タチバナ

箕面四季

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空蝉の声

正直すぎる告白

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「ナツ先生は、あの染谷っていうスタッフのことが好きなんですよね」
「……」

「イヤです。絶対にイヤ! 私、もう失いたくない!」

 山田さんが叫んだ。
 ぎょっとして彼女をまた見てしまった。

 山田さんの瞳には強烈な光がらんらんと輝いていた。
 染谷さんの小さく眩い光とは正反対のギラギラした光。

 肉食動物に追い詰められた獲物が見せる最後の抵抗のような。
 憎悪と嫉妬と絶望の入り乱れた乱気流。
 気迫に飲まれそうになる。

「あの人、絶対昆虫嫌いなタイプです。コオロギの羽むしりながら、きゃーきゃー怖がってましたよね。顔可愛いから学生時代ずっとヒエラルキーの頂点に君臨してたタイプ。バカで残虐な女子。男子と先生にいい顔して、陰で私みたいな陰キャの教科書踏みつけて笑えちゃう女です。タクト君が騙された春宮カナだって、最近、SNSで昔イジメられたって子がいろいろ暴露してます。あの染谷って人、ホームセンターのペットコーナーなんかで働いてますよね。それって頭悪いからまともな就職先に就けなかったってことでしょ。絶対ナツ先生とはつりあわないよ」

 山田さんは泣いていた。

 痛いな。と、思った。

 この告白は、鉛のように重くて黒くて痛い。
 えぐられる。

 シームレスがモットーの山田さん。
 嫌悪に満ちた彼女の世界。
 虚像と偶像。
 思春期に受けた傷は、未だにじくじくと膿んでいる。

 彼女の正直すぎる告白には、ちゃんと向き合わないと失礼だと思った。

「山田さんの言う通りだよ」
 未使用の真っ白いタオルを袋から取り出して濡れた髪にふわりと掛けた。

「僕はアセクシュアルじゃない」

 山田さんの肩は小刻みに震えていた。
 怒りによるものか悲しみによるものか、僕にはわからない。
 でも山田さんのおかげで、僕は僕のことが一つわかった。

「たぶん僕は、染谷さんのことが好きだと思う。だから」

 久々に、この言葉を言わなければならない。
 目の前のこの子を傷つけるとわかっているのに。

 絞り出すように、でもはっきりと告げた。
 その一言に、最大限の誠意と尊敬を込めた。

「ごめん」

 泣き崩れる山田さんを見守りながら、酷く胸が痛んでいた。
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