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18 噛み合わぬ会話

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 こんな所にいるはずのない人物が、そこにはいた。

 ここはレニエ伯爵家のちょうど裏手にある古ぼけた別棟で、お客様が来るような場所ではない。

 それに帰ったはずの皇太子カシウスが、まさかいるとは思わなかったから。

「カシウス様……?」

 ついその名を驚いて呼んでしまう。

 だからその声に気付いてカシウスがアンジェリークの方を見てしまうのも、避けられないことで。

 一夜の過ち。

 あれから1ヶ月ぶりに二人は出会った。

「え……あ、君……!?」

「っあ」

 カシウスと目が合ってしまったアンジェリークは咄嗟に一歩後退り、くるりと踵を返して。

 その場から一目散に逃げる。

「待って……!」
 
 そして逃げた先は、別棟の庭に出る為のテラス。
 
 どうにか屋内に入る事に成功したアンジェリークは急いで出入り口の扉を閉めようとする。

 だがアンジェリークが閉め終わる前に、後ろから追いかけてきたカシウスに扉をつかまれてしまう。

「あのっ……離して下さい……」
 
「逃げないで、アンジェリーク……?」

「私の名前……どうして……」
 
「……君に、会いに来たから」

 ……カシウス様に名前、教えてないはず。
 
 カシウス様か私に会いにいらっしゃった……?

 イレーヌお姉様じゃなく?

「え……と……?」

「どうして逃げた? 本当は……嫌だった?」

「あ、いやそれは……」

 たぶん嫌じゃないから。

 その美貌にムラっときたであろうあの日の、カシウス様を手篭めにしちゃったわけでして……!

 どうして逃げたのかと聞かれれば?

 皇太子殿下を酒に酔わせて、凌辱してしまったという罪悪感というか……責任逃れなわけで!

 そんなの口が避けてもご本人に言えないですね!?

 不敬罪で断頭台は嫌ですし……!

 それにその事がイレーヌお姉様を溺愛する両親に知られたら、殴られるどころの騒ぎではきっと済まないでしょう。

 この方は……イレーヌお姉様の想い人だから。

 私なんかが好きになっていい人じゃない。

「……まあ君が嫌でも? 一緒に城に来てもらうよ、もう逃がさない、やっと見つけたんだ」

「……い、嫌です! 私……行けません!」

 断頭台だけは、どうかご勘弁お願いします……!

「……どうして?」

「私、明日……こ、婚約者のお屋敷に行くのです……来月結婚するので……! あ、お嫁にいくので……!」

 せめて襲った時の事少しでも覚えていれば、冥土の土産に出来ますが泥酔してて何一つ覚えていません!

 そんなので断頭台は絶対に嫌です!

 断頭台にかけられて処刑されるくらいならオーギュスト様の嫁になったほうが……マシ? 

 ……いや、オーギュスト様の嫁もかなり嫌ですね。

「……行かせない、君は私のモノだ。君に選択の自由はもうないんだよ?」

「え……?」

 処刑される未来しか私にはないと……!?

 私の首はもうカシウス様のモノ……!
  
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