上 下
22 / 29

第22話 人の目

しおりを挟む
「佐々木さん失礼します。
 ご飯食べきれましたね。これからトレーを返して、外に行こうと思うのだけどいいかしら。
 今日は最初だし、外も寒いから少しだけ屋上に行ってみようと思うの」


 昼ご飯を食べた1時過ぎ頃。香奈恵かなえさんが病室にやってきて、私に向かってそう言った。
 私は「わかりました」と返事をする。


「何か着るものある? 今まで外に出たことなかったし、ないと思ったからブランケット持ってきたんだけど」

「あ、お借りしてもいいですか?」


 私は香奈恵さんから「もちろんよ」という言葉とともにブランケットを受け取る。
 よく見ると、ボタン付きのブランケットだったので、私は肩から羽織るようにかけた。


「それじゃあ、給食室に行きましょうか」


 香奈恵さんの言葉で私は返さないといけないトレーを持ち上げ、廊下を歩いた。
 廊下は歩いているだけでもたくさんの人とすれ違う。

 私は周りの人をついつい気にしていた。
 この人より私は笑えない、だとか、自分と比べて人を見てしまうのだ。
 でも、前よりはひどくない。以前は笑みをこぼす人が全員敵に見えて、胸が苦しくなって、ましてや体中が蕁麻疹じんましんでかゆくなっていたから。

 最近は人の笑顔を見るとこう思ってしまう。この人の笑顔は人を想う笑顔だと。
 ――なぜか歩夢先生の笑顔に重なって見えるのだ。

 特に、患者さんと歩いているご家族であろう人や花束を持ったお見舞いのために足を運んだであろう人の笑顔は、どこかホッとした。


 思えば、私は人の笑顔そのものが嫌いじゃなかった。
 ただ、うらやましくて、私に持っていないものを持っている人がねたましかった。
 だから今の私は以前より成長できているのかもしれない。

 そう思ったら自然と頬が緩んだ。




 給食室にトレーを返して屋上に向かう途中、香奈恵さんは私に向かって微笑ほほえみを見せる。


「一年ぶりの外は緊張する?」

「はい」

「12月の寒さなんて覚えてないわよね。今年は本当に寒いのよ」


 風を感じる。
 言葉と同時に香奈恵さんが屋上のドアを開けたのだ。


「さむい……!」


 ちらちらと舞う雪と外の空気に私は興奮しながらも、凍えていた。


「佐々木さん」


 呼ばれた私は香奈恵さんの方を向いた。


「外、出れたわね。おめでとう」

「っ! ありがとうございます」


 寒いと言っている全身の細胞が少し穏やかになるほど、その言葉は私に優しかった。




 外の滞在時間はほんの数分だった。
 寒かったけど、外に出ることができてよかった。

 未来は不安もあるけど、こうやって1つ1つがまたできるようになるのは楽しいことだと思った。
 だから私は夕方の予定が楽しみで仕方がなかった。
 ──早く家に帰りたいと思ったのだ。
 そう、思っていたのに……。世界は嬉しいや楽しいなどの感情にかたよらせてくれなかった――。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...