YUZU

箕面四季

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【ところで、私、しばらくここに住むことにしたからね】

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「ふうん」
 柚葉の難しそうな顔に、ハッと、柚樹は我に返った。
 そうだった。今は「死ね」発言の撤回をしなきゃいけないんだった。

「いや、さっきのは本気じゃないくて」
「なるほどねぇ」
 ふんふんと頷いて柚葉が呟いた。

「もしかしたら、これがミッションかもしれないわね」
「ミッション?」

「みっし、ミシミシ言うわね、この床~。おほほほ」
「?」
 床をガンガン足で踏みつけて柚葉が嘘くさく笑っている。

「……」
 よくわかんねーけど、もしかして説教されずに済んだ?

「ところで」
 ホッとしたのも束の間、柚葉が柚樹をじっと見つめてくる。

(なんだよ、やっぱ説教かよ)
 ところで、先生には相談したの? ところで、ご両親は知ってるの?

(面倒くせーな)
 だから、テキトーに話合わせときゃ良かったのに。いつもそうしてるのに。ああ、失敗した。

「ところで、私、しばらくここに住むことにしたからね」
「……はい?」
 あまりに想像とかけ離れた言葉に、柚樹の口から素っ頓狂な声が出た。

「だから、私、しばらくここに住むわね」
 柚葉がにっこり繰り返す。

「え? は? な、なんで?」
 なんで、あの話からそうなった?

 困惑する柚樹を真似るみたいに、柚葉も困った顔をして腕を組む。

「実はねぇ、私もいろいろ家庭の事情が複雑で、親と喧嘩して家出してきたのよ。本当は君のママにお願いして、しばらく泊めてもらうつもりだったの」
「は? え? それって、つまり」
 つまり、柚葉は家出少女だったってこと? なんか隠してるっぽいとは思ってたけど。

 なるほど、と柚樹は改めて柚葉を見た。
 それなら、これまでの柚葉の不審な言動も納得がいく気がした。なんで制服着てるのかは謎だけど。

「というわけで、今日からお世話になりま~す! 両親と上手くいかない者同士、仲よくしようね」
「え、ちょっと」
 柚葉はさっそく、リビングのソファに寝転んで、思いっきりくつろぎ始めている。本気で居座るつもりだ。
 いや、マズいだろ。と、柚樹は慌てて頭をぶんぶん振る。

「そんなのダメに決まってるだろ」
「なんで?」

「なんでって」
「もし君のママが生きていたら、絶対にいいよって言ってくれるわよ」

「で、でも」
「あ、そっかぁ~。今のお母さんはダメって言うのね」

「え?」
 柚葉が嫌味っぽく笑った。

「そっかぁ。それなら仕方ないかしら。ママは懐の広い優しい人だったけど、きっと今のお母さんは違うのねぇ。お母さんがダメって言うなら仕方ないわよねぇ」
「ちが」

「そっかそっかぁ。君のお母さんは、寝る場所に困っている可哀想な少女を平気で追い払っちゃう冷たい人なのねぇ。そっかぁ、それなら」
「だから違うって言ってるだろ! 母さんはそんなことしない!」

「……そう」と柚葉は柚樹を見た。
 怒っているような、泣いているような、複雑な顔。が、すぐににやりと悪そうに笑う。

「なら、問題ないわね。決まり! これからよろしくね、柚樹」
「あ!」
 やられた! と思った時には、柚葉はパっと起き上がり、勝手に部屋の中をうろちょろし始めていた。

「ちょ、待って。今のは」
「さ~て、どの部屋を使わせてもらおっかなぁ」

 うーん。と指で口元を押さえながら「そういえば、ママの部屋ってどうなってるのかしら?」と奥の洋室へ目をつける。

「そのままになってるけどさぁ」
「そうなの? ママの仏壇は?」

 仏壇の代わりに、柚樹が中学生になるまでは、自分の部屋と荷物をそのまま残してほしいというのがママの遺言だった、と、柚樹は簡潔に説明しながら柚葉の後を追いかける。

「なるほどね~」
 柚葉は頷いて、がちゃっと躊躇なく洋室のドアを開けた。
 まるで自分の部屋みたいにクローゼットやタンスも次々と開けて「洋服もあるのね。ナイス」と顔をほころばせている。

「ちょ、勝手に」
「ここ使わせてもらうわね。ママならこの部屋のものを自由に使っていいわよって言うはずだから。それとも」
 キランと大きな瞳を光らせる柚葉に、柚樹は慌てて頷く。

「わかった、わかった。それでいい」
「じゃ、出てってくれる?」

「はい?」
「はい? じゃないでしょ。着替えるの。それとも、見ていく?」

 うわっと柚樹は真っ赤になってドアをばたんと閉める。

「ばっかじゃねーの!!」

 ドアに向かって叫んだあと、大きなため息が出た。

 すっかり柚葉のペースに巻き込まれている。見知らぬ女子高生と二人きりの生活……

(えらいことになってしまった)
 柚樹は扉の前で頭を抱えたのだった。



 一方、ドアの内側では、柚葉がタンスの引き出しに手を突っ込み、ごそごそと何かを探しているところだった。

「た、し、か、ここにっと」
 洋服の中からお目当ての封筒を取り出す。

「あった!」
 色あせた茶封筒を見てほくそ笑む。

『ママへそくり♪』

 柚葉は「ナイス」とにんまり笑ったのだった。
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