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【スピンオフ 秋山柚葉、家出する】
【特急列車に揺られて】
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特急列車がトンネルに差し掛かり、車内に白いLEDライトが灯ると、暗い鏡のようになった窓に自分の不機嫌な顔が現れた。
ゴォーーーーー
騒音の中、ぷくぅっと頬を膨らませて、窓とにらめっこする。
(……)
窓の中の自分を見て(ブサイクな顔)と、ため息を吐いた。
座席にドサッと背中を預けておでかけ用バッグの中身をもう一度漁ってみたものの、やっぱりスマホはなかった。
当たり前だよね。入れてないんだから。
おでかけ用バッグは、すぐに出かけられるように、財布、ハンカチ、ティッシュ、色付きリップ、ハンドクリームと、モバイルバッテリーを入れていて、最後にスマホを収納すれば完成するようになっている。
でも、あの時、スマホのことをすっかり忘れていた。たぶん、ママの部屋に置きっぱなしだと思う。
柚葉は財布のお札入れを覗き込み、深い深いため息を吐いた。
(私のお年玉……)
スマホがあれば、ICアプリで電車賃をお父さんのお金で買えたのに……
スマホがないから特急列車の乗り方もわからなくて、ドキドキしながら人生で初めて駅の窓口を利用した。
特急列車って、乗車券の他に特急券がかかるらしい。
「空いているので指定席の必要はないですよ」と、親切な女性の駅員さんが教えてくれて、指定席券を買わなくて済んだのは助かった。
私みたいなごくごく普通の女子中学生は、古くて乗り心地も微妙な座席にまでお金をかける余裕はないもの。
春野か秋山のおじいちゃんおばあちゃんちなら、こんなにお金はかからなかったと思うけど、スマホがないと、電車の乗り継ぎもバスの路線もわからない。
夏目のおじいちゃんおばあちゃん家は、小さい頃に何度もお兄ちゃんと電車で行ったことがあって、この特急列車に乗れば終点で降りるだけだから、今の柚葉でもなんとかなったのだ。
(そりゃあ、家出先が祖父母の家って、中3にしては子供っぽいと思うよ。思うけど)と、柚葉は心の中で言い訳をする。
だけど、今は1月で、公園で一夜を過ごすとか、凍死しちゃうもん。24時間営業の施設に一人でいたら絶対補導されるし、そもそも危ないし。
コハルやマイカの家に遊びに行って、そのまま泊めてもらう手段も考えたけど、すぐにおばさんたちがお母さんに連絡するだろうし。
お兄ちゃん、も、考えたけど……
今回に限ってはお兄ちゃんを頼りたくない。まあ、頼りたくても頼れないか。
お兄ちゃんが今住んでるのは都内のマンション。春野家と秋山家以上にたどり着ける気がしない。
スマホが無ければ、お兄ちゃんと連絡の取りようもない。電話番号もマンションの住所も全部スマホ任せで覚えてないもん。
仮に電話番号覚えてても公衆電話のかけ方とか、よくわかんない。
それにお兄ちゃんも知らない番号は絶対出ないだろうし。
結局、夏目のおじいちゃんおばあちゃん家が、スマホを持たない15歳の秋山柚葉にできる精一杯の家出先だった。
(子供すぎる……)
こんな時、大人なら、スマホがなくても、いろいろなんとかするんだろうな、と思う。
自分がどれほど狭い世界で保護者に守られて生きているのか、身に染みる。
私は早く自立したいのに。一刻も早く大人になりたいのに。一秒だって時間を無駄にしたくないのに。
心が焦るばかりで、行動が付いていかないのがもどかしい。
『どうして浴衣を裁縫遊びなんかに使ったの!』
(遊びじゃない)
ピーコートの上から内側のトップスを撫でて、またため息。
