上 下
3 / 5
プレリュード

第二話 パート2

しおりを挟む

 果たして契約は無事、成立したものか――。 
 うむ、と無言でうなずく大男に、だが主従ではなくパートナーとしての関係を受け入れたはずの娘、ルナはそこですかさずひとつの要求を申し入れた。 

「あんたのことは、クロ、クロって呼べばいいのよね? そう、だったら、ねえ、クロ! まずはそのジャマで目障りなサングラス、取ってくれない? あんたたち黒服ってただでさえ無表情なのにそれが目線をさえぎって、もはやさっぱり何を考えてるかわからないじゃない? 意志の疎通が困難だわ! そもそもこのレディを前に対等な関係を望むなら、まずは素顔ぐらい見せるのがスジってものでしょう? みずからの名を名乗るのと同等なくらいに、ね??」 

 それこそは当然の権利だとばかりにした主張を、だが当の黒服の大男はここではじめてこの無表情がかすかに動じこととなる。 
 それは思いのほか困惑したさまで、ふたつの太い眉の根を寄せるのだった。 
 ぎこちない動きで右手をみずからの色メガネにやりかけるが、触れるまでいかない。加えて明らかに渋々とした調子で声色にもそれが出ていた。 

「む…このサングラスを、か? いや、だがしかしこれはこの職務と立場上、欠くべからざる必須のアイテムであり、またその現実的有用性や機能性からも勤務中は取ることなど許されるべきではないはずものだが…! そもそも第一に、この俺の素顔などはどうでもいいことだろう?」 

「良くないわよ! むしろ素顔も知らないで仲間を名乗ろうってのがどうかしてるわ! なにをもったいつけることがあるのよっ、さっさと外しなさい! ほら!! でなければこのわたしの背後に気安く立つことなど許さなくてよ? 対等の関係を築こうだなんてとんだお笑い草だわっ、さあ、でないとその地味な黒服も残らずひんむいてやるわよっ!! 無様な肥満体をさらしたくなければ、とっとと顔を見せなさい、このクロブタ!!!」  

 SMの女王様の罵倒さながらしたキンキンのソプラノで鼻っ面を叩かれて、さしもの無表情がやや引きつり加減の大男は内心でたじろいでいるのが目に見えてわかるほどだ。
 一瞬、返す言葉が見事に裏返っていた。 
 見上げる少女に促されるまま、ほんとに渋々でサングラスの縁に手をかける。
 せめてこれまでの威厳を保つべくか、おごそかな口ぶりで言いながらもおもむろにゆっくりとこれを顔面から引きはがしてゆくのだが…! 
 一文字に結んだ口もとがやや不満げに歪んでいたが、下から見上げる視線になぶられて心なしか引きつったりもする。 

「くろぶた!? むうっ…! んん、おまえのその物言いはおよそ対等な立場などとはかけ離れているのではないのか? だが、確かに一理はある、ならば今この一時(いっとき)だけ外すことにしよう。ただし、勤務中はおれたちクロフクには必須の商売道具なのだから、どうこう言われる筋合いはない。今だけだぞ…?」 

「いいから! …はあん?」  

「……!?」 

 ぶしつけな目線で頭からこの足下までを値踏みでもするかにねめ回す少女を前に、いい年齢のでかい黒服男が立ち位置の定まらないさまでギクシャクと蹈鞴(たたら)を踏んでいた。このままでは持ち前のポーカーフェイスを維持するのがちょっと困難に思えて、そそくさと利き手の色メガネをこの目元に戻す。 
 おほん、とわざとらしげな咳払いして普段の調子を取り戻すべく勤めるが、すぐに素顔を隠したことにあからさま不満げな目つきの娘が、おまけ冷やかし混じりにしたセリフにはこの肩のあたりにギクリと動揺が走った。 


※ここに挿し絵が入ります。とりあえず著者が公開するグーグル+のURLをば♪ 
https://plus.google.com/u/1/105662930974054407735/posts/2weWwC4RYis?pid=6195878656507237250&oid=105662930974054407735
(※はじめの頃よりかだんだんとオジサンがかってきてますかね? 
 このおデブの主人公! でもそんなにトシは行ってない設定なので、もうちょっと修正しないといけません♪ 上の図だととっくに30オーバーでしょうか??) 
         ※挿し絵に対しての作者のコメントです。ごめんなさい♪


「…もう、そんな慌てて隠すこともないでしょうに? まあ、いま見たとこじゃそこそこってものかしらね…! イケメンとは言わないまでも、思ってたほどのブサイクでもありゃしないわ! それだったらさっきのナイトさま気取りの発言を笑い飛ばしてやったところなのに、残念よね。とにかく安心なさい、嫌いな顔じゃないから! これが万一、生理的に受け付けないようなにやけ面なら即刻この場でさっきの契約を解消してやったのだけど…!!」 

「くっ…理不尽だな? 生まれ持った顔の出来や不出来で契約を無残に打ち切られるなどとは…! 少なくともこの俺は相手の見てくれの善し悪しでクライアントを選り好みなどしたことはないものだぞ?」 

