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14 仮病の代償

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 色とりどりの美しい布達がたくさんテーブルに並べられ、素敵なデザイン画が一通り用意されて。

 さあ、貴女はどれにする? 

 ……と、聞かれた所で。

 流行のファンションなんて全然知らないし、男爵令嬢時代もダサいお下がりのドレスしか着たことがないアイリスにそれは無理難題で。

 専属メイドジェシカにまるっと全部丸投げして、筋肉痛で痛む身体と尻に鞭打って清楚に微笑み採寸をさくっと済まし逃げた。

 逃げるアイリスの足取りはとても軽やかで、にっこり優雅に微笑んでいるから。

 まさか公爵夫人がドレス選び面倒くさいと、逃げ出したとはフォンテーヌ公爵邸にやってきた衣装店のマダムも思わない。

 唯一それに気付いてるのはアイリスにまるっと全部丸投げされた専属メイドのジェシカだけで。

 残されたジェシカは可愛い女主人のその行動にクスクスと笑い、とびきり素敵なのを選ぶ事を決意する。

 今回は時間がない為にフルオーダーではなく、セミオーダードレスで決められたデザインから好みのものを選び、使用する生地を選ぶ。

 セミオーダーとはいってもデザインはたくさんあって、どれも素敵なものばかりで。

 可愛いアイリス様に一番似合う素敵なドレスを絶対に選んでやる!
 
 と、意気込み強くジェシカは選ぶ。


 そして面倒なドレス選びから逃げたアイリスは、寝台の上で引きこもりの醍醐味お昼寝を開始する。

 本当はお昼寝なんてせずにお茶会のマナーを勉強したり、貴族名鑑を読んで出席者の顔と名前や地位を覚えなくてはいけない所だが、アイリスにはそんな面倒な事をする気がない。

 だってアイリスは働きたくないし。

 働いたら負けだと本気で思っているし。

 頑張らないで惰性で生温く生きたいから。

 お茶会に出席しろと遠回しには執事リカルドに言われたが、それ以外は特に何も言われてないし?
 
 元々アイリスはお飾りの妻で、そんなの社交界では周知の事実だろう事が容易に予測が出来て。

 ……だって結婚式してから一度も私は社交活動をしてないし、公に姿を一切表してはいない。

 それに、ラファエル公爵は夜会に平民の美人な彼女をきっと同伴してイチャイチャしてただろうし?

 私がこのお茶会に呼ばれたのもきっと下世話な理由なのだろう、人の不幸は蜜の味だから。

 だから確実に嫌な思いしかしないだろう王太子妃様のお茶会なんて本当は絶対に行きたくないが。

 ラファエル公爵の社交活動しろというご命令には立場の弱いアイリスは逆らえない。
 
 ……もしフォンテーヌ公爵家を追い出され男爵家に出戻ればあの糞親の事だし、老いぼれの変態爺の妾とかにするか、いっそ娼館に売り飛ばして来そうだし。

 と、アイリスは最悪の未来を想像して震える。

 貴族令嬢の婚姻は家の利害だけで親達が全て決める、恋愛結婚なんてただの夢物語。

 嫁ぐ先の夫によってその後の人生は全て決まる。

 だからお飾りでもまだマシな人生だと思ってたし、お飾りの妻でなにもしなくていいと聞いて喜んでいたのに、これは詐欺だとアイリスは拳を握る。



 異世界転生甘くないなと本日もアイリスはたっぷり惰眠を貪り、目覚めた頃に。

「奥様、旦那様がご帰宅なされました」

 ……誰かと思えばまた執事のリカルドだ。

 だからラファエル公爵が自分の家に帰ってきたくらいで、いちいち呼びにくんなとアイリスは言いたいがやっばり言えない。

 だがここでお出迎えに行けば、毎回呼びにくることは明白であり絶対。

 なので今日は。

「……ごめんなさいリカルド、今日はドレス選びでとても疲れてしまって少し体調が悪いみたい、公爵様にはお出迎えにいけないと、謝っといて下さる?」

 すこし儚げに眉を寄せてほんのりと微笑む。

 秘技! 薄幸の美少女、美人薄命バージョン!
 
 つまりは仮病だ。

 今生の両親である男爵夫妻もだいたいこれでどうにかなったしと、アイリスは儚げに微笑む。

 そしてアイリスの目論み通り。

「そっ……それは大変でございます! かしこまりました、ラファエル様にはこのリカルドがしっかりとお伝え致します!」
 
 と、引き下がって行った。

 しめしめとアイリスは寝台に戻り、ちょっと寝直すかと潜り込んだ直後。

 アイリスのいる公爵夫人の部屋の扉がノックも無しに開かれて、ラファエル公爵が断りもなくズカズカと侵入してきて。

「……え?」

 突然の事に、くりっとした大きなチョコレート色の瞳をアイリスは大きく見開きラファエル公爵を寝台上から見上げる。

「体調が悪いと聞いた、アイリス大丈夫か?」

 とても心配そうな顔をしてアイリスの顔色を窺うラファエル公爵は、アイリスの額に触れて熱を測る。

「え、えと……熱は……ないと思います」

 だがこれは仮病で、熱などあるわけがない。

「アイリス、君は身体が丈夫では無さそうだ、あまり無理は良くないな……来週の皇太子妃の茶会も断っておくとしよう」

「お茶会、お断りして大丈夫なのですか!?」 

「茶会より、君の身体の方が大事だろう……?」

 あれ……? 

 どうしたのこの人、頭でも打ったか?

「え? いえ、あの大丈夫です、お茶会いけます、今日はドレス選びで疲れてしまっただけで……その」

 あれ……? 

 なんで私行けるとか言っちゃってるの?

 つい、条件反射でいけますって言ってしまった!

 ああっ……絶好のチャンスが……!

「そうか……? 無理はしなくていいからな」

 アイリスを気遣うように微笑むラファエル公爵の黄金の瞳は、細められていて。

 いつもの仏頂面は消え去り、そして慈しむように節くれだった指でその頬に触れて優しく撫でる。

「……こ、公爵様?!」

 え、なにしてんのこの人!?

 私のほっぺたぷにぷにされてるんですけど……?

「やはり君は可愛いな」

「……え?」

 何をされたのか、一瞬私はわからなかった。

 だってこの人は私を。

 『愛するつもりがない』

 と、最初そう言っていたから。

 『愛し合う夫婦になりたい』

 と、後から言われても信じられなかった。

 ……なのに触れた唇はとても優しくて、どうしようもなく甘く切なくて、涙が流れ落ちた。

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