この浴衣リメイクは、私の決意。真剣、本気、大真面目。必要なものはちゃんと自分のお金で買ったし、いろいろ調べて本気で真剣に取り組んだ。
でも、お母さんの目には裁縫遊びに見えたんだ。
「ああ、もう~~~」
銀色の窓枠に肘をついて、両手で顔をぶにゅーと押し上げる。
肘を伝って、ゴォーーーーーーと、怪獣の吠え声みたいなトンネルの走行音が全身に響いた。
耳がゴワゴワする。
時々、ガタタン、と、お尻から突きあがるように座席も揺れる。でも音や振動が大きいわりに、新幹線程スピードは出ていなかった。
小さい頃、お兄ちゃんと一緒にこの列車に乗った時は、とんでもなく速い乗り物だと興奮したのに。
すごい!速い!と、叫んだ記憶があるのにな。
今や歴史を感じるレトロな列車だった。来年、新幹線の線路が開通したら、この特急列車は廃線になるらしい。
「今のうちに、たくさん乗ってあげてください」と、窓口で駅員さんが寂しそうに言ってたっけ。
あの駅員さん、いい人だったな。優しそうで……
ふわぁ、とあくびが出た。眠い。
このトップスを完成させるため、冬休みに入ってから塾の冬期講習に通いつつ、家族(ほぼお母さんだけど)にバレないようにこっそり制作を続けてきた。
でも、まだ半分も完成しないうちに冬休みが終わりに近づいちゃって、ここ数日は受験勉強するフリをしながら、夜中や早朝も自分の部屋で細かいところを手縫いで作業して寝不足が続いている。
シューーーーー、ゴォーーーーと、なんとなく特急列車っぽいスピード音と、後ろに引っ張られる重力的な感覚が、柚葉の瞼を重たくしていく。
『柚葉は寝てな。着いたら兄ちゃんが起こしてやるから』
頭の中でお兄ちゃんの声がした。
(お兄ちゃん……)
柚葉には12歳年上のお兄ちゃんがいる。お兄ちゃんは柚葉をいつも守ってくれる。物心ついた時から、お兄ちゃんが大好きだった。
優しくて、かっこよくて……
だけど……だから……。
(お兄ちゃん、私ね……あたしはね……)
とろんと、まどろみに掬い取られて、柚葉はすぅーっと眠りについたのだった。
ゴォーーーーー
騒音の中、ぷくぅっと頬を膨らませて、窓とにらめっこする。
(……)
窓の中の自分を見て(ブサイクな顔)と、ため息を吐いた。
座席にドサッと背中を預けておでかけ用バッグの中身をもう一度漁ってみたものの、やっぱりスマホはなかった。
当たり前だよね。入れてないんだから。
おでかけ用バッグは、すぐに出かけられるように、財布、ハンカチ、ティッシュ、色付きリップ、ハンドクリームと、モバイルバッテリーを入れていて、最後にスマホを収納すれば完成するようになっている。
でも、あの時、スマホのことをすっかり忘れていた。たぶん、ママの部屋に置きっぱなしだと思う。
柚葉は財布のお札入れを覗き込み、深い深いため息を吐いた。
(私のお年玉……)
スマホがあれば、ICアプリで電車賃をお父さんのお金で買えたのに……
スマホがないから特急列車の乗り方もわからなくて、ドキドキしながら人生で初めて駅の窓口を利用した。
特急列車って、乗車券の他に特急券がかかるらしい。
「空いているので指定席の必要はないですよ」と、親切な女性の駅員さんが教えてくれて、指定席券を買わなくて済んだのは助かった。
私みたいなごくごく普通の女子中学生は、古くて乗り心地も微妙な座席にまでお金をかける余裕はないもの。
春野か秋山のおじいちゃんおばあちゃんちなら、こんなにお金はかからなかったと思うけど、スマホがないと、電車の乗り継ぎもバスの路線もわからない。
夏目のおじいちゃんおばあちゃん家は、小さい頃に何度もお兄ちゃんと電車で行ったことがあって、この特急列車に乗れば終点で降りるだけだから、今の柚葉でもなんとかなったのだ。
