やれやれ。
ホッと胸をなでおろしながら(電車に乗るってこんなにハードル高かったっけ)と小さくため息をついた時、ゴトトン、と、桜色のツバメ列車がホームに入ってきた。
電車は4両編成で、桜色の車体に羽を広げたツバメの姿が描かれている。
途中の駅は、菜の花駅と蝉鳴駅のみ。
ほんの短い区間を行ったり来たりする線である。
市街地行きの路線に乗り換える夏ヶ丘駅とは違い、ここ、子燕駅は山に程近い駅。
終点であり、始発であり、のほほんとのどかな駅である。
五月も後半に差し掛かった平日、うららかな昼下がりのホームに、人はまばらだ。
そのまばらな人の間を、優は愛美を引っ張りながらすり抜けていく。するとみんなが愛美に尖った目を向けた。
(しつけのできない親って思われてるんだろうなー。ま、いいけど)
でも、やっぱりなんか納得がいかない。
(あっちの方が断然うるさいじゃん)
愛美は頭上で飛び回る親ツバメと、ぴぃぴぃ鳴く子ツバメを見上げて口を尖らせる。
上空から滑空して、ホームに並ぶ人たちの上をびゅんびゅん飛び回るツバメたちは、ホームを駆ける優の速さの比じゃない。
それに、あちこちの巣で鳴くヒナの声もホームにやたら響いている。
デシベル、だっけ? 声の大きさを計るやつで比べたら、絶対優よりうるさいはずだ。
なのにみんな、ツバメの親子は微笑ましい目で見て、愛美と優みたいな人間の親子がちょこまかしたら、途端に不快感を前面に押し出してくる。
マジでおかしな世の中だ。
特に新型ウィルスが蔓延して以降、乗客たちは騒ぐ優への抗議の目を、あからさまに愛美にぶつけてくるようになった。
前は電車やホームで優が騒いでも、結構みんな大目に見てくれていた。
まあ、迷惑そうな顔をされたこともそれなりにあったけど。
でも、そういうのは大抵、市街地の大きなホームとか電車に乗っている時で、のほほんとした桜山線ツバメ列車に乗っている時は、わりとみんな好意的に優のことを見守ってくれていたのに。
絶対ワイドショーのせいだ。と、愛美は決めつけた。
感染していて自覚症状のない子供たちが、騒いだり、モノに触れたりすることで、新型ウィルスを感染拡大させているとか、ワイドショーで騒ぐからだ。絶対そうだ。
(マジ子育てしにくい世の中!)
心の中で悪態をつきつつ、先頭車両のホームに目を向けた愛美は(げっ)となった。
ブランドのショルダーバッグを肩に掛けたマダムっぽい女性が、上品に文庫本を読みながら、電車を待っていた。
中年なのにスタイルが良くて、年相応にオシャレな感じの人だ。
(こういう人は子供に厳しかったりするんだよなー。いや、優しい人もいるか。でも、うーん)
触らぬ神に祟りなし!
「優ちゃん、今日は違う車両に乗ってみようよ。ほら、真ん中はいつも乗らないし楽し……」
「いつもの席!」
ガンと譲らない優。しかも、声がデカい。
けど、強く注意すれば、更に大声を出すかもだし。
「優ちゃん、静かにしようね」と、愛美が猫なで声で言った時、目の前のマダムが、ふと文庫本から顔を上げた。
(やばっ)
うるさいですよー。とか、注意されるかも。
注意しなくても、絶対嫌そうな目でこっちを見てくるに違いない。
愛美は「すみません」と謝る準備をした。
が、マダムは再び本に目を戻してくれた。やれやれ。
ホッと胸をなでおろしながら(電車に乗るってこんなにハードル高かったっけ)と小さくため息をついた時、ゴトトン、と、桜色のツバメ列車がホームに入ってきた。
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