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あいるん失格!

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「本当はぺんぎんの手料理であいるんをメロメロにする作戦だったのに……」
「そんな未来は来ない」
「こんな風にお料理する羽目になるなんて。しかも焼き魚」
「聞け」

 深刻な顔をしているぺんぎんにそう言いつつ、シンクの中に入らせたアイル。ぺんぎんが何をしているのかと不思議そうにしていたところで。
 アイルはペンギンの上に蛇口を持ってきてコックを思いっきりひねった。

「ひぶっ!?」

 ざばざばぺんぎんに水を浴びせ、絞ったら大量の水が出てくるのではないかと思うほど水浸しにする。
 満足そうに良し、と口にしたアイルをぺんぎんは。雫を垂らしながら濡れ、毛量が少なくやせ細りぺっしょりした灰色の毛の中、妙に円な瞳だけがアイルを見返す。
 見つめ合うことしばし。

「……っふ……。んんっ……くっ」

 アイルは片手で顔半分を覆いそれはもう忍びやかに大笑いしていた。
 ペンギンは俯いて小さく震えると。

「むきー! なんでびちゃびちゃにするの!? あいるんのばか!!」
「誰、っひゅ、ふふっん。が、ば……馬鹿か。ふはっ!」
「めちゃくちゃ笑ってるし!」

 むきゃむきゃ怒っているぺんぎんのずぶ濡れの姿を見て、笑いが収まらないアイル。
 ついには背中を丸めてひゅー、ひゅっひゅと細い息の音しかしなくなった。ぺんぎんが心配になりかけた時、一瞬で真顔に戻ったアイルが背筋を伸ばして。

「火で焼けたらどうする」
「それ笑う前に言って!?」
「愉快」
「それが本音でしょ! そもそも火なんて使わないからあいるんの可愛いぺんぎんが焼ける心配なんてしなくていいのにぃ」
「家が焼ける」
「あいるんの意地悪!」

 そうやって期待させて云々怒っているぺんぎんが、タオルである程度の水分を落としてからガス台のところまで来ると。
 後ろを振り向いて、ガラスで中が見えるようにコーティングされた取っ手付きの網が敷いてある引き台を、着いてきた片ヒレで差しながらアイルへと問う。

「あいるん、これなにか知ってる?」
「中が見えるだけの無駄機能」
「はいダメ、もうダメ。これはお魚焼きグリルです。あいるん、さっきのお魚をこの中に入れて」

 アイルとて好きで生魚を食べ腹痛を起こしているわけじゃない。ぺんぎんが何をしようとしているのか皆目見当がつかず、素直に従い、グリルを閉じる。
 後はぺんぎんがぴっと自動運転ボタンを押せば、終了だ。

「これでお魚が焼けます」
「嘘をつけ」
「失礼な! じゃあ今までどうやって焼こうとしてたの!」
「ガス火で直接……」
「あいるん失格!」
「ぺんぎんのくせに」

 びしっと片ヒレでアイルを差したぺんぎん。そのヒレをはたき落としながら、やり取りをしていれば。魚の焼ける香ばしい匂いと身の焼ける音が鼻と耳を刺激する。
 口の中に溜まったよだれをアイルとぺんぎんはごくりと飲み干した。途端に落ち着きのなくなったアイルが、グリルのまわりを歩き始める。

「もういいのでは?」
「いいわけないでしょ! お魚はまだ時間あるし、焼けたらちょっと蒸らしたくらいのほうが美味しいんだよ!」
「飯炊きと同じか」
「そう、あいるん賢い!」
「……お前に言われると腹が立つ」
「なんで!?」

 いまだ毛並みは万全とは言えないぺんぎんを見ながらしみじみと言うアイルに、ぺんぎんが目を剥く。
 その本当に小さな頭に手を置くと、撫でられるのを期待しているのかすり寄ってきたぺんぎんに、そんなに撫でられたいならと期待に沿ってやった。

「ちょ……いたたっ、まって待って、首もげる」
「褒めてやろう」
「明らかに褒めてる態度じゃないんですけど!?」
「しかし濡れていて気持ち悪いな」
「誰のせいかしら、三十分くらい前を思い出してみて!?」

 あいるんがひどい! こんな健気なぺんぎん他にいないのに!! と騒いでいるうちにピーっと音を立てて魚は焼けていた。ちなみに白米はない。いつも生魚で腹を壊すし気持ち悪くなるせいでアイルが炊かなかったのである。

「あいるん、お魚はんぶんこしよ!」
「これは僕の魚だ」
「そんな! 可愛いぺんぎんに一口でもあげようとか思わないの?」
「まったく」

 まぁ、後でうるさいかと思い、ほぐした魚を一口分だけペンギンの嘴の中に突っ込み、後は全部一人で食べようと決めたアイル。その横で、両ヒレを嘴に伸ばし、人間で言うのなら口を抑えている状態なのだろう、むぐむぐと幸せそうに焼き魚を頬ばっているぺんぎんを見ながら。
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