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どんな気持ちで

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 スクナがいなくなって一ヶ月。青空の下、海岸沿いの洞窟に地理の授業で来ていた。

「このように、海の近くにある洞窟は波の侵食によって海岸の崖が削られて出来ていて、海食洞と呼ばれている。いいかー、班に分かれて中に入るが危険なことはするなよー」

 担任が座りながらもそわそわしている生徒たちを見下ろして、バインダーを持ちながらそう呼びかける。目の間に口を広げる洞窟への興味から、返事だけは元気よくしたクラスメイトたち。その中でただ一人、アイルだけは別のことを考えていた。

(どうしたら、あれを消すことができる?)

 ここが作られた世界ならば抜け出す必要がある。スクナにとって都合の良い世界など、腹立たしくて仕方ない。腹の奥底で、憤怒の獣が身を起こそうとした時。

「御縁ー、お前たちの班もう行ったぞ」
「……はい」

 班ごとに洞窟の中を見学してくる番がいつの間にか回ってきていたらしい。獣は不満そうにまた身をゆっくりと横たえた。
 立ち上がり、昨日決めていた班のメンバーの最後尾について洞窟の中に入る。女子も男子もはしゃいでいて、そこまで騒ぐものではないだろうに、と思いつつ岩で歩きづらい洞窟の中を進む。
 岩があったのは中腹まで、そこから奥は海へと繋がっていた。洞窟の上に空いた穴から入る光が碧い海に反射しているのを見て、また騒ぎ出したクラスメイトに冷ややかな視線を送り。つまらなそうにその視線が海面を移した時。

『救いようのない愚か者だ』

 侮蔑を含んだ男の声に振り向こうとした途端、肩甲骨の下に激痛が走りそれをかばうように抑えると、重心がぶれ足がもつれた。

「え、御縁くん?」
「お、おい御縁。危な」

 クラスメイトたちがなにか言っているのも聞き取れないまま、いつの間にか足場がなくなっていた。
 気づけば派手な水しぶきを上げて、アイルは海水の中に落ちたのだった。



 ずっと、一緒にいたい。使役式神。灰色の星。筆。どうか。どうか。幸福であれ。不幸になってほしい。
『アイルはね、愛してるのアイルだからね! ぼくがつけたんだよ!』

 深い暗闇、暗澹の底で。アイルはすべてを思い出したのだった。

 アイルに、兄弟などいない。
 なぜなら、スクナの父の使役式神だったから。筆の付喪神……否、付喪神よりも神の側面が強い千歳神と呼ばれる存在だった。自分は式神で、スクナは主人の息子で。
 前提が間違っていたのだ。アイルは主人の子を、殺したも同然に捉えられたならむしろ殴られるだけで済んだことに、感謝しなければいけないほどだ。
 それに、それよりも前。
 よくある言葉で言うなら前世の記憶。スクナと、恋人だった記憶。
 その時も、頭を打ちスクナのことを忘れ、アイルは自身が師に恋をしているなど怖気の走る勘違いをしてスクナを傷つけた。今のように、罵り吐き捨て突き放した。消えてしまえ、死んでしまえと、そう。

(あぁ……)

 どんな気持ちで。どんな気持ちで、あれは。唯一幸福であれ、と願った灰色の星は、スクナは今世側にいたのだろうか。ただ一つの願いが「一緒にいたい」といった、神と人間の寿命の差をわかったうえで言ったあの星は。それすら己が傷つけ吐き捨てた、人類のために邪神の汚名を着たあの子は。あの灰色は。
 前世も、思い出したときにはもう遅く。
 せっかく、神へと生まれ変われるようにして、今度こそ「ずっと一緒にいたい」の願いを叶えられるようにしたのに。また大事なところで誤った、間違えた。大切なときばかり、アイルはそうだ。

(いや、待て。この世界が、あれの作り出したものならば)

 はっと目を見開くと目の前に担任が居た。海水に落ちた衝撃で思い出し、色々と考えている間に体を引き上げられたらしい。体を起こして、咳をすると海水が出てきた。

「御縁! 大丈夫か!?」
「……げっほ、何ともありません。迷惑をおかけし申し訳ない」
「お、おう。担任として当然だ、……一応病院行っとくか?」
「いえ、自分で行けるのでこのまま早退しても?」
「構わないが、無理はするな。無理そうだったらすぐに学校に電話しろ」

 自分で病院に行くと言えば、それ以上は聞かずに早退させてくれた担任に感謝し、アイルは一旦家へと向かった。
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