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【優しい嘘】
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柚葉の問いに、柚樹は曖昧に笑ってみせる。
「母さんはたぶん遠慮? してるっぽい」
柚葉はしばし間を置いて「なるほどねぇ」と、複雑な顔で頷いた。
「でもさ。去年だったかな、柚の葉が真っ黒になったことがあったんだ。『すす病』って言って、カビの一種らしいんだけど、アブラムシとかカイガラムシの排泄物を食べて増殖するんだって。オレ全然知らなくて、そのまま水やりだけ続けてたんだ。そしたらさ、なんか、木の周りがちょっと牛乳臭くなって葉っぱに白っぽいものがつくようになってさ、そのうちに柚の葉っぱが元通りになったんだ。不思議に思って、家のパソコンで『柚の葉』『黒い』『牛乳』って検索したんだ。そしたら『すす病』退治に『牛乳スプレー』が有効って記事が出てきた。しかも、その記事、文字の色が変わってて誰かが開いた形跡があるんだ。オレじゃなきゃ、母さんしかいないじゃん? 父さんは柚の木に近づけないからさ。だけど母さんに聞いたら『知らない』ってすっとぼけんだよな」
柚樹はあの時の母さんの表情を思い出し、思わず笑ってしまった。
「母さんも嘘が下手なんだよ。そういうとこ、ちょっと柚葉と似てるかも」
「あら、私は柚樹に嘘なんかつかないわよ」と、柚葉が頬を膨らます。
「公園に朔太郎がいること、林先生から聞いて知ってただろ」
「あ、それは……」
一瞬言葉に詰まって「バレたか」と、柚葉は舌を出した。
「逆に、あれでバレてないと思ってたのかよ」
呆れる柚樹を見つめ「ホント、柚樹も大きくなったのねぇ」と、柚葉はため息を漏らした。
それから気を取り直すようににっこり笑う。
「先生もいろいろ悩んでらしたわよ。どうにかしたいけど、どうしたらいいのかわからないって。柚樹のことも、朔太郎君のことも。真面目で一生懸命でいい先生じゃない」
「……新米とはいえ、高校生に悩み相談する教師ってどうなの?」
元々頼りないとは思っていた。
確かに真面目だし、一生懸命頑張ってるってのは認めるけど、それが空回りしているから密かに生徒になめられてしまうんだよな。
「あら、先生は私のことを立派な大人の、とっても素敵で頼れる保護者だと思っているわよ。でもね、相談する相手に歳は関係ないと思うわよ。大人も子供も関係ない。だって子供が成長したのが大人なのよ。大人になった瞬間、子供とは違う価値観になって絶対に間違わないなんてこと、あるわけないじゃない。つまり、教師になった瞬間に子供たちを正しく導けるようになるはずないの。失敗して、学んで、少しずつ成長していくの。何か問題が起きてわからなくなったときは、年齢なんか関係なく相談すればいいのよ。子供だから思いつく解決策もあれば、歳を重ねた大人だからわかることもあるでしょ。いろんな立場や年齢の人に相談する方が、いろんな意見を聞けて俯瞰的に物事を捉えられると思うわよ。先生が新米教師なら、保護者やクラスのみんなが手伝って、協力しながら、みんなで成長していけばいいじゃない」
「……そんなもんかなぁ」
「そんなもんよ」
力強く、ちょっといいこと言っただろう的な、どや顔の柚葉を、柚樹は少しの間見つめた。やっぱり柚葉は聡明高校で、頭がいいのかもしれない。言ってることの意味、わかるようでわからない。だけど。
「オレ、来週から学校に行くよ」
柚樹が言うと、柚葉は本当に嬉しそうな顔で笑った。
「超スッキリしたでしょ?」
「……まあね」
柚葉の思惑通りに進んだことがちょっと悔しくて渋々頷きながら、柚樹は伝えるなら今だよな、と思う。
「母さんはたぶん遠慮? してるっぽい」
柚葉はしばし間を置いて「なるほどねぇ」と、複雑な顔で頷いた。
「でもさ。去年だったかな、柚の葉が真っ黒になったことがあったんだ。『すす病』って言って、カビの一種らしいんだけど、アブラムシとかカイガラムシの排泄物を食べて増殖するんだって。オレ全然知らなくて、そのまま水やりだけ続けてたんだ。そしたらさ、なんか、木の周りがちょっと牛乳臭くなって葉っぱに白っぽいものがつくようになってさ、そのうちに柚の葉っぱが元通りになったんだ。不思議に思って、家のパソコンで『柚の葉』『黒い』『牛乳』って検索したんだ。そしたら『すす病』退治に『牛乳スプレー』が有効って記事が出てきた。しかも、その記事、文字の色が変わってて誰かが開いた形跡があるんだ。オレじゃなきゃ、母さんしかいないじゃん? 父さんは柚の木に近づけないからさ。だけど母さんに聞いたら『知らない』ってすっとぼけんだよな」
柚樹はあの時の母さんの表情を思い出し、思わず笑ってしまった。
「母さんも嘘が下手なんだよ。そういうとこ、ちょっと柚葉と似てるかも」
「あら、私は柚樹に嘘なんかつかないわよ」と、柚葉が頬を膨らます。
「公園に朔太郎がいること、林先生から聞いて知ってただろ」
「あ、それは……」
一瞬言葉に詰まって「バレたか」と、柚葉は舌を出した。
「逆に、あれでバレてないと思ってたのかよ」
呆れる柚樹を見つめ「ホント、柚樹も大きくなったのねぇ」と、柚葉はため息を漏らした。
それから気を取り直すようににっこり笑う。
「先生もいろいろ悩んでらしたわよ。どうにかしたいけど、どうしたらいいのかわからないって。柚樹のことも、朔太郎君のことも。真面目で一生懸命でいい先生じゃない」
「……新米とはいえ、高校生に悩み相談する教師ってどうなの?」
元々頼りないとは思っていた。
確かに真面目だし、一生懸命頑張ってるってのは認めるけど、それが空回りしているから密かに生徒になめられてしまうんだよな。
「あら、先生は私のことを立派な大人の、とっても素敵で頼れる保護者だと思っているわよ。でもね、相談する相手に歳は関係ないと思うわよ。大人も子供も関係ない。だって子供が成長したのが大人なのよ。大人になった瞬間、子供とは違う価値観になって絶対に間違わないなんてこと、あるわけないじゃない。つまり、教師になった瞬間に子供たちを正しく導けるようになるはずないの。失敗して、学んで、少しずつ成長していくの。何か問題が起きてわからなくなったときは、年齢なんか関係なく相談すればいいのよ。子供だから思いつく解決策もあれば、歳を重ねた大人だからわかることもあるでしょ。いろんな立場や年齢の人に相談する方が、いろんな意見を聞けて俯瞰的に物事を捉えられると思うわよ。先生が新米教師なら、保護者やクラスのみんなが手伝って、協力しながら、みんなで成長していけばいいじゃない」
「……そんなもんかなぁ」
「そんなもんよ」
力強く、ちょっといいこと言っただろう的な、どや顔の柚葉を、柚樹は少しの間見つめた。やっぱり柚葉は聡明高校で、頭がいいのかもしれない。言ってることの意味、わかるようでわからない。だけど。
「オレ、来週から学校に行くよ」
柚樹が言うと、柚葉は本当に嬉しそうな顔で笑った。
「超スッキリしたでしょ?」
「……まあね」
柚葉の思惑通りに進んだことがちょっと悔しくて渋々頷きながら、柚樹は伝えるなら今だよな、と思う。
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