YUZU

箕面四季

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【寂しい夜の後に】

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 ママが入院して以降の出来事は、思い出すと胸がジクジク疼いた。

 いきなり入院したママは、それからずっと帰ってこなくて、柚樹は動揺していた。
 ママが家にいないなんて、生まれて初めてのことだったから。

 パパや手伝いに来た春野と秋山のおばあちゃんたちは、柚樹の前で、やけに明るく振舞っていて、それが逆に、いつもとは何か違う、何かおかしいと、柚樹に不安を植え付けていた。

 ママは病院ですごく元気にしてるよ、柚樹に会いたがってるよと言いながら、柚樹だけ病院に連れて行かないのも、子供ながらにおかしいと思っていた。
 ママはもう帰ってこないんじゃないか、と、どんどん不安が募っていった。

 夜は特に寂しかった。

 柚樹はママと手を繋いで、いろんな妄想の物語を話しながら寝ていたから。
 ママが読んでくれた絵本の登場人物をごちゃまぜにしたストーリーだったと思う。クライマックスはたいてい、恐竜が現れて地球をめちゃくちゃにする話。
 たぶん今聞いたらとんでもなくつまらない物語だろうけど、それをママはいつも楽しそうに聞いてくれた。
 ケラケラ笑ってくれた。

 ママの笑顔を見ながら夢中で話しているうちに、いつの間にか柚樹はトロンと眠っていて、気が付くと朝になっている。

 ママと二人だけの楽しい時間。
 それが突然、なくなった。

 おばあちゃんたちがママの代わりに一緒に寝てくれたけど「ママと一緒じゃないと寝ない」と、毎晩柚樹は泣きわめいた。

 その頃、何度も同じ夢を見た。

 柚樹は「絶対に行かない!」と叫んでいるのに、声が出なくて、無理やり動物園に連れていかされ、ママがライオンに食べられる夢。
 悪夢にうなされ、夜中に目が覚めて「ママ~」と泣きじゃくった。

 ママが入院していたのはどのくらいだったんだろうか。

 柚樹にとっては途方もなく長い年月に感じられたけれど、本当はひと月か、もっともっと少なかったのかもしれない。

 泣きわめく柚樹に困り果てたのか、さすがに可哀想と思ったのか、理由はわからないけれど、ある日父さんが、ママの病院に柚樹を連れて行ってくれた。

 すごくすごく嬉しくて、すごくすごく楽しみで。すごくすごく、会いたかった。

 病室の扉を開けて、ママぁと、飛び込もうとした。
 ママと会えなかった分のぎゅーーーーを、いっぱいしようと思った。

 なのに、足が動かなかった。

 ママを見て、柚樹はただただ、びっくりしたのだ。

 柚樹が知っているママと、目の前のママがあまりに違っていたから。ママはすごく痩せてしまって、なんだかすごく疲れていた。
 柚樹に向けられたママの笑顔が、全然キラキラしていなかった。

 大好きなママのくりくり光る目がとろんと灰色で、こんなのママじゃないと思った。
 柚樹の好きなにっこり笑顔はどこにもなくて、もうママは帰って来ないんだと、悟ったのだ。

 悲しくて悲しくて、柚樹はぎゅっと手を握りしめて(うそつき)と、思っていた。

「柚樹とママはず~っと一緒」って言ってたのに。
「柚樹が大人になったら結婚しようね」って、言ってたのに。
「ママはおばあちゃんになっても柚樹と一緒にいるよ」って言ってたのに。

 約束よ。って、言ったのに!!

 その時、ママが「ごめんね。柚樹。」と言った。

 あれは動物園に行けなかったことを謝っていたのだけど、その時の柚樹は、ずっと一緒にいられないことを謝っていると思ったのだ。

「ママ、うそつき!!!」
 悲しくて悲しくて、怒りが込み上げた。

「ママ、なんでずっと病院に泊まるの? 泊まるのやめて!」と叫んだ。

 困った顔でまた「ごめんね」と謝るママに「今すぐ帰ってきて」と泣き叫んだ。そうして。

 柚樹がお見舞いに行った翌日、ママは家に帰ってきたのだった―。
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