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デートとは

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 そうして急いで帰宅し、転がるように向かった『何処にもない部屋』。
 ソファーに座りつつ、アイルは愕然としていた。

「何故……」

 扉は迎え入れてくれたものの、本に至っては前に座ったところでぴくりとも反応せず、分厚いという言葉では言い切れないほどの厚さを誇る本を開いて、ページを一番最初から丁寧に一枚一枚めくってみても。どのページも真っ白であった。
 最後の方も焦る気のままに手が早くなっていたが、それでも最後の一ページまで、なんの文字も絵も書かれていない。

「何が、起こっている……?」

 アイルは背筋がぞわりと粟立った。にわかには信じられないことだが、いや、信じたくもないが。新しい都市伝説が生まれたのか? それはない、ないはずだ。あり得ない。
 三千の都市伝説の命髄の函を治す、それを神が定めたのだ。そう御縁の歴史書に書かれていたのだから。
 ぐるぐる吐き気にも似たものが込み上げてきた時、柔らかい手がアイルの手に触れた。スクナだ。

「街に行こう」
「は?」
「デート……んんっ、都市伝説の気配を探しに!」
「今デートと言ったな、行かんぞ」
「ひどい! あいるんのバーカ! 甲斐性なし!」
「何だとお前! ……しかしこの馬鹿の発言はさておき、ここまで手がかりがない以上都市伝説を探しに行くのは悪くない。行くぞ」
「わーい!」

 さり気なくスクナにノせられていることにも気づかずに、アイルは仕方ないとため息を付いた。
 流石に学生服のままだと、どう考えても補導されるだろうということで、私服で動くことになった。
 それぞれ分かれ、十分後に玄関で集合した時、アイルはめまいに襲われた。
 アイル自身は、シャツにジーンズと言うあっさりとした格好だったが、スクナは太もも丈の薄い水色のパーカーに白いふくらはぎまでのパンツ、パーカーの中にレースのTシャツを着ていて、デートで気合い入れました! 感が強い。

「お前……」
「どう? 可愛いでしょ!」
「心底どうでもいいが何故可愛い必要があるのか」
「ちっちっち、あいるんわかってないなぁ。大学生がデートしている風を装おうの」
「こんなチビが僕の相手だと? 一体何の冗談だ」
「むー!」

 着替えたアイルの背中を軽く叩き抗議をするスクナの手首をアイルは掴み、仕方なさそうにため息をつきつつ、二人はそのまま家を出たのだった。

「あいるん、手、繋ごう!」
「? 繋いでいるだろう」
「これ! これは掴んでるだけだから! ラブラブとは遠いでしょ!?」

 もう仕方ないなぁ! 山頂にある家を出て山を下る途中、木漏れ日の落ちる山道で手をつなぎ直して、アイルはげんなりとした態度、スクナは意気揚々と出発したのだった。
 誰もラブラブなんぞ目指していない、補導されなければ良いというアイルの主張は当然のようにスクナには通らなかった。





 街の中の公園にて。遊具とベンチだけがあって小さい子の忘れ物か、砂場には黄色と赤の小さいシャベルが突き刺さっていた。
 コンビニでサンドイッチを買って小休憩を挟みつつ路地裏を覗き、猫たちにおやつをあげ、街の中を不自然にならない程度に駆け回ったが、特にめぼしい情報も現象もなかった。
 自動販売機でコーヒーと紅茶、走り回ったため冷たいものを買って浅く息を乱しているスクナに問答無用で紅茶を差し出す。
 額にうっすら汗をかきながら、ありがとー呑気な声で礼を言われたアイルはひらひらと手を振って応え、自身も冷たいコーヒーを口に含むとのどが渇いていたのがよくわかった。
 火照った身体にコーヒーの冷たさと苦みがしみる。日はもうほとんど暮れかけていて、今日はこれ以上の情報収集は無駄だろうと当たりをつける。……結局まだ何もわかっていないのだが。

「これ以上は無理だな」
「……うん、あいるん」
「なんだ、手は繋がない」
「いいもん、勝手に服の裾掴んじゃうから!」

 そう、軽口を叩くスクナの顔を、アイルは見ていなかった。
 そしてまた、スクナもアイルがどのような表情をしていたのかなんて見ていなかった。
 ずっと気づいていてそれでも理解を拒絶した、苦々しい顔なんて。

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