21 / 84
【水曜日、動物園の夢を見て、水族館へ行く】
しおりを挟む
『もうすぐ柚樹の4歳の誕生日だね! 柚樹は何がしたい?』
『とーぷつえん いきたい』
『動物園かぁ。遠いからなかなか行けないのよねー』
『いけないのよねぇ』
『よおし! パパに有給取ってもらって、誕生日はレンタカー借りて、家族で動物園行くぞぉ!』
『いくぞ~』
『柚樹は動物園で何が見たい?』
『うんとねー、あ、そうだ!』
いいこと思いついた! 嬉しい気持ちでむくむくする。
『がようし、がようし』
早く書かなきゃ、忘れないうちに。
『ごめんね。柚樹。動物園行けなくなっちゃって』
『ママ、うそつき』
『こら、柚樹! ママ具合が悪かったんだから仕方ないだろ』
『ママ、なんでずっとびょーいんにとまるの? とまるのやめて!』
『どうしたんだ? いつもの柚樹らしくないぞ。ママは検査があるって言っただろ。一緒にママを応援しようって言ったよな』
『ごめんね、柚樹。ママも早く帰れるように頑張るからね』
『いやぁ。いますぐかえってきて!』
カンカンカンカン
今日も朝から柚葉がフライパンを叩いている。
「うるっせぇなぁ」
あくびをしながら目をこすったら、指に冷たいものがついて「アレ?」と柚樹は覗き込んだ。
「げっ、なんだこりゃ」
両目から結構な量の涙が流れている。
「なんでオレ泣いてんだ?」
ガンガンガンガン
考える暇も与えないこのやかましさ。
「ぐわぁ」と柚樹は呻いて叫んだ。
「起きたからやめろ~!」
部屋の電気をつけて、片耳を塞ぎながらドアを開けると、フライパンとお玉を持ってにっこり笑う柚葉が立っていた。
「ほら、時間ないよ。早く着替えて降りてきて」
「んだよ、学校は休んでもいいんだろ」
「何言ってんの? 今日は水族館に行くのよ!」
柚葉がぱちりとウィンクをした。古っ、ダサッ。
「早く準備してね~」
エプロン姿でスリッパをつっかけ、パタパタと階段を下りていく柚葉を茫然と見送って(母親か)と思わずつっこむ。
(見た目まあまあなだけに残念だな)
ま、別にいいけど。
(でも水族館か)と、柚樹の口が勝手にほころんだ。遊園地に続いて、久しぶりの響き。
去年の冬くらいから親と出かけるのがなんか微妙で、レジャー的なところには出かけていなかったしな。そうこうしているうちに母さんが妊娠して……
柚樹は頭を振って(何着て行こうかな)と強引に気持ちを切り替えた。
エアコンの目覚まし暖房をセットしていたおかげで部屋はいい具合に暖かい。
でも、遮光カーテンの隙間から冷凍庫の中みたいにヒヤッとする冷気が入り込んできている。
(この時期、朝晩は寒いけど、昼間はまあまあ暖かいんだよな)
昨日の遊園地も昼間は日が当たって結構汗ばんだのに、夕方過ぎから急激に冷え出して、ニットの隙間から入り込む冷たい風に鳥肌が立った。
もし柚葉が機転を利かせて柚樹のパーカーを持ってきていなければ、今頃、風邪をひいて熱が上がっていたかもしれない。
(う~ん、どうするかな)
11月のコーデはムズい。クローゼットの洋服をあれこれ取り出して、柚樹はしばし悩んだ。
(とりあえず、脱着しやすいようにティシャツの上にネルシャツを重ね着して、その上からちょっと厚めのアウターを羽織るかな)
今日の朝食は、サンドイッチだった。
昨日の夜、母さんのおかずを二人で食べている時に「明日の朝食閃いちゃった」と柚葉が言っていたけど。
柚樹は、食パンをめくって(げっ)と、眉をよせた。サニーレタスとスクランブルエッグまではいい。そこに茶色い物体が挟んであるのだ。
「これ、まさかきんぴらごぼうじゃ……」
「ピンポーン。昨日食べた時にピンと来たのよね」
「ピンと来たって、サンドイッチにきんぴらごぼうはないだろ……」
げんなりする柚樹に「まあ、騙されたと思って食べてみて」と柚葉が強引に勧める。
