タチバナ

箕面四季

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空蝉の声

観察

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 彼女を初めて目撃した次の水曜日、僕は彼女が例の黒い小動物の入ったケージを両手で抱えてどこかに移動しているところに遭遇した。
 小動物用ケージは、そこそこ大きい。
 おまけにペットコーナーは通路が狭い。

 細身の彼女がケージを抱えながら通路を通り抜けても、ガチャン、カタン、と様々なモノに接触してしまう。
 パラパラ落としたものを片付けながら彼女は進んでいた。

 僕は彼女が拾い損ねた犬ネコ用のおやつやおもちゃなどを元に戻しながら、彼女とケージの行方を観察した。
 彼女はペットコーナーの入り口すぐのところにスペースを作り、ケージをドカンと乗せた。
 ふう、とやり遂げたため息を吐いて中身に話しかける。

「ちょいちょい揺れたけど、気分悪くない?」
 黒毛玉は、ずんぐりした頭をもたげて彼女をじっと見つめ、もさもさと足元の牧草を食べ始めた。

「よし、大丈夫そうだね。ここならみんなが君のことを見てくれる。君を愛してくれる家族が絶対みつかる」

 なるほど、これならペットコーナーを訪れたほぼすべての人の目に入る。
 それからすぐ、僕は彼女が発した言葉の力強さに気づいた。

『君のことを愛してくれる家族が絶対みつかる』

 強調の修飾語と、断定。

 愛、家族。

 やっぱり僕とは違う。
 なのに僕と同じ孤独が薫るように立ち昇っている。
 天涯孤独と言う彼女。

「おい新人、何サボってんだ! フクロウ用の冷凍ヒヨコの頭と足切っとけ」
 小太りの上司が奥の方から怒鳴った。

 やば、と、小さく呟いて「また後でね」と黒毛玉に軽く手を振った彼女は「今やります」と小走りに僕の横をすり抜けて行った。
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