「当たり前でしょう! そっちこそ相手のなりなんてどうこう言えた見てくれなの? さっきは自分のこといかにも人並みだなんて言ってたけど、世間一般の並とはかけ離れてること、世間から隔離された生活を送っていたこのわたしにだってわかるもの! あんたたち黒服、クロフクって言うの…?」 

 怯(ひる)んだところをずけずけと責め立てながら、ちょっと怪訝なさまであらためて相手を見上げて、この言葉尻が微妙に濁(にご)ったりもする。 
 これに見下ろす肥満の大男はいかつい肩をどちらも大きくすくめておいて、そのいわくりげな言葉尻(ことばじり)を平然としたさまで受けるのだ。 

「まあ、そのあたりに関しては返す言葉もないな…しっかりと的を射ている。世間離れしたお嬢さまと思いきや、なかなかに手強いようだ…ただしこの俺たちの存在、この核心を突くのはそれなりの覚悟を持ってからすることだ。ある種の触れるべからずしたブラックボックスだからな、そのあたりは? 他言は無用だし、言ったところで理解はされまい…!」 

「知ってるわよ! 理解されないのはお互いさまっ…わたしも似たようなものだしね? そう、だったらこのわたしのことは、きちんと把握しているの?」 

「ここの使用人たちがうわさ程度に語っていたことぐらいにはだな…これまたブラックボックスというわけだ。あのジジイもそのへんは固く口を閉ざしたままだった。死人は口を聞けないからなおさらだな…真実は永遠の闇に、もとい、それにつきただの一言でズバリと言い表せるのだが、常人からしてみたらもういっそのこと都市伝説に近いだろう? おまえのそれは??」 

「ふふ…! まあ、そんなところよね? いいじゃない、美女と野獣ならぬ、現代版のおとぎ話みたいで…これってきっといいコンビだわ!」 

 どこか自嘲気味にくっくと含み笑いしながらのあいづちを、濃い色メガネで目元を隠しながらも怪訝に見返すのがわかる黒服、もといクロフクだ。 
 図太い首に乗っかった丸顔が大げさ右に傾ぐ…! 
 それをまたまっすぐに立て直して、意を得たとばかり大きくうなずいた。 

「美女と野獣? 美女というあたりに少なからぬ引っかかりを覚えるが…それでもペアではないのだな? ましてやカップルなどでもなく…あくまで対等なパートナーシップに乗っ取った、コンビ、か…なるほど、いい表現だ!」 

「どういたしまて! それで、これからどうするの? わたしを助け出してくれるのでしょう、この、おじいさまが造ってくれた、このわたしのためだけのそれは大きな鳥かごから??」 

「それをこれから話し合いたい…無論、この俺としてのプランはあるのだが、本人の承諾が必要だ。おまえにしてみれば故郷とも言うべき生まれ育ったこの場から、場合によっては永遠の決別を迫られることになるのだから…」 

「そう…それはいいのだけど、おまえ…なの?」 

 かすかにうつむいてから、またどこか怪訝に見上げる娘の瞳には少なからずした不満と責めるような色合いが見て取れる。 
 無表情なクロフクの太い眉が、かすかにぴくと反応する。 
 言葉にせずとも、意志の疎通が図られていた。 
 確かにいいコンビなのかも知れない。 

「む、んん、そうか…! おまえ、ではなく、ルナ…だったな? ああ、ならば、ルナ、まずはおまえの意志の確認と決定が必要だ!」 

「はあ、結局、おまえ、なんじゃない…! このバカクロ!!」 

「む、んん…!?」 

 ちょっと不機嫌なさまで口を尖らせる娘が、そのくせ楽しげな笑みをその表情にたたえているのを不可思議に見てしまうクロフクのクロだった。 
 どんよりした曇り空にかすかに日の光が差し込む。 
 それが窓越しに立ち尽くすふたりの姿を幻想的に照らした。 
 かくしてちょっとだけ互いを理解しあえたこの即席のデコボココンビのもとに、この時、また新たなる気配が近づきつつあった…! 

  
          ※次回、♯の03に続きます…!

 ※※こちらではいわゆるハートマークは文字化けしてしまうんですね?
 ♡ …みたいに? 見る人の環境によるんでしょうか??
 でも塗りつぶした ♥ だとちゃんと表記されるんでしょうか???
 ちょっとやりづらいですね♪
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕は彼女の彼女?

奈落
SF
TSFの短い話です ~~~~~~~~ 「お願いがあるの♪」 金曜の夕方、彼女が僕に声を掛けてきた。 「明日のデート♪いつもとはチョット違う事をしてみたいの。」 翌土曜日、いつものように彼女の家に向かうと…

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

アトラス

レオパッド
SF
明治初頭。日本に現れた謎の生物『異獣』の登場は その後、数百年の間に世界を大きく変えた。生態系は既存の生物の多くが絶滅し、陸も空も海も、異獣が繁栄を極めた。 異獣という脅威に対し、人類は異能の力を行使する者『クリエイター』を生み出すことで、なんとか生存することを許されていた……。 しかし、クリエイターでも苦戦する異獣の突然変異種が出現。新たな混乱の時代を迎えようとしていた 人類の前に敵か味方か……異獣ならざる者たちが降臨する。

処理中です...