「オレ、あんま、きんぴら好きじゃないんだよな、口の中の水分持ってかれるからさぁ」
母さんのきんぴらごぼうは、給食のよりは食べやすいけど、きんぴらごぼうというメニュー自体が、そもそも成長期の男子はあんまり好きじゃないのだ。とはいえ、せっかく作ってくれたしなと、仕方なくかじってみる。
「どう?」
「……まあまあイケる」
意外なことに、旨かった。
ふわふわのスクランブルエッグとシャキシャキのレタスとしんなり甘辛いきんぴらごぼうが、パンに塗られたマヨネーズによって見事に調和している。
水分の少ないきんぴらごぼうが、すごくジューシーに感じられるのはマヨネーズのせいだろうか。
「でしょー。私、こういう冷蔵庫の、残り物を使った、栄養満点な、レシピが得意なの。略してRNAレシピ」と柚葉が得意げに口角を上げる。
(RNAレシピって)とネーミングに首を傾げつつ、柚樹はきんぴらサンドイッチをシャクシャク頬張りながら尋ねる。
「そういや、柚葉の家って、朝はパン派?」
「どうして?」
「ラピュタパン、変なパンケーキ、サンドイッチって、今までずっとパン系攻めてるから」
柚葉はちょっと考えて「そうね。パン派、パン派」と頷く。
「和朝食じゃ絶対勝てそうにないし」
「ん、何て?」
きんぴらの咀嚼音でよく聞き取れなかった柚樹に「なんでもなーい。食べたらすぐに出発よ」と柚葉はにっこり笑ってみせた。
『とーぷつえん いきたい』
『動物園かぁ。遠いからなかなか行けないのよねー』
『いけないのよねぇ』
『よおし! パパに有給取ってもらって、誕生日はレンタカー借りて、家族で動物園行くぞぉ!』
『いくぞ~』
『柚樹は動物園で何が見たい?』
『うんとねー、あ、そうだ!』
いいこと思いついた! 嬉しい気持ちでむくむくする。
『がようし、がようし』
早く書かなきゃ、忘れないうちに。
『ごめんね。柚樹。動物園行けなくなっちゃって』
『ママ、うそつき』
『こら、柚樹! ママ具合が悪かったんだから仕方ないだろ』
『ママ、なんでずっとびょーいんにとまるの? とまるのやめて!』
『どうしたんだ? いつもの柚樹らしくないぞ。ママは検査があるって言っただろ。一緒にママを応援しようって言ったよな』
『ごめんね、柚樹。ママも早く帰れるように頑張るからね』
『いやぁ。いますぐかえってきて!』
カンカンカンカン
今日も朝から柚葉がフライパンを叩いている。
「うるっせぇなぁ」
あくびをしながら目をこすったら、指に冷たいものがついて「アレ?」と柚樹は覗き込んだ。
「げっ、なんだこりゃ」
両目から結構な量の涙が流れている。
「なんでオレ泣いてんだ?」
ガンガンガンガン
考える暇も与えないこのやかましさ。
「ぐわぁ」と柚樹は呻いて叫んだ。
「起きたからやめろ~!」
部屋の電気をつけて、片耳を塞ぎながらドアを開けると、フライパンとお玉を持ってにっこり笑う柚葉が立っていた。
「ほら、時間ないよ。早く着替えて降りてきて」
「んだよ、学校は休んでもいいんだろ」
「何言ってんの? 今日は水族館に行くのよ!」
柚葉がぱちりとウィンクをした。古っ、ダサッ。
「早く準備してね~」
エプロン姿でスリッパをつっかけ、パタパタと階段を下りていく柚葉を茫然と見送って(母親か)と思わずつっこむ。
(見た目まあまあなだけに残念だな)
ま、別にいいけど。
(でも水族館か)と、柚樹の口が勝手にほころんだ。遊園地に続いて、久しぶりの響き。
去年の冬くらいから親と出かけるのがなんか微妙で、レジャー的なところには出かけていなかったしな。そうこうしているうちに母さんが妊娠して……
柚樹は頭を振って(何着て行こうかな)と強引に気持ちを切り替えた。
エアコンの目覚まし暖房をセットしていたおかげで部屋はいい具合に暖かい。
でも、遮光カーテンの隙間から冷凍庫の中みたいにヒヤッとする冷気が入り込んできている。
