YUZU

箕面四季

文字の大きさ
上 下
65 / 84

【本物の母親】

しおりを挟む
「赤ちゃんを、殺す?」
「そう。お腹の中にいる今なら、私にはできるのよ。等価交換って知ってる?」

「とうか、こうかん?」
 耳慣れない言葉をなぞる柚樹に、「うん」と頷いたママが、何かを考えるように口元に人差し指をトントンと当てながら「つまりね」と続けた。

「何かを得るためには、同等の対価が必要って考えね。例えばお店で商品を購入するには、その商品に見合ったお金を支払うでしょ。駄菓子は十円、スナック菓子は百円、家電は数万円って感じで。私が柚樹と一緒にいるためには、柚樹にとって身近な人の命が必要なの。柚樹の妹に当たる赤ちゃんの命ならちょうどいいわね。まだ生まれる前だし取り込めると思うわ。そうしたら、赤ちゃんの代わりに私が柚樹と一緒にいられるわよ」
「でも……」

「柚樹は、赤ちゃんが死ねばいいってずっと思ってたでしょ。赤ちゃんが生まれなければ、お母さんとお父さんの愛情も今まで通り柚樹だけのもの。夏目のおじいちゃんおばあちゃんの孫も柚樹だけ。柚樹の不安も解消されるじゃない」
「それは」

 確かにずっと、赤ちゃんが生まれたら自分が愛されなくなるかもしれないと不安だった。でも今は……。

「なら、殺しちゃおう」
 ママが不敵な笑みを浮かべる。

「……で、でも」
 戸惑いを隠せない柚樹に「本物の母親ってね」と、構わずママは続ける。

「本物の母親っていうのはね、わが子がなにより大事なの。わが子の酷い苦しみは、どうにかして取り去ってやりたいって真剣に思うのよ」

 ママの言葉を聞いて、柚樹の頭にパっと浮かんだのは、腕から血を流して、それでも柚樹をしっかりと抱きしめた母さんだった。

「それから、わが子が病気になって熱で苦しんでいたら、本気で代わってあげたいって願うの。自分のことなんか後回しで必死に看病するわ」

 それって、オレが熱を出したときの母さんだ。

 風邪をひくと、柚樹は決まって夜中に熱が酷くなる。息苦しくて何度も目が覚める。
 そのたびに母さんの顔があった。飲み物を飲ませ、脇の下や太ももの付け根を冷やし、苦しい部分をさすって、柚樹が眠るまでずっと起きている。

 一度、夜中にどうしてもリンゴゼリーが食べたくなったときがあった。父さんは「朝イチで買ってきてやるからな」と言った。

 でも、熱に浮かされ何度目かの浅い眠りから覚めた時、枕元にリンゴゼリーが置いてあった。母さんが真夜中にコンビニまで買いに行ってくれたのだ。

 さすがに申し訳なくて、リンゴゼリーを一口食べながら「わがまま言ってごめん」と謝ったら「病人が変な気を遣わないの。リンゴゼリー食べれたことがお母さんは嬉しいんだから。食べれる時に少しでも食べると、すぐに良くなるからね。あとは安心して眠りなさい。お母さん、ずっとここにいるから」と頭を撫でてくれたっけ。

「わが子のためならなりふり構わない。それが本物の母親なのよ。母親だけじゃない。本物の父親も、本物のおじいちゃんおばあちゃんも、みんなそれぞれ、家族への深い愛情がある。お互いを思いあうのが家族。本物ってそういうものでしょ」

 柚樹の瞳を真正面に見据えながら喋るママ。その身体が、徐々に薄れていく。

 早くしないと、ママが消えてしまう。こんな時でもママは、いつものように柚樹の決断を待っていた。

 ママは、オレの本物の母親だ。正真正銘、オレを産んでくれた本物のお母さん。
 たくさん遊んでくれて、すごくすごく大好きだったママ。

 ママは、クラスのみんなが常識だと思っている、母親という定義そのもの。 
 ママは、オレの本物の母親。

 だけど。それじゃあ……
 じゃあ、母さんは?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

時の欠片

疾風
ファンタジー
『時のかけら』――一つの時計が彼の人生を変えた。橘の選択は、愛か才能か?感動的な物語が織りなす時間の旅。彼の運命は?

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

異世界に行って転生者を助ける仕事に就きました

仙人掌(さぼてん)
ファンタジー
若くして死ぬと異世界転生する…。 まさか自分がそうなるとは思わなかった。 しかしチートはもらえなかった。 特殊な環境に生まれる事もなく、そこそこ大きな街の平民として生まれ、特殊な能力や膨大な魔力を持つことも無かった。 地球で生きた記憶のおかげで人よりは魔法は上手く使えるし特に苦労はしていない。 学校こそ行けなかったが平凡にくらしていた。 ある日、初めて同じ日本の記憶がある人とであった。 なんやかんやありその人の紹介で、異世界に転生、転移した日本人を助ける仕事につくことになりました。

透明なヒーロー

神崎翼
青春
西日の差す駅で死のうと決めた少女と、透明なヒーローの話。 即興小説リメイク作品(お題:綺麗なヒーロー 制限時間:30分) リメイク前初出 2020/03/31 この作品は「pixiv/note/小説家になろう/カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...