(そりゃあ、家出先が祖父母の家って、中3にしては子供っぽいと思うよ。思うけど)と、柚葉は心の中で言い訳をする。
だけど、今は1月で、公園で一夜を過ごすとか、凍死しちゃうもん。24時間営業の施設に一人でいたら絶対補導されるし、そもそも危ないし。
コハルやマイカの家に遊びに行って、そのまま泊めてもらう手段も考えたけど、すぐにおばさんたちがお母さんに連絡するだろうし。
お兄ちゃん、も、考えたけど……
今回に限ってはお兄ちゃんを頼りたくない。まあ、頼りたくても頼れないか。
お兄ちゃんが今住んでるのは都内のマンション。春野家と秋山家以上にたどり着ける気がしない。
スマホが無ければ、お兄ちゃんと連絡の取りようもない。電話番号もマンションの住所も全部スマホ任せで覚えてないもん。
仮に電話番号覚えてても公衆電話のかけ方とか、よくわかんない。
それにお兄ちゃんも知らない番号は絶対出ないだろうし。
結局、夏目のおじいちゃんおばあちゃん家が、スマホを持たない15歳の秋山柚葉にできる精一杯の家出先だった。
(子供すぎる……)
こんな時、大人なら、スマホがなくても、いろいろなんとかするんだろうな、と思う。
自分がどれほど狭い世界で保護者に守られて生きているのか、身に染みる。
私は早く自立したいのに。一刻も早く大人になりたいのに。一秒だって時間を無駄にしたくないのに。
心が焦るばかりで、行動が付いていかないのがもどかしい。
『どうして浴衣を裁縫遊びなんかに使ったの!』
(遊びじゃない)
ピーコートの上から内側のトップスを撫でて、またため息。
この浴衣リメイクは、私の決意。真剣、本気、大真面目。必要なものはちゃんと自分のお金で買ったし、いろいろ調べて本気で真剣に取り組んだ。
でも、お母さんの目には裁縫遊びに見えたんだ。
「ああ、もう~~~」
銀色の窓枠に肘をついて、両手で顔をぶにゅーと押し上げる。
肘を伝って、ゴォーーーーーーと、怪獣の吠え声みたいなトンネルの走行音が全身に響いた。
耳がゴワゴワする。
時々、ガタタン、と、お尻から突きあがるように座席も揺れる。でも音や振動が大きいわりに、新幹線程スピードは出ていなかった。
小さい頃、お兄ちゃんと一緒にこの列車に乗った時は、とんでもなく速い乗り物だと興奮したのに。
すごい!速い!と、叫んだ記憶があるのにな。
今や歴史を感じるレトロな列車だった。来年、新幹線の線路が開通したら、この特急列車は廃線になるらしい。
「今のうちに、たくさん乗ってあげてください」と、窓口で駅員さんが寂しそうに言ってたっけ。
あの駅員さん、いい人だったな。優しそうで……
ふわぁ、とあくびが出た。眠い。
このトップスを完成させるため、冬休みに入ってから塾の冬期講習に通いつつ、家族(ほぼお母さんだけど)にバレないようにこっそり制作を続けてきた。
でも、まだ半分も完成しないうちに冬休みが終わりに近づいちゃって、ここ数日は受験勉強するフリをしながら、夜中や早朝も自分の部屋で細かいところを手縫いで作業して寝不足が続いている。
シューーーーー、ゴォーーーーと、なんとなく特急列車っぽいスピード音と、後ろに引っ張られる重力的な感覚が、柚葉の瞼を重たくしていく。
『柚葉は寝てな。着いたら兄ちゃんが起こしてやるから』
頭の中でお兄ちゃんの声がした。
(お兄ちゃん……)
柚葉には12歳年上のお兄ちゃんがいる。お兄ちゃんは柚葉をいつも守ってくれる。物心ついた時から、お兄ちゃんが大好きだった。
優しくて、かっこよくて……
だけど……だから……。
(お兄ちゃん、私ね……あたしはね……)
とろんと、まどろみに掬い取られて、柚葉はすぅーっと眠りについたのだった。
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