(この時期、朝晩は寒いけど、昼間はまあまあ暖かいんだよな)
昨日の遊園地も昼間は日が当たって結構汗ばんだのに、夕方過ぎから急激に冷え出して、ニットの隙間から入り込む冷たい風に鳥肌が立った。
もし柚葉が機転を利かせて柚樹のパーカーを持ってきていなければ、今頃、風邪をひいて熱が上がっていたかもしれない。
(う~ん、どうするかな)
11月のコーデはムズい。クローゼットの洋服をあれこれ取り出して、柚樹はしばし悩んだ。
(とりあえず、脱着しやすいようにティシャツの上にネルシャツを重ね着して、その上からちょっと厚めのアウターを羽織るかな)
今日の朝食は、サンドイッチだった。
昨日の夜、母さんのおかずを二人で食べている時に「明日の朝食閃いちゃった」と柚葉が言っていたけど。
柚樹は、食パンをめくって(げっ)と、眉をよせた。サニーレタスとスクランブルエッグまではいい。そこに茶色い物体が挟んであるのだ。
「これ、まさかきんぴらごぼうじゃ……」
「ピンポーン。昨日食べた時にピンと来たのよね」
「ピンと来たって、サンドイッチにきんぴらごぼうはないだろ……」
げんなりする柚樹に「まあ、騙されたと思って食べてみて」と柚葉が強引に勧める。
「オレ、あんま、きんぴら好きじゃないんだよな、口の中の水分持ってかれるからさぁ」
母さんのきんぴらごぼうは、給食のよりは食べやすいけど、きんぴらごぼうというメニュー自体が、そもそも成長期の男子はあんまり好きじゃないのだ。とはいえ、せっかく作ってくれたしなと、仕方なくかじってみる。
「どう?」
「……まあまあイケる」
意外なことに、旨かった。
ふわふわのスクランブルエッグとシャキシャキのレタスとしんなり甘辛いきんぴらごぼうが、パンに塗られたマヨネーズによって見事に調和している。
水分の少ないきんぴらごぼうが、すごくジューシーに感じられるのはマヨネーズのせいだろうか。
「でしょー。私、こういう冷蔵庫の、残り物を使った、栄養満点な、レシピが得意なの。略してRNAレシピ」と柚葉が得意げに口角を上げる。
(RNAレシピって)とネーミングに首を傾げつつ、柚樹はきんぴらサンドイッチをシャクシャク頬張りながら尋ねる。
「そういや、柚葉の家って、朝はパン派?」
「どうして?」
「ラピュタパン、変なパンケーキ、サンドイッチって、今までずっとパン系攻めてるから」
柚葉はちょっと考えて「そうね。パン派、パン派」と頷く。
「和朝食じゃ絶対勝てそうにないし」
「ん、何て?」
きんぴらの咀嚼音でよく聞き取れなかった柚樹に「なんでもなーい。食べたらすぐに出発よ」と柚葉はにっこり笑ってみせた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
異世界に行って転生者を助ける仕事に就きました
仙人掌(さぼてん)
ファンタジー
若くして死ぬと異世界転生する…。
まさか自分がそうなるとは思わなかった。
しかしチートはもらえなかった。
特殊な環境に生まれる事もなく、そこそこ大きな街の平民として生まれ、特殊な能力や膨大な魔力を持つことも無かった。
地球で生きた記憶のおかげで人よりは魔法は上手く使えるし特に苦労はしていない。
学校こそ行けなかったが平凡にくらしていた。
ある日、初めて同じ日本の記憶がある人とであった。
なんやかんやありその人の紹介で、異世界に転生、転移した日本人を助ける仕事につくことになりました。
透明なヒーロー
神崎翼
青春
西日の差す駅で死のうと決めた少女と、透明なヒーローの話。
即興小説リメイク作品(お題:綺麗なヒーロー 制限時間:30分)
リメイク前初出 2020/03/31
この作品は「pixiv/note/小説家になろう/カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる