上 下
48 / 52

48 他所でやれ

しおりを挟む


 妻を泣かせるという醜態を、その妻の家族であるヴァロア男爵家一同に目撃されて、恥ずかしさに悶えたラファエル公爵。

 そして必死に慰めようと奮闘するラファエル公爵を横目に、思う存分に泣きじゃくって満足したアイリス。

 そんな二人は今、ヴァロア男爵家の前で地味な攻防を繰り広げていた。

「アイリス、私と一緒に屋敷に帰ろう?」

「絶対に嫌です! ラファエル様なんて一人で寂しく帰ればいいんですっ……私は本気で怒ってたのに笑うなんて!」

「……本当にすまなかった! 怒る君が可愛い過ぎて、つい……な?」

 という犬も食わない痴話喧嘩。

 端からみればそれは仲の良い恋人同士が、いちゃいちゃしてるようにしか見えない。

 だからこんなところ玄関前で戯れてないで、自分達の屋敷に帰ってしろとヴァロア男爵家の人々は思った。

 ……でも、アイリスの今生の両親であるヴァロア男爵夫妻や、姉のアナイスはそんな二人を見てとても安心した。

 いつもひとり部屋に閉じ籠ってばかりいて、家族とも録に会話すらしなかったアイリス。

 そんな子を男爵家の領地が財政難だからといって、資金援助に釣られ恋人のいる男と結婚させてしまった。

 それにアイリスはこの当時、デビュタントを迎えたばかりのまだ十五歳の子どもで。

 そんな子を夫となる男に愛される事はないし、不幸になる可能性の方が高いとわかっていながら売るようにしてフォンテーヌ公爵家に嫁がせた事をヴァロア男爵夫妻は悔やんでいた。

 なのにアイリスは、夫となったラファエル・フォンテーヌ公爵と喧嘩しているように見えて、幸せそうに笑っているから。

 ヴァロア男爵夫妻はそんなアイリスとラファエル公爵の二人をみて、安心することが初めて出来た。

 ……ただやっぱり。

 いちゃいちゃするなら屋敷に帰ってからやれよと、未だにヴァロア男爵家の前で言い合いを繰り返す二人を溜め息混じりにアイリスの家族は眺めた。


 
 軋むフォンテーヌ公爵家の豪華な馬車の中で、対面に座り見つめ合う二人は現在戦っていた。

「……アイリス? 一人で馬車の固い座席に腰かけるのは君には辛いのだろう? ほら私の所においで」

 と言ってラファエル公爵は、自身の膝をポンポンと叩いてアイリスを手招きする。

 そんなラファエル公爵にアイリスは。

「嫌です、私なんて本当はいなくてもラファエル様は気にもならないくせに……!」

 ……私はまだ怒っている、別に会いに来てくれなくて寂しかったわけじゃないけど?

 一日や二日じゃなくて十日も私の事を放ったらかしにしてた癖に、何を今さらこの男は言うのか!

 だから絶対にそのお膝になど乗らない!


 嫌だとラファエル公爵に言うアイリスは、子猫が尻尾を素早くパタパタと動かして『私は怒っているんだぞ!』と、飼い主にアピールするようにわかりやすく拗ねていた。

 だからラファエル公爵は走る馬車の中で、アイリスの隣の席に移動してゆっくりと腰をかけた。

「アイリス、私は君がいなくてとても寂しかったよ? 色々と片付けることがあって、迎えに来るのが遅れてしまったんだ」

 ……本当はもうその身体に勝手に触れたりを強要するつもりは無かったが、ちらちらとラファエル公爵の様子を窺うように、視線を向けてきて構って欲しそうにするから。

 軽々とアイリスの身体をラファエル公爵はそっと抱き上げてその膝に乗せ、包み込むようにその逞しく鍛え上げられた腕で抱きしめた。

「っラファエル様!?」

「ん……アイリス少し痩せたか? また食事をキチンと摂ってなかったのか……?」

 ……十日ぶりのラファエル様のお膝抱っこ!

 ラファエル様の落ち着いた低い声が耳にっ!

 いや、まて……なに抱っこされて喜んでんの私?

「は、離して下さい! 勝手に私に触らないって約束っ……お忘れになったのですか……!」 

「忘れてはないけど、アイリスは私が触るのは……嫌か? なら、降ろすが……」

 ……別にもう嫌ってわけじゃない、ただそれをされて喜んでしまっている自分が嫌。

 ラファエル様に絆されてしまってる、好きになってしまっている自分に腹が立つ。

 それに元々怒ってないし、迎えに来てくれた喜びの方が明らかに放ったらかしにされた怒りに勝っていて。

「別に……ラファエル様のお膝の上は、嫌じゃないですけど……?」

 と、拗ねてツンツンしていたアイリスがラファエル公爵の上から退きたくないと、その逞しい腕をぎゅっと掴んでそんな事をポツリと言うから。

「……どうしよ、これ……私の理性持つかな?」

「え……?」
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】転生したらモブ顔の癖にと隠語で罵られていたので婚約破棄します。

佐倉えび
恋愛
義妹と婚約者の浮気現場を見てしまい、そのショックから前世を思い出したニコル。 そのおかげで婚約者がやたらと口にする『モブ顔』という言葉の意味を理解した。 平凡な、どこにでもいる、印象に残らない、その他大勢の顔で、フェリクス様のお目汚しとなったこと、心よりお詫び申し上げますわ――

ごめんなさい、お淑やかじゃないんです。

ましろ
恋愛
「私には他に愛する女性がいる。だから君は形だけの妻だ。抱く気など無い」 初夜の場に現れた途端、旦那様から信じられない言葉が冷たく吐き捨てられた。 「なるほど。これは結婚詐欺だと言うことですね!」 「……は?」 自分の愛人の為の政略結婚のつもりが、結婚した妻はまったく言う事を聞かない女性だった! 「え、政略?それなら最初に条件を提示してしかるべきでしょう?後出しでその様なことを言い出すのは詐欺の手口ですよ」 「ちなみに実家への愛は欠片もないので、経済的に追い込んでも私は何も困りません」 口を開けば生意気な事ばかり。 この結婚、どうなる? ✱基本ご都合主義。ゆるふわ設定。

旦那様、離婚してくださいませ!

ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。 まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。 離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。 今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。 夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。 それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。 お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに…… なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!

侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。

二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。 そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。 ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。 そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……? ※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※おまけ更新中です。

処理中です...